ビスのラストターン
こうみえても、私はみんなが思っているほど打算的に生きてはいない。商人として、自分の店がきちんと持つ。行商よりも、お店。
魔王軍の侵攻が世界にもたらしたものは、戦争による武器や防具などが飛ぶように売れるという、ある種の商人たちにとっては喜ぶべきことだった。
しかし、ちっともこころはうごかない。私を支配しているのは、今、この瞬間。
「ビス」
私に声をかけてくれたのは、僧侶のヨミ。なぜか出会ったときから気が合う。
「店を持ちたいって言ってただろう。あとはミナにまかせて、余計なことは考えるな」
どうして気が合ったのか。私はラストターンまで気づくことができなかった。
「なに言ってんの? 商売人ナメないで」
いまの私のレベルは99。商人だけがつかえる、必殺の特技をつかえば、戦闘に貢献できる。できるもの。
「ナメていない。もうできることはすべてやった。だから、貴様しかできないことをやれと言っている」
ヨミの言葉は、いつだって本質をついている。だからこそ、私は歯向かいたくなる。いつでも。これまでも、これからも。
「断るよ。あのスオウの素行をなんとかしてきたの、誰だとおもってるの。ヨミが何をいってるのか、わかんない」
わからない? この後におよんで私はなにを言っているのだろう。わかりきっている。だから、意地を張る。
意図してもいないのに、勝手に言葉が溢れてくる。
「スオウはね、ほんとに手がつけられない子だった。でも、みんなと出会って変わった。あの子が最初のターンでしょ、いつも。あなたは知らないかもしれないけど、はじめのころにあんなことする子じゃなかったの」
気づけば、ヨミだけではなく、みんなが私を見ている。そのひとみには、すべてを受け入れる強さのようなものが見え隠れした。私がなにをいっても、受け入れ、でも、ブレない。
「続けろよ。全部聞いてやる」
テラ。この子はスオウの次に振り回された。でも、本当はとてもまじめで、だれよりも責任感がつよい女の子。
「だから。私だけができることなんてないんだよ。私はレベルがいくつあがったってただの商売人なの。攻撃だって、サポートだって、みんなほど役に立たない。仕方ないじゃない。でも、そのなかですこしでもって、どうしてそれを止めるの」
わかっていた。ここで私がターンをスキップしても、結果はかわらない。ミナが最後になんとかしてくれる。
でも、だから何だというのだ。
「ビス、オレたちの目的は何だと思いますか」
魔力をほとんど使い果たしたようで、フウは髪の毛がほとんど真っ白になっていた。
「だから、魔王を倒すことじゃない」
「そのあとは?」
私の思考が停止する。
「物語がおわっても、オレたちは生きていく。そのときに、君はこの世界にとって大切な役割をになうことになります。なんだかわかりますか」
わかっている。魔王をたおしたら、すぐに各地の再建に取り組まなくてはならない。こうなると、必要になってくるのは経済の力だ。
「ヨミは君の力をナメてるんじゃないですよ。君の力を信頼しているんです。世界を再建するには、経済、まあようするにお金の力、そしてそれを扱うひとの力が必要になる。君はレベル99の世界最高の商売人。ね、ヨミ」
「貴様はいつもそうだな。口がすぎる」
ヨミはもう私のほうを向いていなかった。
「みてください。ミナはつぎにあれで決着をつける。君だけの特技、そして他のだれにも真似できない、君しかできないこと」
私は拳を握りしめた。ずっとコンプレックスだった。金庫番なんていったらきこえはいいけど、みんなと肩をならべて戦えてるなんて到底おもえない。
私はポケットに手を入れた。
「イカサマのコイントス」
戦闘中につかうと、経験値がはいらない代わりに、表が出ると経験値と取得ゴールドを足した数値が十倍になってお金として手に入るというぶっ壊れ特技。
レベルが99になっても、おいそれとつかう気にならなかった。理由は、この特技のリスクにある。
「わかった、やるよ。でも、いい? 前にもいったけど、経験値がただ入らないだけなのは表がでたときだけ。裏がでたら」
「戦闘の最初からやりなおし、だろ」
そうだ。そこらへんの雑魚モンスターだったらまだいい。
でも、この最終局面で戦闘をやりなおすっていうことが、どれだけみんなにとって精神的な負荷を与えるのか、天秤にかけたら。
「どっちが出ても恨まないよ、ビス。あたしがまたはじめから動いてやるからさ!」
スオウが、ダメ押ししてくる。
経済。そんなもの、何の役にも立たないと思っていた。ミナたちと出会って変わったのは私だ。最後の瞬間、トスをしてからコインが地面に落ちるまで、三秒もかからない。
私はミナをみる。いろいろあったけど、やっぱり私は彼女が勇者でよかったとおもう。
出会いからして、最悪だったけど。
「あなたがビス? うわ、めっちゃ金持ちっぽい! てかデキる女? ってかんじが!」
だって、第一声がこれだったんだもん。