ビスのラストターン-2
たとえばの話でも、とつぜん目の前に現れた自称勇者ご一行。証拠もなにもない人間に、わけのわからないことを吹き込まれたら、誰だって、混乱する。じっさい、私もそうだった。
それが、僧侶とかいう、商人からしたらあらゆる意味で真逆の立場であれば、なおさら。
「うん、いい天気」
一行はまだここにいるとかいったけど、それも怪しいと思っていた。次の日、私は風呂敷をひろげて、品物をならべる。
夕方までに、滅びる? 不安商法かって。
「ビス、災難だったなあ」
隣にかまえるのは同じく露天商の男。こういう仕事をしていると、いやでも体裁上はお互いの儲けを食い合わないように、気をつかう。
「いちばんの災難はさあ、同業者に見られてたことなんだけどー。昨日はいないと思ったのに」
「ばかやろ、こんな辺境の街でうわさが広がらないわけがないだろが。もうみんな知ってるよ。ありゃ新手の詐欺かなんかだろ」
「ふーん。それじゃ、商売の敵がひっかからなくて悔しいとか?」
「お前さあ」
悪いやつじゃない。でも、こいつは武器商人。だからこうして、軽い感じで話せる。
「あいつらどこいったの」
つい癖で、あの自称勇者が買っていった時計を探しいたら、不意にそんな言葉がでた。
「なんだ、気になってんのかよ。お告げ、だったか?」
「店の支度してるときくらい、退屈しのぎしちゃだめなの―? かたいよ、おじさん」
「宿には泊まってたみたいだが、朝イチで出かけて行ったらしいぞ。女の子がなんだか大騒ぎをしてたみたいだ」
ミナ。どうせ、あのヨミとかいう男の意見に反対して駄々をこねたんだろう。たいてい、あの手の子は、まだひとりで生きていく力がない。だからすぐにわめく。
私はちがう。
「夕方まで、まだあるなあ」
「なあにー? そっちのほうが引っかかってるみたいだけど?」
「ああ、違う違う。そっちじゃなくてだ。ほれ」
差し出されたのは、荷馬車の情報。仕入れ品。私たち商人は武器を取り扱う以上、常に品数と売れたものを報告する責任がある。
「ん、そっか」
だから、街に武器のたぐいを入荷するときは、こうしてひとまとめにして送られてくる。
「お前は嫌がるかもしれんが。売れるんだから仕方がない。しかし本当に飛ぶように売れるもんだ」
「夕方までに売り切れたらそのぶんは、うちの在庫だしてあげるよ」
「へへ、まいど」
こうやって割り切って商売ができるのは羨ましい。
「あんな客は今日は来ねえよ。魔王軍を討ち取って勲章でも貰ってりゃいいんだ」
でも、商人は口のつかいかたを知らないと。
「おれたちはその流れにのっていれば、少なくともたくわえに困ることはないだろ、っと。いらっしゃい」
「勲章はないか? ふん」
「あ、いえ、あはは」
こうやって、わけのわからない落ちぶれた騎士みたいなのが、連日訪れるのだから。
「やっぱ売れちまった。ビス、あのさあ」
「わかってるよー。ちょっとおろしてくるから、店番だけはお願いね」
武器や防具の在庫の処理にこまっていた。儲けもゼロだけど、私には必要最低限でいい。これは保険だ。
「運ぶのが面倒ってことだけは、手間賃でもらおっかな」
夕方まであと、数時間もあった。私が売れ筋を確認して、通りに戻ったとき、それは起こった。
「あのさあ、申し訳ないんだけど、在庫ぜんぶってのはさすがに」
「はあん、じゃあもっとあるわけねー?」
ひとめでわかった。
「わり、い、ビス」
露天商は集団で襲いかかってきた『そいつら』にはがいじめにされていた。
中心にいたのは、頭をおおいつくすようにバンダナを巻き、マントをはおっているくせに、その下はお腹も、おへそも、それから足だって露出している、少女。
「あいさつしとく? それともそーゆーのは流行らない?」
ナイフを私に向けてくる。まだおろしたて。
「盗賊さまはさー、コソドロとは違うんだよ。がっつり正面からかっさらわないと。おまえもそう思うよね?」
あいつらは、夕方に滅びるといった。ふざけるな。わかってたなら、なぜ言わない。
「どうせ死ぬんだし、いっか。スオウが来たって、知らせな。この街はあたしたちがいただく。盗賊団クサナギっていえば、わかるよね?」
だから、武器なんか扱うべきじゃなかったんだ。