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離れの幽霊レディ  作者: 知香
7/17

7.少し考えようかな

 それから二年が過ぎた。幽霊になってからというもの、月日が経つのが早く感じる。人間のように限りある人生では無いからだろうか。

 幽霊になってから五年が過ぎた事になるが、私に老けた様子は無い。寿命が無いからなのか。生身の肉体では無く、結局は霊だからだろうか。この世に存在しない、幻ということだろうか。だから肉体を保つ為に食事をする必要も無いし、清潔を保つ必要も無く、睡眠をとる必要も無い。




「どうも最近、レディが霞むんだ」


 ある日、鏡の前でヘアアレンジに勤しんでいたら二人がやって来て、マクスが突然そんな事を言い出した。

 私は髪が長い。髪を留めるアクセサリーは幽霊の為着けられない。物は持てても身に着けるのは出来ない。まあ、身に着けられた所で人間にはアクセサリーが浮いている様に見えてしまい、また驚かせてしまう事だろう。だから長い髪だけでヘアアレンジをするのだが、なかなか難しい。清掃にやって来てくれる使用人の髪型が可愛くて、真似しようと試行錯誤しても上手く行かない。とんでも無い髪型になってしまった所に二人が来た。マクスは「斬新だね」と言ったけれど、ワイアットには「エリマキトカゲのモノマネ?」と言われてしまった。


「まあ、何故かしら」


 私はエリマキトカゲを受け入れてそのまま二人の話を聞く事にした。サイドの髪の編み込みが下手過ぎて、トップと後ろの髪がぼわっと広がってしまった髪型を、上手い事例えたなと思ったからだ。贔屓目だけれど。

 マクスは九歳、ワイアットは六歳になっていた。この二年、初めの頃こそ毎日の様に私を訪ねてきていたが、マクスは次期公爵としての教育が始まり、マクスもワイアットも剣術の稽古をするようになった為、頻繁に離れに来れなくなった。それでも休日や気が向いた時に来てくれていた。


「僕はそんな事無いんだよ」

「マクスだけなの?」

「そう、僕だけ」


 不思議だ。そもそも幽霊って人間にそんなにもハッキリと視えるものなのだろうか。私は幽霊側なので分からない。他の仲間(幽霊)に会った事は無いから視た事がない。自分で自分の手足を見ても、鏡に映った自身を見ても、全体的に白っぽくぼやけて色が薄いなとは思うけれど。


「この間授業の一環で王立図書館に行ったんだけど、幽霊について載っている本を借りてきたんだ」


 マクスは今日離れに持って来ていた本の表紙を私に見えるように掲げた。その表紙には、“死後の世界”と書かれていた。

 九歳の子が王立図書館で借りて読む本のタイトルとは思えない……。


「この本の中で幽霊は一般的には視る事が出来ないけれど、幽霊に悪意があり人間に危害を加える意思がある場合は姿を現したり、また幽霊と対話出来る能力がある人間には視えるって書いてあった。それと、子どもは感じ取る能力が高い為に幽霊が視える者が多いとも」

「まあ!」

「えっ、ということは、僕達にレディが視えるのは幽霊と対話出来るからか、子どもだから視えているって事?」

「僕が最近レディが霞んで視えるのは、成長して子どもで無くなっているからじゃないかと」


 本は他国の宗教の本を翻訳された物らしく難しそうに見えるのに、マクスはしっかりと内容を理解している様だ。でなければこうして私達に本の内容を伝えられないだろう。最初私に会った時にあんなにも怖がって悲鳴をあげていた子が、こんなにも成長している事に嬉しくなってしまった。公爵家の教育を頑張っている証拠だろうか。いや、もしかしたら天才なのかもしれない。贔屓目だけれど。


「じゃあ、二人が大きくなったら私が視えなくなるのかしら」

「えー。なんか、淋しい」

「ワイアットはまだ分からないだろ?もしかしたら対話出来る能力があるのかもしれない」

「そっちがいい!」


 ふふっと笑ってしまった。ワイアットにそんな風に思って貰えて嬉しく思う。ワイアットはまだまだ純粋な子どもなのだ。


「このままレディの事が視えなくなってしまう前に僕はレディの力になりたいと思っているんだけど、レディは成仏したいと思ってる?」


 マクスの言葉に衝撃を受けた。マクスがそんな風に考えているとは思わなかったし、自分の中でそんな気持ちが生まれた事が無かったからだ。


「成仏……」

「成仏って何?」

「成仏って……、この世に未練を残さず死んで仏になる事。そして死後に安らかな場所へ生まれ変わる事って本には書いてあるよ」


 マクスは本を開いて説明してくれた。そこまでは覚えきれていなかったらしい。でも本のどこに載っていたかを直ぐに思い出せるのは素晴らしい。これも贔屓目かな。


「つまりレディは未練があったから幽霊となって現世に留まっているんだと思う。その未練を晴らしたり断ち切ったりする事で新しく生まれ変われるんじゃないかと」

「未練……」


 私は望んで幽霊になったのでは無いと思っていた。けれど違うのかもしれない。マクスの言う事が正しいのなら、私の中で未練があって幽霊という姿に自分でしてしまったのではないだろうか。


「未練って何?」

「うーん。あきらめられない事かな」

「レディは何かあきらめられない事があるって事?」

「そうなんだと思う」


 二人は私を見た。私の未練が何かを気にしているのだろう。


「私、ここでの暮らしがとても気に入っているの。未練が何かを忘れてしまう位に。もしかしたら未練なんて無くて、別の理由で留まっているのかもしれないわ」

「幽霊でいる事が居心地良すぎて成仏する事を忘れてるとか?」

「そうかも」


 私は二人に笑ってみせた。


「それならそれでもいいよ!成仏しちゃったらレディとは会えなくなってしまうんでしょ?」

「まあ、そうだね」

「兄様はレディと会えなくなっても良いの?」

「このまま幽霊でいるのより新しく生まれ変わった方が良いかもしれないだろ!?」

「でもレディは気に入ってるって言ってるよ!」

「だから一応レディの意見を確認したんじゃないか!僕もワイアットも大人になってレディと会話出来なくなってしまったら、レディは寂しく思うんじゃないかと思ったから」


 何故か兄弟喧嘩が始まってしまった。どちらの主張も私を思ってくれているからこそなのだろう。一先ず二人を宥めた。


「少し考えようかな。自分がどうしたいか今すぐは分からないから。二人ともありがとう」


 その場しのぎの様な、先送りした様な答えだった自覚はあったけれど、それが精一杯だった。


 二人が帰ってから一人考えた。考えたくなくても考えずにはいられなかった。


 未練が無かったとは言えない。大なり小なり誰しも未練を残してこの世を去る事はあるだろう。生きていた頃の未練を引き摺って幽霊として暮らすのを避けたくて、目を背けて目の前の天国の様なこの離れで満たされた気持ちで過ごした。ここは甘えられる場所だった。

 唯一、時々やって来る公爵が妻を亡くした悲しみに暮れている時に未練を思い起こされていた。


 何故私は幽霊になったのだろう?

 何故公爵の妻は幽霊にならなかったのだろう?私が認識出来ていないだけで、何処かで幽霊となって彷徨っているのだろうか。それとも未練があっても幽霊にならずに消化出来たのだろうか。



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