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離れの幽霊レディ  作者: 知香
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4.はい、おしまい

 翌日、突然思い付いて本棚を漁った。目的の物を見つけ手に取ろうとしてドサッと床に落としてしまった。落としたのは私の足の甲の上だった。反射的に「痛い」と声が出そうになったが実際に声は出ず、自分が幽霊である事を思い出した。その本は厚みがありかなり重たかったにもかかわらず、痛みは全く無かった。ビスクドールの様には持てずに私の手をすり抜けてしまった。

 幽霊で良かったのか。幽霊だから痛みを感じなかった。でも幽霊で無ければ落としはしなかっただろう。


 短く溜め息をつき、次こそはと意識を集中させて再び本を持ち上げた。そしてパラパラとページをめくった。



 日中、今日もちゃんと使用人が清掃にやって来た。最近来る様になった使用人は怖がる様子も無く、テキパキと掃除をしていく。いくら怖がっていないからと率先してホラー現象を体験させてしまうのは申し訳無いと思い、読んでいた本はちゃんと本棚に戻して、私は邪魔にならないようにじっとしていた。


 使用人の掃除が終わり再び本棚から本を取り出し続きを読んだ。


 そしてあまり時間が経たずに、今日も子ども達がやって来た。離れた木の陰からこちらを観察しているのが分かった。今日は鍋を被っていなかった。厨房の者に叱られでもしたのだろうか。相変わらず頼り甲斐の無さそうな木の枝だけ握り締めていた。


 今日は私から行動する事にした。窓に近付き、昨日と同じ上げ下げ窓をギィギィ鳴らして上げた。子ども達は離れているにもかかわらず、私の動きに驚きつつ怯えを隠せないでいた。


 子ども達の反応をいちいち気にして怖がらせている事に申し訳無さを感じていても仕方が無いので、構わずに本を持ってソファに座った。そして事前に読んでいた話を声に出して読み始めた。少し、ドキドキしていた。


 私が読んでいた本は子ども向けの童話の本だ。幾つかの話が収められた童話集。三年もこの部屋にいるのでどこに何があるのかはある程度把握していた。子ども達が来たら読み聞かせてみようかと思い立って、事前に目を通していた。男の子二人にはどの話が良いだろうか、これはどんな話だっただろうかとあれこれ考えながら読んでいた。


 本を朗読しながら子ども達を横目で観察した。固まっている様子だ。まさか私が童話を朗読するとは思わなかったのだろう。窓から聞こえてくる話に耳を傾けているのか、ただ呆気に取られているのか、少し距離があるから判断はつかないが、昨日の様に追い出そうとする勢いは感じられ無かった。今の所。


 一つの話が終わり、続けて次の話を朗読し始めた時、二人は私の様子を伺いながらソロソロと窓に近付いてきた。私は横目で見ながらも気付かないフリをして気にせず読み続けた。より近付いたせいか子ども達の姿は見えなくなった。おそらく窓の下辺りにしゃがんでいるのだろう。離れていて聞き取りづらくて近付いたのかもしれない。聞いてくれているのだろうかと期待を込めて朗読を続けた。


 三つ目の話を終えた所で話し疲れてしまって本をパタンと閉じた。


「はい、おしまい」


 その私の声を聞いて二人は走って逃げて行った。終わって何かされるのかとでも思ったのだろうか。心外だ。


 読み聞かせなんていつ振りだろうかと、さっきまで読んでいた本の表紙を撫でた。今度また二人が来たら何を読もうかと考えていたら、思わず顔が綻んでいた。



 それからほぼ毎日二人は離れにやって来た。二人の姿を確認すると窓を開けて朗読をし始める。二人は定位置かの様に窓の下にしゃがんで私の朗読を聞いていた。そして私が話し疲れて終わると去って行く。


 そんな日々を何日か過ごしたある日、朗読の後に窓にひょっこり小さな手が伸びてきた。何かと取り敢えず動かずに観察していると、その小さな手が窓辺に一輪の花をそっと置いた。そして素早く手を引っ込めると二人は走って逃げて行った。

 窓に近付いて置かれた花を見た。スミレだ。薄い紫色の可愛らしい花。公爵家のあちこちに自生している花で、適当に摘んできた物だろうと思えた。

 お礼のつもりなのかもしれない。いつも朗読しているから。少しは私の事が怖く無くなっただろうか。

 小さなグラスを棚から探し出して、この貰ったスミレをグラスに差しておいた。


 翌日使用人が清掃に来た時、小さなグラスに入ったスミレを持って部屋から出て行ってしまった。「待って!」と言ったところで私の声は届く筈も無く、取り敢えず使用人の後を追った。もし捨てようものなら再び拾ってやると少し怒りながら使用人について行ったら、使用人は離れの厨房に入って行った。そしてグラスに水を注いでくれた。


 思わず瞬きをしてしまった。確かに昨日摘まれた小さなスミレは一晩経って萎れてしまっていた。それを見て花が憐れだとでも思ったのか、もしくは子ども達から昨日の話を聞いていたのだろうか。使用人は何も話さないのでどうしてかは分からないが、水を入れたグラスは再び部屋へと運ばれ元あった所に戻された。

 この使用人は幽霊が怖くない上にとても優しい人らしい。大好きになってしまった。私も単純なものだ。幽霊のくせに。捨てるだろうと決めつけてごめんなさいと謝った。その謝罪は届かないけれど。


 そしてその日も子ども達はやって来て、朗読後にスミレを一輪置いて行った。そのスミレを使用人が水を入れてくれたグラスの中に追加した。


 面白い事にそれから様々な花が置かれる様になった。スミレとタンポポだったり、スミレとブルーベルだったり、スミレと知らないけれど可愛らしい花だったり。窓からひょっこり現れる手の大きさから、兄風の子がスミレを摘んで来てくれ、弟風の子が様々な花を選んで摘んで来てくれているのだと分かった。

 それに伴ってグラスも華やかになった。まあ、萎れて復活しない花は使用人によって捨てられてしまうのだが。


 そんな触れ合いを経ていつしか「もう終わりなの?」「さっきのやつ、明日も読んで」等、言葉を交わすようになった。初めはおずおずと遠慮がちに一言だけだった。でも子どもの順応力は素晴らしいもので、慣れればすっかり打ち解けていた。


「レディはいつまでここに居るの?」

「え、出てけってこと?」


 こんな会話まで出来る様になったのだ。



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