9.今私は幸せです
公爵は私の文字を見て「そうですか」と呟いた。
「私はフリージア妃殿下に……レディに謝らなければなりません。ティナが亡くなってティナの意思を引き継いでレディを我が公爵邸に迎え入れるべきだったのに、悲しみに暮れた私は使い物にならなかった。レディを助ける事が出来ず、そして死なせてしまった。私はティナにも会わせる顔が無い」
幽霊になってから気ままな生活をしていたからか、生きていた頃の苦しみは薄れていき、記憶も奥底に仕舞っていた。それでもこうして言葉にされると簡単に蘇って来るらしい。
「レディへ掛けられた罪は死後に冤罪だったと裁判で証明されました。もっと早く動けていれば……申し訳ありませんでした」
裁判が行われた事は何となく知っていた。公爵が離れのこの部屋で謝りながら報告していたのを聞いていたから。
“謝らないでください。公爵は何も悪くない。寧ろ気にかけてくださりありがとうございます。それに、今私は幸せです”
死んで幽霊になってこの離れの部屋に来れた。今の暮らしは幸せだ。好きな物にばかり囲まれ、娘のビスクドールもあり、何よりマクスとワイアットと会話出来るのだ。
公爵は小さく「ありがとうございます」と呟いた。
“再婚されるそうですね”
話題を変える様に文字を書いた。私は公爵に謝って欲しくて幽霊になったのでは無い、という事は確かだと思うから。
「ええ……。以前から後妻を迎えてはと言われていたのを断ってきたのですが、国王陛下からも勧められてしまって断れず」
国王陛下も自身を支持する派閥の結束を強めたいのかもしれない。いや、もしかしたらティナーリアの子どもであるマクスとワイアットを警戒する意図もあるのかもしれない。推測でしか無いけれど。マクスとワイアットの立場はとても危うい。二人を守る為にも再婚という道は悪くは無いのではと思う。
“公爵と子ども達には幸せになって欲しいです。それはきっと私だけでなくティナも同じ気持ちです”
「……そう言って頂けて、とても有難いです」
公爵も複雑な思いを抱えている事だろう。公爵のティナーリアへの気持ちは生前からよく知っている。幽霊になってからも、ティナを想う夜を過ごしているのを目の当たりにしてきたのだ。
公爵は私との会話を終えて出て行こうと挨拶をした。最後に私からお願いをした。
“マクスとワイアットには私の事は秘密でお願いします”
公爵は「分かりました」と応えて部屋を出て行った。
マクスとワイアットは私の孫だ。でも私は生前一度も会った事が無かった。私は王宮から出られなかったから。
◇◇◇
私は侯爵家の娘として生まれた。父は厳しい人で、多くの習い事をさせられた。そしてそれぞれに完璧を求められた。それは辛かったけれど、頑張ればご褒美にビスクドールを買って貰えた。ビスクドールが私の心の支えだった。
十七歳の時、当時の王太子の側妃に召し上げられた。王太子は王太子妃との間に子が出来、妃は妊娠中王太子妃宮に籠っていた為、愛人では醜聞が悪いと側妃を迎え入れたのだ。簡単に言えば性欲処理の女が欲しかったのだ。それを勧めたのは父だった。そうやって父は権力を手に入れる為に私を利用した。
側妃は儀式だけで盛大な結婚式は行わない。心の準備なんてする暇も無く、父から話を聞かされてからあっという間に側妃となった。
王太子妃が無事に第一王子を生んだ頃、私が妊娠している事が判明した。それと同時に王太子は私への興味を失った。それにホッとした。王太子妃に目の敵にされても嫌だ。私は父とは違い、野心が全く無かった。
王太子妃宮の隅の部屋で穏やかな妊娠生活を送った。別宮、別棟とか無いのかと思ったが、何しろまだ王太子。国王陛下になれば後宮は大きいらしい。
また生まれてきたのが娘だったのも有り難かった。男児を生んだら政争に巻き込まれていた事だろう。父には「何故男児を生まない!」と怒鳴られたが、私に産み分け方法なんて分かる筈も無く、表面的に謝っておいた。父といっても普段は離れて暮らしているのだ。一時我慢すれば、あとは王太子妃宮で娘と少ない侍女達と穏やかに暮らせていた。
娘のティナーリアはとても可愛らしかった。王族特有の透明感のある薄い青色の瞳で、いつもニコニコとしていた。その瞳は王太子にそっくりで、王太子もそんな娘を可愛がってくれていた。
数年して王太子妃が二人目を妊娠した。そして私の出番無くまた側妃が召し上げられた。王太子はその三番目の妃にご執心となった。それは王太子妃が嫉妬する程に、王太子は三番目の妃の元へ足繁く通った。三番目の妃はあっという間に妊娠した。これまでの様に妊娠してしまえば王太子も飽きるかと思ったが、妊娠している三番目の妃を心配し、時間があれば訪れていた。王太子妃が娘を出産した時も、抱っこしたら直ぐにその場を去ってしまったとか、何とか。
王太子妃が怒るのも無理は無い。それから王太子妃と三番目の妃とのバトルが決して広くはない王太子妃宮で始まったのだ。王太子妃は私を味方につけようとした為、間に挟まれる事になり居心地が悪かった。二人が王太子妃宮で鉢合わせたら、それぞれの付き人同士が睨み合い、醜い女の貶し合いが始まった。私はそんな声が聞こえてきたらティナーリアの耳を塞いでいた。三番目の妃が生んだのが娘だったのには、王太子妃宮の人間の多くが安堵したものだ。
三番目の妃が娘を出産しても王太子の寵愛は変わらなかった。私の元へは勿論の事、王太子妃の元へも行かなくなったらしいとの噂を聞いた。そして三番目の妃は直ぐにまた妊娠をした。次に生まれたのは男児だった。
別の妃から男児が生まれれば、邪な野心を抱く貴族が多くなる。父もその一人だった。
もともと我が国は主に王党派と議会派に別れていた。王党派は現国王陛下を支持していたが、議会派は様々な者が多かった。そんな中国王陛下が崩御し、王太子が王位を継承した。新国王の戴冠式は盛大な物だった。勿論第二王妃である私も娘と各式典に参加した。国王陛下の隣に立つのは正妃であるが、目立っていたのは第三王妃だった。一番豪華な衣装を身に纏っていた。こんなめでたい日にまで争いは止めてよと、内心思っていた。
でもそれは始まりに過ぎなかった。いつしか王党派は第一王子派、議会派は第二王子派へと変化し、派閥争いが激しくなった。父は第二王子派を支持していた。お陰で周囲から私も第二王子派だと思われる様になった。王妃陛下の態度も冷たくなった。娘しか生んでない、実の父親からの支持も無い力の無い私は、嫌がらせに予算すらも削られた。
それでもティナーリアと後宮でひっそりと暮らすのは結構幸せだった。私のビスクドール好きはティナーリアにも受け継がれ二人共通の趣味となり、いつまでも飽きること無くビスクドールの話をしていた。二人でのティータイムも、第一王子派がどうだ第二王子派がどうだと言いながらも、王女で良かったと二人で笑っていた。私が生んだのが娘だったので父はティナーリアに興味を示さなかった。そのお陰で父の悪影響を受けずに済み、すっかり私に似た娘に育った。
ティナーリアは本当に美しい娘に成長していった。予算も少なくお金を掛けていないのに、他の王女と比べても美しかった。十六歳になり舞踏会にも参加する様になると、多くの貴族の子息から求婚をされた。他の王女がお金をかけた豪華なドレスを着る中、貴族よりも質素なドレスを着たティナーリアの方が注目を浴びた。そしてそれを憐れにでも思ったのか、多くのアクセサリーやドレスを贈ってくる貴族も多かった。
一度陛下に何故ティナーリアは王女なのにあんなにも質素なドレスを着るのかと聞かれた事がある。まさか正妃や第三王妃によって予算を削られているとは告げ口になってしまうので言えず、「趣味のビスクドールとお揃いのドレスを作る為に華美にならない様にしている」と言ったら、意外にも納得してくださった。女の趣味だからと深く考えなかったのかもしれない。
そう娘が目立った事で、父が娘の嫁ぎ先に口を出す様になった。ずっと興味を示さなかったくせに、急にだ。我が父ながら最低だ。父は第二王子派な事もあり、同じ派閥の貴族の元に嫁がせようとした。陛下にまで進言していた。
そんな中、多くの子息からのアプローチを受けたが娘は公爵に恋をした。私は娘から惚気話を散々に聞かされたのだ。二人は愛し合っていた。
けれど公爵は第一王子派だった。父は猛反対だった。
そしてそれは公爵側もだった。私とティナーリアは第二王子派だと噂されていたので、公爵家内からも派閥内からも考えを改めるように諭されたそうだ。
私以外の誰からも認めて貰えない二人が可哀そうで、どちらの派閥でも無い中立派である事を広めたかったが、父が力の無い私の邪魔をして上手くいかなかった。
そこでダメ元で陛下にお願いに行った。ティナーリアを妊娠してから興味を失われた私の話を聞いてくれる可能性は低かったが、ティナーリアの事は可愛がってくれていたからティナーリアの希望を聞いてくれるのではと思った。
二人の結婚の許しを求めて頭を下げた所、陛下は「面白い」と言って私に条件を出して来た。「寝所に来い」と言って来たのだ。




