2.また会えて嬉しいわ
「「ぎゃああああああ!!」」
叫び声のハモリもなかなかのものだと初めて知った瞬間だった。叫び声が良く聞こえるなんて、やっぱり私は幽霊なんだなと思った。
二人は腰を抜かしたのか尻餅をつき、上半身を支える腕も力無く、膝が折られた足も震えている。最大限に見開かれた瞳孔とはしっかりと目が合っている。やはり私に驚いたのだ。私の事が視えるらしい。
離れには公爵や使用人が来るけれど、誰にも認識されなかった。試しに使用人の目の前に立ち、両頬を両手で押し挟んでみたり、はしたないが舌を出したりして変顔をしてみたけれど、驚かれず何の反応も無く淡々と清掃を続けていた。変顔のやり損だった。「お掃除ご苦労さま」と話し掛けても聞こえないのか無視だった。
大人には視えないけど子どもには視えるという事だろうか。
暫くして子ども達の叫び声に驚いた邸の者が数名こちらに駆けて来た。「大丈夫ですか!」「お坊ちゃま方どうされましたか!?」と皆が口々に心配し声を掛けるけれど、子ども達は言葉を失い何も話せない様子。大人達に縋り付いて、それに少し安心したのか泣きじゃくり始めた。
そして二人は抱きかかえられ本邸へと連れて行かれた。
驚かせて泣かせてごめんなさい。本当に、幼い子どもに悪い事をしてしまったと、深く反省した。叫び声にちょっと快感を感じる自分を恥じた。
翌日から清掃に来た使用人達も、離れに入る前に若干の躊躇が見られた。
「出るの?」
「本当かなぁ?」
「でもこれまで何度も掃除してるけれど、一度も視てないよ?」
離れの扉を開けてそんな事を言って踏み込む一歩がなかなか出ない様だった。
おそらく、公爵家内で幽霊の出る離れとの噂がたったらしい。
でもそこは大人。給金を貰って働いている身。恐恐と離れに入っても掃除はちゃんとやってくれた。
大人には私を認識出来ない。だからその内何事も無いのだと以前同様に怖がらずに掃除をしてくれる様になった。
それに安心していたらうっかり失敗をしてしまった。清掃をして貰っている時にビスクドールを落としてしまったのだ。使用人がビスクドールを飾っている棚の上の埃を払ってくれた後、数体並んでいる内の一体が傾いてしまったのでそれが気になって直そうとしたのだ。そうしたら手が滑ってドールを落としてしまった。
皆さんも想像出来る事でしょう。幽霊の出ると噂される離れで、触ってもいないビスクドールがいきなりぼとり落ちたのだ。振り返った使用人とその落ちたドールの目が合ったら……?
「イヤあああああああ!!」
公爵家に響き渡る女性の叫び声。その叫び声に驚いて他の使用人もつられて悲鳴を上げて、一人はハタキだけ、他は持っていた箒だけ握り締めて、他の掃除道具を放ったらかして走って離れから逃げて行ってしまった。
また悪い事をしてしまったと反省した。三年間こんな失敗はしなかったというのに。驚かせてしまった使用人にも、落としてしまったビスクドールにも申し訳ない気持ちだった。もうこの離れの掃除はして貰えないだろうか。それともビスクドールを処分されてしまうだろうか。落としてしまったビスクドールは幸いにも破損等は無かった。その夜全てのビスクドールを腕に抱えて泣きながら寝具の上で眠った。最後のお別れの気分だった。まあ、幽霊は寝なくても大丈夫なんだけれど。ついでに言えば涙も出ないけれど。
朝にはビスクドールを棚の元の位置に戻して審判を待った。ビスクドールを隠してしまおうかとも思ったが、そもそも私の物では無いからそれは止めた。ドキドキしていたのに、いつも通りに使用人がやって来て、昨日放置された掃除道具を片付けるといつも通りに掃除をしてくれた。
拍子抜けしてしまった。けれど、単に対応を決めかねているとか、決まっているけれど一先ずいつも通りに掃除する様に指示が出されたのかもしれないと思い、毎晩これが最後かもとビスクドールを腕に抱えて眠った。
しかし一向に変化は訪れなかった。変わらず毎日使用人が清掃にやって来てくれた。ただ、清掃に来る使用人は決まった人だけが来る様になった。以前までは様々な人がやって来ていた。おそらくだけれど、幽霊が居たとしても平気な人だけがこの離れの清掃担当になったのではないだろうか。そして例え幽霊が居たとしても、この部屋の内装を変える事は無く、ビスクドールも処分される事は無いのではないかと思った。
ホッとした。この天国の様な部屋を失わずに済んだようだ。
しかし一安心してまた一難がやって来た。またお客が来たのだ。今度は頭に鍋を被り、手に木の枝を持って。
鍋は厨房で借りてきたのだろう。いや、もしかしたらくすねて来たのかもしれない。枝は庭に落ちていたものだろうか。頼り甲斐の無さそうな細い枝。公爵家ならば鎧や剣の一つや二つはありそうなのに、彼らが選択したのは鍋と枝。可愛らしく見えて仕方がない。
兄と思われる子が前になり、弟と思われる子が兄の後ろにぴっとりとくっついて、木の幹から幹へと少しずつ移動して離れに近付いて来た。醸し出す雰囲気から緊張感を漂わせてはいるが、兄風な子はなかなか勇敢だった。弟風の子を庇いながら前へと進んで来て、そして窓の下までやって来た。
「中、覗くぞ。怖かったらお前は見なくて良いからな」
「僕も覗く」
「じゃあ、せーので見るぞ」
「ちょっと待って。怖いよ」
「どっちだよ。どうするんだよ」
「見るけど、ちょっと待って」
なんて可愛らしい会話なのだろう。私は姿を現して良いのだろうか。迷う所だ。期待に応えるべきか。それとも怖がらせない方が良いのだろうか。私が迷っている間にも弟風の子は覗く覚悟を整えていく。
「い、い、良いよ」
「本当に大丈夫か?」
「うん、うん」
「じゃあ、せーの言うぞ」
「今のせーので見ちゃいそうだったよ!?」
「悪い悪い。次言ったら見るぞ」
「うん、うん」
何だろう。弟風の子のアドレナリンが上がっている雰囲気が伝わってくる。どうしようか。どうするのが正解だろうか。
「じゃあいくぞ」
「うん、うん」
「せーの……」
私の答えが定まる前に二人は勇気を振り絞り室内を覗く為に鍋を被った頭をそろそろと上げた。ビスクドールが飾られている棚の陰に身を隠してはいるものの、体の一部と顔は収まりきれていない。二人は目まで上げて窓から室内を覗いた。そしてクリクリの瞳を動かして何かを探し、その瞳が止まる。止まった瞳と私の目線が結ばれた気がした。絶対に私を瞳に捉えた事だろう。二人のクリクリの瞳が見開かれた様に見えたから。だから少しでも怖くない様に優しい声を出そうと思った。
「……こんにちは。また会えて嬉しいわ」




