呪いの骨董品
始まり
奇妙なものを見た。
古い日記のようなものだった。
表紙は血に染まっていて、それだけでも十分奇妙なのだが
奇妙さを増しているのはやはり中身は染まってないのに、
裏表紙と表紙は血に染まっているのだ。
訳を確かめるべく、この日記を読むことにした
第一章
私は昨夜、街へ買い物に出かけた。茶碗が割れてしまったからだ。器がなければ飯は食えぬ。飯が食えなければ働けぬ。働けなければ何も買えぬ。何も買わねば死んでしまう。器がなくても飯を食えぬことはないが、私はそれが嫌いなのだ。なぜそれが嫌いなのかは明日にでも書くことにしよう。
街は山を降りた先にあるのだが、山に妹を残して遠出はあまりしたくはない。妹は美人だった。街から山まで来て婚約したいと何度も言いに来るほどだ。山から街へ噂が広がるほどだ。街に降りたことなど無かった筈なのだが。街はくだらない者達が住むところに決まっている。欲にまみれ、蹴落とし合い、奪い合う奴らだ。そんな奴らと妹と話しをさせる訳にはいくまい。
街についた私は前に降りたときには見なかった骨董屋を見つけた。きれいな建物だった。なんの木を使っているのだろうか、なんとなく寺にいるような感覚がした。私は引き込まれるように中へと入った。
中は外装より凄かった。なんせ置いてある物全てが光って見えたのだ。それくらい魅力的だった。私は何を買いに来たのかも忘れて只々魅力的な品々を眺めていた。何分くらいたってからだろうか、店の人らしき人が現れたのは。
「何をお探しかな」
きれいな着物を身に纏い、少年のような見た目をした店の人は微笑みながら私の目を見て、訪ねてきた。私は止まってしまった。何をしに来たのかを忘れていたからだった。
「.....ちゃ、茶碗‼︎茶碗を買いに来ました‼︎」
いきなり言ったせいか店の人は一瞬驚いたような顔をした。けれどもすぐに微笑んで、
「茶碗ならこちらにあるさ、どれでも好きなものを選ぶといいよ。」
と言いながら右側に案内してくれた。
茶碗は綺麗に棚に並べられ、埃一つ付いていなかった。並べられた茶碗はやはりどれも魅力的で、まるで自分のために作られたようだ。その中に喉から手が出るほど欲しい茶碗があった。外側は何も混ざってないような白で、内側は吸い込まれるような黒だった。
第二章
兄様が不思議なお茶碗を持って帰ってきたのは今日の昼のことでした。兄様が私を先に寝かせて、夜にこっそりどこかに出かけて、朝早くに帰って来ることはよくありました。兄の書いたばかりの日記を見ると私たちの生活の為に、買い物に出かけていたのでしょう。ですがこんなに長い時間帰ってこなかったのは初めてでした。兄様がお茶碗一つ買って来ただけなのに、なぜこんなにも時間がかかってしまったのでしょう?私は少々気になってしまいました。
外の世界には野蛮な殿方が沢山いらっしゃると聞きました。だから女性は外に出てはいけないと兄様はよくおっしゃておりました。私は兄様から言われたことをなるべく守ってきました。兄様、私知っています。この家の外には女性も歩いていること、優しい殿方がいること。兄様ごめんなさい、私何回か外に出てますの。外の世界に興味を持ってしまったのです。こんなことを書いたら兄様はきっとお怒りになられるわ。恋をしてしまっただなんて。あぁ、どうしましょう。勿論、兄様のことも大好きですわ。兄様への好きと、この好きはなにか違うように思えるのです。あぁ、これが恋と言うものなのかと気づいてしまいした。あぁ、兄様の言いつけを守らず、兄様が一番恐れていたことをしてしまいました。
ですが、それが理由ではなさそうでした。兄は帰って来るなり茶碗を見たまま座って仕事にも出かけず、ずっと固まっていました。ご飯も食べず、お茶碗を見ているのです。兄様はお茶碗を買ったせいかおかしくなってしまったようでした。そうして一日が終わってしまいました。
私は昨日兄に起きたことが夢であって欲しいと思いながら目を覚ましました。然し、どうやら夢では無いようで、兄様は、まだ茶碗を見ておりました。あぁ、このままでは兄様が死んでしまうと思い、兄様からお茶碗を取ることにいたしました。
然し、兄様にお茶碗を渡して欲しい、と言っても渡そうとはしませんでした。そこで兄様には申し訳無いのですが引っ張って取ることにしました。どんなに引っ張っても兄様ははなそうとはしませんでしたが、私を殴ったりはしませんでした。多少の意識は持っているようでした。
兄様からお茶碗を取るのは一旦後にして、兄様がお茶碗を買ってきた場所について調べることにしました。まずは家の周りにいる人に聞いてみることにしました。
近所の方々に話を聞くと、兄様の持ってきたお茶碗について少しわかりました。兄様の買ってきたお茶碗は骨董品のようでした。お茶碗の模様に関しては皆さん揃って何故此のようなお茶碗をずっと見ているかわからないようでした。外は骨董品とは思えないほど真っ白で、中はまるで闇のように真っ黒なのです。見れば見るほど不思議なお茶碗ですが、ご飯も食べず見る程ではないとは思うのです。
話を聞いても、状況は一向に変わらないまま日が沈みきりそうな時に色々な所を回って旅をしている方が隣の宿屋を利用していらっしゃると聞きました。そこで、その方なら何か知っているかもしれないと思い話を聞くことにいたしました。
第三章
その旅人の方は変わった方でした。一〇代のような見た目をした男性でした。綺麗な着物姿で、瞳は兄様が持って帰ってきたお茶碗の中のように真っ暗でした。その瞳を見ているとなんとも言えない不思議な感覚に陥りました。然しその感覚とその方のうしろにある骨董品で私は此の方が兄様を可笑しくした張本人なのでは無いかと思ってしまいました。気の所為に決まっている。一日中慣れない外で人に話を聞いていたからに違いないと思い、気を取り直して話を聞くことにしました。
「白と黒のお茶碗についてご存知ないでしょうか?」
彼は作業している手を止め、こちらを振り返った。そして私の顔を見て、
「そうかそうか、これは失敬、先日のお客様のご家族だったとは。」
と言って私に礼をしました。私は兄様の現状を話しました。兄様がお茶碗を見てばかりでご飯も取らず、寝ることもしないでいる現状を。どうにかならないかと聞いてみると彼は暫く黙った後、口を動かしました。私は一瞬彼がなんと言ったのかわかりませんでした。私が固まっていると彼はもう一度言おうか、と聞きました。そしてゆっくり、はっきりと先程言ったことを言いました。聞き間違える筈などありませんでした。信じたくないと体の奥から言っております。彼ははっきりと「彼を元に戻す方法などないさ、そのまま野垂れ死んで行くだけさ。」と言ったのでした。あぁ、兄様ともっと話したかったです。もっと平和な生活を二人で過ごしたかったです、兄様と一緒にやりたいことがまだたくさんあります.ああ、どうか生きてください。
「本当に兄様を助ける方法はないでしょうか?」
彼が話を切り上げて作業に戻りそうになったところでもう一度聞きました。すると彼は、私を見てため息をつき、「君は…」と言いかけて口を閉じました。それから、五分程経った頃でした。彼は髪と筆を取り、自分の家がある当たりに丸を付けておいてくれれば一週間以内に伺うだろうとおっしゃいました。
今から私の家に行くことはできないでしょうか?と聞くと彼は言いました。
人に物を頼む側が我儘言ってはいけないよ、と。
第四章
兄様は昨日より痩せております。水と少量のご飯をどうにかして食べさせているのでどうにかして命を繋いでいる状態でした。
あの日から、日が昇って日が落ちるのが三回程経った頃、扉を叩く音がしました。商人の方だと思い、扉を開けるとそこにいたのは、私の想い人でございました。彼にはすでに兄様の現状を伝えておりましたので、わざわざ彼がここに来た理由が分かりませんでした。一緒に兄様のことを見てくださるのかと思ったのですが、どうやらそうではないようでした。彼は兄様を横目で見ながら私に聞きました。
「この状態から治らない兄をずっと世話してて良いのかい?治ることはないんだろう?」
確かに治る保証など何処にもありませんが看病を嫌だと思ったことは御座いませんでした。私が返事に迷っていると彼は私を見て微苦笑致しまして、私の頭にぽんと手を置きました。明日は僕が見ているからゆっくり休んでほしいと言いました。私は彼の優しさに感謝し、休むことに致しました。
第五章
その日の朝顔を洗い、障子を開けると、彼はすでに底におりました。本当に私を手伝ってくださるようでした。私に陽の光でも浴びていると良いよ、と言ってくださりました。では晴彦様、少ししたら戻って来ます、と言って買い物に行くことにしました。
少しの物を買い、お家に帰る途中で神社へ寄りお参りをすることに致しました。神社に入る前に看板を見つけました。
『作法知らざるもの、入るべからず、間違えた暁には願いの文だけ厄災が降りかかるであろう』
黒く塗りつぶされており、読めない部分がございましたが、大丈夫だと思い、神社に入ることにしました。
門の前で合唱して一礼し、右足からはいりました。敷居を踏まないように歩き、手水の所に付きました。最初に右手で水を組み、左手を洗い、左手に持ち替え右手を同じように洗いました。続いて、左手に持ち替え、口を洗いました。最後に柄の部分を洗いました。柄杓を戻してお賽銭の方へ向かいました。一礼をしてお賽銭をそっと入れ、胸の前で合唱して一礼をして行った時と同じようにかえりました。
第六章
とある男の日記
今日も今日とて雑貨を作って過ごす。白の茶碗を作って机にコトリと置く。私は呪解師と名乗っていて、普段回収した呪いを雑貨に付けて売る。そうする事で呪いはリサイクルされ私の仕事がなくなる事は無い。
私の作った雑貨は骨董品風にして
骨董屋の店主に売っている。
昔骨董屋が呪いの骨董品を売ってるのはお前か、と私の所に押しかけてきた時があった。そう、彼は気づいてしまったのだった。気づいてしまったのならば仕方無し。しかしまだ使える価値があるものを捨ててしまうのは勿体無い。なんとかして残したい、そこで私は呪いをかけることにしたのだった。
最近では骨董屋が何処に売りに行くのか事前に調べて隣町で女と遊ぶと言う遊びも見つけて前よりも遥かに楽しい日々を送っている
第七章
さて、何処から書き始めたら今読んでいる貴方様に伝わるのだろうか。僕の店にとある男性が来てからというもの、仕事が少々増えてしまった。その客の名は 木下 一郎と言った。その客の妹の名は千代と言い、大層仲が良かったらしい。
僕の所で買った茶碗を買ったその日から可笑しくなってしまったらしかった。そこで千 代が僕の所へときたらしい。さて、僕が営んでいる骨董屋だが骨董品を元の持ち主と交渉し、安く買い取ったものを売っている。骨董品という物は元の持ち主が大事に使っていなかったりすると呪いがかかっていたりする場合がある。僕はその可能性を考え、呪解師を連れて彼らのもとに行こうと思ったのだが間に合わなかったようだった。
彼らの家は血に染まっていた。僕はせめてもの償いに、と家を綺麗にし、この日記を見つけた。兄の途切れた日記を妹が書いて、兄が治った時に続きをかけるようにと書いたのだろう。この日記を見ていると千代の恋人が居た筈なのだが、今は居ないということは助けを呼びにでも言ったのだろうか。恋人を奪ってしまった僕は彼に謝らなければならないから此の家で待つことにした。話がとんと変わるが、呪解師は先にその家に行くと言っていたが、来る様子がない。一体どうしたのだろうか。
終わり
この日記を見終わると、骨董屋の顔、千代の顔を思い出した。寝て起きたらすっかり忘れてしまっていた。千代の兄の顔はどうにも思い出せないのだが千代が兄をかばう姿と、骨董屋の驚いた顔と悔しそうな顔が混ざったような表情が鮮明に思い出された。日記に丁寧に表紙を付けていたらしかったので最後の仕上げをやったのであった。
その嵐のような物語を過ごしたその家から最後に出てきた男は三つの顔を持っていた。一つは呪解師、二つ目は呪骨董品を売る人。三つ目は言うまでもないだろう。
晴彦というその青年は晴れ晴れとした顔で、口笛を吹きながら去っていった。