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ターン-2

「要するに、テメェは記憶喪失ってわけか」

「ま、まことに、申し訳ございません」


 私が正座をするのは、高校生のときに書道の授業を受けていたときで最後。


 戦士テラが、肩でとんとん、と明らかにひとふりで魔物の大群を1000体とか狩ってそうな剣を、さやから抜いたまま私を問い詰めている。


「おれがぶん殴ったらもどんねーかな」


 今度、現実世界に戻ったら、ミカゼのwikiにぜったい悪口かいてやる、と私は決意した。


「アホ、装備ひっぺがしてんだよ。死ぬぞこいつ。なあフウ、魔法でなんとかなんないのかよ。ヨミもさ、こういうのはうちらの仕事じゃないだろ」


 僧侶ヨミと魔法使いフウは、少し離れた場所でさっきから何かを話し合っていた。テラの言葉に両手をひらいて、お手上げのポーズ。


「記憶と記録でいうと、今回の件は、記録喪失っていう表現のほうが正しいですね」

「それは俺も考えた。呪いの類でもない」


 おお、さすがレベル99。かしこさ、カンストしてる? そうなんだよ。だって、私のゲームじゃないもん。


 あれ? でも。


「私の特技で、盗んじゃおっか」

「だーめ。盗んでいいのはお金と開かない宝箱だけ。あと通行人ね」


 盗賊(反社)のスオウと銭ゲバ商人のビス。やっぱこの二人、カタギじゃないわ。


 私は考える。


 いままではゲームオーバー? になったら現実世界に戻れた。でも、セーブポイントからでも、もしかしたら戻れる?


 さっきは勢いで、というかプレッシャーで上書きしちゃったけど、一旦外にでたらこっちのもんじゃん。

 そうだよ、だいたい、他人のゲームを途中からやって何が楽しいの、って、これミコトが言ってたなあ。


「ね、ねえ」


 私が顔をあげると、全員の視線が集中する。


「セーブさ、もう一回させて?」

「なんで」


 ち、ちかい近い。テラって戦士っていうより、サムライみたいなところあるんだよなあ。


「えーと。ほら、もしかしたらセーブできてないかもしれないじゃん?」

「おい。さっき、わざとしなかったのか?」

 

 出たなヨミ。なにが僧侶じゃ。ネクロマンサーとかのほうがお似合いだよ!


「ち、ちがうちがうちがう! したよ、しちゃったよ!」

「じゃあ問題ないだろう。少し黙ってろ」


 現実世界にもどったら、ヨミのwikiにも追加しとこ。


 だめだ。私自身もレベル99だけど、こいつらだって全員カンストしてる。ここで下手なことをしたら、間違いなく。


 あ。


 そうだ、この人たちにゲームオーバーにしてもらうのはどうだろう。味方に攻撃できるか、確認しなきゃだけど、たぶんこうやって脅しみたいなことをするくらいだから、できるはず。


 そうこうかんがえていると、Tシャツ一枚の私のすそが引っ張られる。みると、金色の髪に青い瞳の少年がたっている。ちっさ! あれ? 


「ギザだよ、それも忘れたの」


 か、かわいい。弟にしたい。


「に、人間にもどれるんだ?」

「なにいってるの。ミナがオレを助けてくれたじゃないか。ねえフウ、やっぱり変だよ。『あれ』どころか、いろんなこと忘れちゃってる」


 告げ口すな!!!


「時の砂時計がなければ、本当に終わってましたね。いや、何回か終わっている?」

「みたいだね」


 あごに手を当ててフウが悪徳商人をみやる。


「このビスが数え間違えるはずないもん。ゴールドが三分の一以下になってるよ」

「そ、それは不思議だね、あはは」

「ミナ。ここまでの旅で何度かオレたちは全滅したことがあります。その度に、所持金が減っているんです」


 はいやらかしー。もう黙っていたい。ってわけにもいかず。


 とりあえず、なんとかして、私をぶっとばしてもらえないかな。


「ね、ねえミカ」

「ミカゼだ!」

「ああごめんごめん! 本当のこというとさ、私、ギザの言う通りなんにも覚えてないの。でもさ、さっきの話だけど」


 ミカゼが眼を細める。やばい、全然信用されてない。ええい、負けるな。


「んとね、みんなが言う通り、魔王? に何回かやられてるのは本当。でも言い出せなくて。ごめんね。みんながんばってくれてたから」


 嘘は言ってない。嘘は言ってない。本当のことだもん。


「でもね、何回かやられてるうちに、ほら、全滅すると真っ暗になるじゃない。あれでさ、ちょっと現実との境界線が、ぼやけたっていうか」


 これもギリ嘘じゃない。うん。


「それは変だろ。しかし、ほお」


 僧侶ヨミが、矢をはなつように水をさした。


「おい、全滅すると真っ暗になるんだそうだ」

「へえ、そいつは、なるほど」

「知らなかったぜ」

「だからいつもミナだけは覚えてたんですね」

「そういえば、お金が減ってるの教えてくれたの、ミナだったもんね」

「だから言ったじゃーん。あたしパクってないって」


 無理だ。魔王よりも、つよつよなこのひとたち、ほんとに無理だ。

 ん? でも、あれ? なんか、変。


「時の砂時計」


 最後に口を開いたのは、ギザ。


「フウ、あれは君の街、魔法都市で手に入れた貴重品だったよね」

「はい。時空系の魔法はいろいろと、制約が厳しいんですが、あのアイテムならノーリスクで使えると思ったので。まさかラストバトルで使うとは思わなかったですが」


 時空系のまほう? こんなことならガチガチに調べ上げてから三回目にチャンレンジするべきだった。


 一般的なRPGだと、戦闘中にしか使えないやつと、フィールドでも使えるやつの二種類があるはず。


 リスクとか難しいことはわからないけど、フウにうまいこと吹き込んで、『あれ』が手に入る場所まで時間を巻き戻せば、なんとかなったのに。


 あ。


「あ、あのう」

「そろそろイラついてきた。やっぱ勇者になるべきはこいつじゃなかったのかもな。同じ女なんだし、うちがやってりゃこんなことにはならねーのによ」


 そんなこと言われましても。なりたくてなったわけじゃありませんし。ていうか、私のデータじゃありませんし。


 なのに。


「ねえ、私って、ずっとミナ?」

「おいおい、名前まで忘れたとかぬかすなよ。ほんとにぶん殴るぞ」

「お、女の子にさあ! そういうのよくないと思うー!」

「どこがだよ! ミナに女を感じたことあるやつがここにいるわけね―だろ!」


 武闘家あらため脳筋ミカゼめ。Wikiだけじゃなくてyoutubeに投稿したろか。どうせこいつあんま人気ないでしょ、このキャラだし。


 ともかく。


 ゲームをはじめて立ち上げたとき、まさかこんなことになるとは思っていなかったこともあり、私はプレイヤーの名前を確認しなかった。


 中古で買ったゲームなのに、私の名前で設定されている。私はリネームしたおぼえはない。


「ねえ、セーブさせてあげよう」


 そのとき、私にはギザ少年がほんとにあのまんがに出てくる神様の龍みたいに見えた。


「信用できんな。俺たちを出し抜いていたんだぞ、この女は。フウの機転が聞かなければ、永遠に俺たちはあそこから出られなかった」

「ヨミが言う通り、かわいそうだけど、いまのミナを百パーセント、オレも信用することはできない。ごめんね、ミナ」


 や、やめてよお。そんなにガチで泣きそうな顔しないでよお。


「でも、本当に記憶、えっと、フウがいうところの記録そうしつ? をミナがしてるのだとしたら、どのみち先には進めない」

「ギザ、いちおう伝えておきますが、オレの魔法はアテにできないですよ」

「うん。でも、このセーブポイントの役割、ミナがオレたちに教えてくれるまで、気づかなかった。全滅したときはともかくとして、体力回復と、迷ったときの目印をつけられる。あとは」


 わかった、違和感の正体。


 セーブポイントはプレイヤー視点だと重要な要素で、全滅したときに戻ることができる。


 くわえて、どうやらこの世界では全滅すると私以外の記憶は失われているようだ。

 

 さっき、フウとギザは時の砂時計? とかいう、たぶん私が叩き割ったアイテムについて話していた。

 口調からして、あれを使ったのは最初で最後だったはず。

 

 セーブを私にするように命じたのは、全員が同意していた。

 

 変だ。どうかんがえても変。

 どうして、記憶を上書きする必要があると、このひとたちは知ってるの?


「ギザ、私からもきいていい?」

「うん、もちろん」

「時の砂時計の効果はわかった。で、セーブポイントまで戻れることもわかった。でもさっき、あなたたちは、私にセーブすることを強要したよね? あれはなぜ?」

「なんだ、そんなことか」


 あれ?


「これ、ワープポイントにもなってるんだ。君は覚えてないかもしれないけど、つよい敵と戦って、逃げたあとに戻ってきて、君の力でセーブする。戦ったときの相手の特性とかってけっこう大事だからね。さっきだって、いくらオレたちでも、苦労したんだよ。逃げられないのはわかってたけど、情報だけを持ち帰ることはできる。だからセーブをお願いしたんだ。時の砂時計の効果がきくかどうかは、賭けだった」


 もちろん、もう次はないけどね、とギザは頭をかきながら言った。


「でね。みんなにオレから提案。セーブができるのは勇者ミナだけ、だよね? だから」

「あーなるほど、ワープして旅を逆回転させるってこと? ふんふん」


 ギザが反社で盗賊でスカしたスオウを取り押さえてくれてるだけで、私はもう満足しかけた。うなずいたギザが、私に羽織っていたローブをかけてくれる。


 暖かい。ちっこいけど。


「ヨミ、呪いはかかってないんだよね?」

「ああ。さっきからあらゆる方法でためしているが、痕跡がない」

「マジで言ってんのか?! さんざん苦労しておれたちがここまできたってのに、逆走するってか?」

「うん。ミナに、この旅を思い出してもらわないと、何もはじまらないよ。オレの竜の力で運ぼうか考えたけど、残念ながらこれはみんなで動かないと意味がない」


 沈黙がただよう。

 

 そりゃあ、そうだよ。


 まずそもそも、私自身に信頼がないんだし。それに、レベル99、ラストターンまできて、逆戻りって、どこの修行僧がやる縛りゲーだってなるよ、ね。

 

 ああ、いまごろ向こうでは何がおきてるんだろ。時間の関係とかもっと丁寧に調べればよかった。そして、また私の脳裏によぎるのは、ふたつのキーワード。

 

 

 転生。リセット。

 

 

 セーブポイントは勇者しか使えない。ここでもしセーブポイントから現実世界に脱出、もしくはなんとかこの人たちを言いくるめてぼこぼこにしてもらって、データごと消して、転生して。

 

 こんなゲームのことなんか、無かったことにしちゃえば、それで終わる。

 

 のに。

 

 私は迷っていた。


「いいでしょう。たしかに方法はなさそうです。異論があるひとがいるなら、オレがあとで聞きます。それに、魔王もバカじゃない。さっき啖呵を切っておいてなんですが、次はもう後戻りできませんしね」


 どうやらフウは、これまでの旅でも参謀のような役割を果たしてきたようで、この一言が決め手になった。


「悪かったな」


 そうやって私に手を差し伸べてくれたのは、テラだった。


「いつものうちの悪いくせだ。覚えてないかもしれないけどさ、最初もこんなことあったんだぜ」

「そう、なんだ」


 でも、そのゲームの思い出は、私のものじゃない。


「いけよ」

「ミナ。オレたちも君がセーブポイントから移動するなら、自動的に転移できる。ドラゴンの姿でカッコよく飛び立てないのは、ちょっと残念だけどね」


 もう、やめてほしい。


 私は立ち上がって、セーブポイントに近づく。光が魔法陣からふきだしていて、ここに立つと温かい。

 案の定だった。



______________________



 ゲームを続けますか?

▶️はい

いいえ


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