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離れの幽霊レディ  作者: 知香
17/17

17.何で分かるの?

 季節が流れ、山から流れる雪解け水で川の水が冷たく、暖かな日差しで草木が芽吹き始めたある日、侯爵邸を訪れた。

 国王派の中心である侯爵家は、義母の実家であった。父様が結婚する前に一度赴いている。


「お姉様、出産おめでとうございます」

「まあ、ありがとう!皆様勢揃いで嬉しいわ」

「おめでとうございます。お祝いの品を今運んで貰っています。それと、女の子だと伺ったのでビスクドールも贈らせてください。まだ遊ぶには早いとは思いますが、ビスクドールが着けているボンネは赤子にも使えますので是非ご活用ください」

「まあ!公爵様、ありがとうございます!なんて繊細なレースのボンネかしら!日光浴させる時にちょうど良いわね」

「お姉様、体調はいかがですか?」

「ええ良いわよ。出産は大変だったけれど回復は順調みたい」

「それは良かったわぁ!」

「公爵家の方はどうなの?ホールはもう出来たの?」

「早速その話なの……?」

「だって気になるじゃない!幽霊が出ると噂の離れを取り壊して、そこにホールを作るのでしょう?やっぱりそのホールにも幽霊が出るのかしら?」

「そんな噂を一蹴したくてホールを作るのに……!」

「幽霊の出るホールでの夜会とか、楽しみで仕方ないわ!ドレスじゃなくて幽霊の仮装でもした方が面白そうよね!」

「もう……!お姉様ったら!」

「ホールは次の社交シーズンまでには完成出来ると思います。それから残念ながら幽霊はもういませんよ。無事成仏されましたし、神殿に依頼をしてお浄めもして頂きました」

「まあ、そうなのですか?残念。幽霊に会ってみたかったですわ」

「私もお会いするのは叶いませんでした。大人には視えない様ですよ」



 大人達の会話を遠くに聞きながら、僕とワイアットは赤子が寝ているベビーベッドを覗き込んでいた。

 手も足も鼻も口も全てが小さくて、無防備に眠りこけている。初春の日差しが薄いカーテンに遮られ、うらうらと柔らかな陽光を受けて心地良さそうだ。


 ワイアットは赤子を起こさない程度に「うわぁ」「小さい」と驚いていた。ワイアットは初めて赤子を見るらしい。僕はワイアットが生まれた時に見ている。まあ、記憶は曖昧だけれど。


 不思議な事に僕は赤子がキラキラとして見えた。春の日差しのせいでは無い筈だ。そうなら隣のワイアットの事もキラキラとして見える筈だから。

 なぜだか赤子が「ありがとう」と言っている様に感じた。


「レディ……」

「え?」


 レディが消えた日、「ありがとう」と言ってから白いモヤすら何も視えなくなったあの日、あの時と同じ様に優しく柔らかな声で心が救われ心が泣いてしまう様な、レディの「ありがとう」がこの赤子から伝わってくる。


「きっと、レディの生まれ変わりだよ」

「何で分かるの?」

「何でか分かる」

「え……頭大丈夫?勉強のし過ぎ?」

「失礼だな」


 突拍子も無い事を言ったかもしれないけれど、本当にそう思うのだ。でなければこんなにも赤子がキラキラとして見えないだろう。運命の人に出会った様な感覚なのだ。


「僕、この娘と結婚する」

「えぇっ!?兄様、ロリコンなの?」


 ワイアットの驚いた声が大きくて、赤子の手がピクッと反応した。起こしてしまうかと思ったが、変わらず寝ていた。その様子にホッとしたが、全くワイアットは何処でロリコンなんて言葉を覚えて来たのか。


「ロリコンじゃない」

「ロリコンでしょ?兄様が二十歳になってもこの娘はまだ十歳だよ?」

「僕が二十五歳になればこの娘は十五歳だ。問題無い」

「それ、ロリコンでしょ」

「問題無い」


 赤子は寝ながら口をムニャムニャさせている。無意識に乳を飲んでいる仕草をしているのだろうか。

 僕はこれからこの赤子が成長していくのを見守っていくのだ。なんて楽しみで嬉しい事だろう。


「兄様より僕の方が結婚が早そうだ」


 そうかもしれない。でもそんな事は大した事では無い。


 僕はレディの未練が何だったのか知らないままだ。小さな未練が恋をしたかった事だというのしか知らない。

 今度は幽霊になる事の無い様に、僕がレディのそばで僕の全てを賭けて、未練を残さない幸せな人生を捧げよう。

 母様を亡くして子どもながらにワイアットの手前兄として支え守らなくてはと気を張っていたけれど、どうにも悲しみから抜け出せずにいた時、母様の様に全てを包み込んで癒やしてくれたレディに僕が返せる事だと思う。


「早とちりって、可能性は?」

「無い」

「なんで言い切れるの……」

「キラキラしてるから」

「……春は人が狂うらしいよ」


 ワイアットは僕が何を言っても信じないだろう事が分かった。説き伏せるのも面倒に感じて、赤子の小さく可愛らしい手をツンツンと突付いた。そうしたら僕の指をきゅっと握った。とっても弱い力だ。ただの反射行動なのだろうけれど、握られた手の温かさに、レディが成仏してから侘しさを感じていた心の奥が満たされていく様だった。


 僕のレディ。

 君はどんな女性に成長するのだろう。




END



最後までお読みくださりありがとうございました。

また、ブックマークや評価、それからいいねをしてくださった方々、本当にありがとうございました。


知香

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