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ビスのラストターン-1

 ミナと名乗った勇者は、突然あらわれて、私の生活を破壊した。


「商人だよ次は!」

「何を根拠に」


 隣に連れている男二人。チャラチャラした女の子だと思った。戦時中だからといって、自粛しろとまでは言わない。


 でも、まるで他人事のような彼女の振る舞いに私の第一印象は最悪だった。


「ヨミはさあ、ノリがよくない。くらい。モテない。陰キャ」

「黙れ。呪われろ」


 私には、ヨミと呼ばれている男と、ミナの関係がまるで太陽と月のように見えた。隣にいる金髪が、竜人だとわかるまでにはちょっとしたいきさつがあった。


 ああ、そうだ。スオウがまだ盗賊団のリーダーをやっていたころだ。

 

 こうして思い返してみると、スオウとヨミを引き合わせなかったのは正解だと思った。


「というわけで、何すれば仲間になるんだっけ」


 ミナの不思議な発言、というかすっとんだ発言はこれに始まったことではない。


 ときどき異世界から来たような、というか、どこか世界をうえから眺めているような言葉を使う。でも、じっさいには私からすると、子供に見える。


「あのさ、悪いんだけど。勇者って」

「そうそう。世界を救うわけ」

「なんか証拠とかないのー? 勇者さまなんだったらあるでしょ」

「証拠かあ」


 たしかに、風の噂で、戦争がはじまってすぐに、勇者たる人物が現れたことは伝わっていた。


 しかし、そんな大層な肩書きの人間が、魔王の拠点の遙か彼方に位置するここに、しかも自称で現れるなんて、ちょっと考えがたい。


 だいたい、勇者っていうのは魔王をたおした人間のことをいうんじゃないのか。


「武器ならちょっとおまけするから、それでいい?」

「ああ、そゆんじゃなくて。ねえヨミ、どうしよ」

「どうしようもこうしようも俺にきくな。貴様が勝手に名乗ったんだろうが」

「だってつい。たぶんこの人だもん」

「それはどこで知ったの?」


 ギザの口調が、外見からは想像できないくらい大人びていたことだけは覚えている。


「こ、攻略サイト」

「え?」

「じゃなくて、えと。そう! お告げだよ!」

「ほう。僧侶の俺にも聞こえないお告げか。どこの神からの?」

「またそれ!? もういいじゃん! とにかくこの人なの! 勇者がいうんだから間違いないの!」


 こんな子供に、どうしてくっついてきたのか。だいたい、僧侶らしからぬヨミの装いが気になって仕方がない。


「お二人さんはどういう事情で? まーさか本気でこの子が勇者って信じてるわけじゃないでしょ」

「残念ながらそれは違うんだ。オレもヨミも、同意して同行してる」

「なんかとんでもないエピソードでもあったの?」

「それは、ええと」

「ギザ。やめておけ。それより武器商人なんだな、貴様は」

「ビス」

「あ?」

「きさまじゃなくてビスさま。ねー、悪いんだけど商売には困ってないの。お客さんだってこっちは選ぶよ。それとね、武器商人って次よんだら水かけるから」


 言っておいて、嫌になる。たしかにこのご時世で、武器を売らないことにはどんな商人だって儲からない。私は露天商とはいえ、許可をもらって商売をしていた。


 それでも、武器商人なんて呼ばれるのはごめんだ。


「ではビス。この店では何を売っているんだ。何屋だ」

「ほーうそうきますか。そうねー、安全屋かな」 


 ヨミは、私の言葉に満足したらしい。氷のような表情が、すこしだけ溶けた。


「ミナ。この街から先は少し魔物の気配が違う。俺の力である程度はごまかせるが、この先、旅をつづけるならバックアップも必要だ」

「だから言ってんじゃん!」


 いや、絶対そこまで考えてないでしょ、この子。


「ねえー、一緒にいこ?」

「しつこいなあ。出禁にするよ、ほんとに」

「出禁もなにも、露天じゃん、ここ」

「そーだよ。わるい? でもお店はお店なの」


 店舗をもつまでは、どんなに泥をくっても、恥をかいても、かまわないときめていた。正直なところ、いままで稼いだお金をつかえば、小さな拠点くらいはつくれる。


 でも、私はそうしなかった。なぜっていわれたら理由はひとつだ。


 武器商人、という肩書きにそめられたくなかった。


 手元にある白銀の刀剣を、たまに捨てたくなる。それなのに、飛ぶように売れていく。


「じゃあさ、とりあえず一個ちょーだい」


 自称勇者が、私の気を逆撫でしてくる。けっきょく、武器、武器、武器。斬ってるのがひとだろうが魔物だろうが、所詮、いのちを奪っているだけ。


「それでおしまいならよろこんで」

「ちがうよ、買いたいのはこれ」


 ミナが指差したのは、時計。しかも、売れ残りで処分に困っていた一品。


「は?」

「なんで今まで気づかなかったんだろ。時計がないと不便だよ。この世界、昼間と夜しかなくなっちゃうもんね」

「そんなの、どこでも手に入るでしょ」

「安全を売ってるんだよね。だから私は安全を買う」


 そんなもの、武器とか防具とか、それでいいじゃないか、と言いかけたところで、僧侶ヨミがつぶやいた。


「ビス。俺たちはまだここにいる。貴様がどうしようが、ミナはともかく俺は一向にかまわん。ただ、これだけは伝える」


 そして、運命のひとこと。


「明日の夜明けまでに、街を出る用意をしろ」

「は? なにそれ」

「この街は、明日の夕方までに滅びる」


 このとき私に、わかっていたら、ラストターンはきていない。いまでもかんがえる。


 しかし、たいていのことがそうであるように、選択したことが正解かどうかなんて、けっきょく死ぬまでわからないのだ。

 

 たとえ、短期でみたときに、それが不幸な出来事であったとしても。


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