表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/191

.


 はや、く……帰らないと。

 こんなところを見られたら、怪しい人だって思われる。なんとか呼吸だけでも整えようと、大きく深呼吸を繰り返し、体力の回復を待っていれば。




 ――――ドサッ!




 どこからか、重たい音が聞こえた。まるで上からなにかが落ちたような、そんな音。上体を起こし周りを見渡すも、それらしいのは見当たらなくて。

……気のせい、だよね。神経が過敏になっているんだろうと思い、再び横になれば……ぞくっと、嫌な感覚が走った。寒くもないのに、体が、勝手に震える。怯えているような、理解できないなにかが、体の中を駆け巡っていく。


「この匂い――そっちか」


 また、何か聞こえた。

 誰かがいる……と、姿なんて見えないのに、確信にも似たものが私の中にあった。ドクッ、ドクッと、大きく脈打つ心臓。ここから早く逃げろと、まるで全身が警告しているように、その音は激しさを増す。




 これは薬のせい。 違う。

 これは考え過ぎ。 違う。




 幾ら納得させようとしても、それが不自然だと、否定的な考えが浮かんでしまう。

 この場から離れよう。そう考え付いた時には――もう、遅過ぎた。


「み~つけた!」


 突然、目の前に現れた男性。私と同じ目線にしゃがみこむと、なんとも楽しそうな笑みを見せた。

 い、いつの、間に……?近付いて来る気配なんてなかった。それこそ、靴の音すらしなかったのに……。あまりに驚いた私は、声も出せないまま、ただじっと男性を見つめた。

 ?――――これ、って。

 どこかで嗅いだことのある、慣れた臭い。男性に向けている視線をゆっくりそらして見れば――口元に、液体のようなものが見えた。

 もし、かして……。

 それがなんであるのかを理解するのに、時間は要らなかった。だってそれは、いつも病院で見慣れているもので――血だと、すぐ認識した。


「アンタ……いい匂いだね」


 なんとも艶のある声で、男性は語りかける。

 怪しく光る瞳は、淡い緑色を宿し。その中にはしっかりと、私の姿が映し出されていた。淡く、さらさらとした茶色の髪に、中性的な顔立ち。あまりにも綺麗なその容姿から、視線をそらすことができなかった。


「あれ、意識あるんだ? へぇ~珍しい」


 まじまじと私を見つめ、更に近付いてくる男性。咄嗟に体を動かし、逃げようと足に力を込めた途端、


「ふふっ、ムダだよ」


 男性の両手が、私を囲っていた。


「そんな怖がらないでよ。ついでだから、ちょっと調べさせてね?」


 口調は明るいものの、男性の視線はとても冷たくて。射るような眼差しに、体は一層、震えを増していった。


「大人しくしてれば……すぐ済むよ?」


 怪しい笑みを浮かべると、男性はあっと言う間に、私の体を引き寄せた。何が起きたのかと困惑していれば、今度はあごに手を添えられ。

 ?……な、なに、を。どうするのかと思えば、くいっと強制的に上を向かされる顔。そこには、間近に迫る男性の顔があった。


「……、……っ」


「ははっ、怖がる顔もいいね」


 距離を縮める男性。近付くたびに恐怖は増していき、それが最高潮になった瞬間――私はぎゅっと、硬く目を閉じた。


「――その顔、そそるね」


 逃げ、たい。逃げたい、のに……!

 体は思うように動かず、ただこのままじっとするしかできないのかと思っていれば、


「?――――泣いてる?」


 声がすると同時。思わず目を開けると、迫っていたはずの顔は離れ、どこか、戸惑うような雰囲気の男性と視線が交わった。

 自分の顔に触れてみると、頬に涙が伝っていたことを、今更ながら気付いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ