ターン-1
そんな感じで、私はこのゲームにハマってる、というかハメられてる。
さっき三回目って言ったけど、一回目にゲームを起動したときがいちばんひどかった。だいたいさ、あの世界にいっちゃったらコントローラーとかないし。
何していいかわかんなくて、女戦士のテラにめっちゃキレられた。テラって、スタイルいいのが鎧を着込んでてもわかるの、いいなあ。
じゃなくて。
あたふたしてたら、なんか目の前にめっちゃ黒い影みたいなのが立ちはだかってるから、たぶんあれが魔王。
なんだけど、ビビっちゃってたら防御コマンドってカウントされたらしくて、そのあとブラックアウト。
次は二回目。いちおう、なんか剣みたいなのを持ってるし、勇者とか言われるから振り回したら、テラが、「何やっちゃってんだよボケ!」ってキレる。
で、三回目のいま。
「うそ、だろ?」
こいつは武闘家で、あとでサイトを調べてわかったんだけど、名前はミカゼ。いかにもってかんじの軽装に、茶色の短髪とグローブ。
私よりちっこいくせに、レベル99なんだからこいつがやっちまえばいいのに。
そうそう、この子、間違えてミカって呼んだらキレられた。
「あーごめん。ガチ。あは。知ってるひとー!」
二回目までで、とりあえず、わかったことでいうと、
1.普通セーブポイントからはじまるのに、いきなり最終ターンからはじまる。
2.現実世界の攻略サイトをみても、こんなゲームじゃない。
3. レベルは99らしい。これはゲーム開始するときの表記でわかるから、ぶんなぐったらワンパンでいけるはず。
4. 魔王は攻撃では倒せない。
こんなかんじ。それで、今回確かめたかったことは、「あれ」について。
RPGはけっこープレイ動画とかみてたから、いろんなラストバトルがあるの知ってるんだけど、攻撃でたおせないってことは、なんかアイテムとかそういうのを使うに違いないと思った。
たとえば、物語の終盤で手に入るキーアイテムみたいなやつ。たいていはそのエピソードって、仲間全員で共有してるはずだし。
だから聞いてみたんだけど、
「ミナ。本当に覚えてないんですか」
魔法使いのフウ。こいつほんとイケメン。銀髪に赤い目って典型的なあれじゃん。
「いや、覚えてないっていうか、確認? みたいな。ほら、最後のターンだし間違えたらやばいじゃん?」
「ふん、子供の言い訳か?」
僧侶のヨミ。思うんだけど僧侶ってもっとさ、優しくない? 服装こそ宗教っぽいけど、こいつ目つき悪いし、黒髪伸ばしてる場合かっつーの。
私が発言しても、なんだか空気がおかしい。冷や汗がバレないように、私は目の前の魔王っぽいなにかに再び対峙する。
「あー、ダメだこれ。終わりじゃない?」
背後から声がする。あー苦手。女盗賊の、スオウ、だっけ。こういうスカしてるの、いるよね。だいたい盗賊ってなに。反社じゃん。
露出の多い見た目からしてドロボウにしかみえないっつの。
「なにが! 終わってないじゃん!」
私が叫んだ声にたいして、誰も反応してくれない。こっそり、ゆっくり、ギリギリふりかえっているか振り返っていないかわからない程度に、横目でみんなの様子をみる。
あ。バレて、る?
「ミナ」
魔法使いフウが、私の肩に手をかける。あーやっぱイケメン。
「ちゃんと答えてください。オレたちは命をかけてここまでやってきた仲間です」
そりゃイケメンだからってなんでも許されるとおもったら大間違いで。
「やっばー! ねえミナ、何回やらかしたの? お金、めっちゃ減ってる!」
ああ、たしかそんな設定あったなあ。商人、だっけこの子。そうそう、商人のビス。え、ていうかそういうメタ発言できるの?
「オレがこれから聞くことに、正直に答えてください」
こわ。フウの顔はみなかったけど、肩にかけられた手から伝わってくるのは、まるで警官が尋問するような猜疑心。
「あれが存在することはオレたちはたしかにしっています。しかし、なぜオレたちが、あなたにもはや勇者たる資格がないと判断したのか、わかりますか」
「あーもう、わかったよ! 忘れたの!」
とたんに、空間にネガティブな空気、そう、まるで朝の満員電車の居心地を百倍くらい悪くしたような嫌な感じが広がる。
「やっちゃったね、ミナ」
魔王。あれ、こいつしゃべるのはじめてだよね。
「ギザ!」
フウが叫ぶと、大きなドラゴンが私たちを包む。ギザは戦闘中、ずっとドラゴンの姿なの、忘れてた。
「いったん、リセットだ」
「あいよ」
フウとギザのやりとりに違和感を覚える。ん? ボスから逃げられないでしょ。
「直前のセーブポイントまで戻ります」
え? そんなのあったの? いやもっと早くいってよ、なんて口が裂けても言えない。
「あらら、大魔法使いフウと神竜ギザともあろうものが、やりなおしですか? だっさ!」
「いい気になるな。いつでもお前を追い込めることはもう確認した。都合がいいのはそっちじゃないのか? せいぜい休めておけよ」
「そういうところ、こちら側っぽくてボクは好きですよ」
魔法使いのフウは私を見る。
「砂時計を叩き割ってください」
そんなものどこにあるんだ、と思っていたら、ギザがその巨大な口で私に渡してくれた。
「え、これがあれ?」
「これはあれじゃありません。あれはあれです」
もはや指示語が多すぎてわけがわからないので、とりあえず私は言われた通りにそれを叩き割る。
これとかそれとかあれとかもう、固有名詞の大事さがわかるって、いいゲームだ。
私たちは全員、洞窟のようなところで目を覚ました。あー、なんかで見たことある。ラスボスで使えるんだ。
時間を巻き戻すアイテム、か。
「さて」
「あ! 私さ、そろそろ宿題が」
私の肩を掴んだのは、武闘家のミカゼ。
動けない。くそう。
「どうしてオレたちが、ミナを疑っているか、いや、ミナがもはやオレたちが知っているミナじゃないかわかったと思いますか」
「ちゅ、中古のゲームだから、とか」
ぎり、と私の肩を掴むミカゼの握力に、もうごまかしはきかないことを理解する。
「あなたは記憶を失っています。魔王を倒す術は、あなただけに教えられましたよね」
やらかした。バレる前にリセットだ。
あ。
「ミナ、セーブを上書きしてください。オレたちが見ている前で」
やらかして、やられた。
もう誤魔化しきれない。こいつらの記憶をリセットしてくれる魔王もいない。
逃げられないのは魔王じゃなくて、こいつらからだ。
だから異世界とか嫌なんだよ。