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班長のビートルズ  作者: 守尾八十八
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弐の8 盛り上がるじゃれ合い

 翌朝も恵比寿の特訓を受けるため、幾夫は三十分早く登校した。恵比寿は前日と同じように、一人で教室にいた。いつものようにウォークマンのヘッドホンを装着し頭を振って、ドラムに見立てた机の縁をたたいている。

 二人が音楽室に近づくと、前の日と同じようにピアノの音が聴こえる。

「きょうも遥先輩かな」

 恵比寿が言う。やはりそうだったのかと、幾夫は胸が高鳴った。恵比寿が扉を開けるのと同時に、ピアノの演奏は終わった。

「城崎さん、おはようございます」

 三人称では「遥先輩」と言いながら、恵比寿は彼女を二人称で「城崎さん」と呼んだ。

「おはよう、恵比寿くん」

 幾夫は決心した。

「間違ってたら申し訳ありません。谷本です。谷本幾夫です。校長室の清掃班の班長ですよね」

 緊張のため顔が火照ってしどろもどろで尋ねる幾夫に、グランドピアノ越しの遥はほほ笑んだ。

「谷本くん、相変わらず照れ屋さんやね」

「知り合いなの? 知り合いなんですか?」

 遥と幾夫の関係が二人の顔を交互に見比べる恵比寿には分からないのも無理はない。遥がなぜ班長なのか、なんの班長なのか、隣町から通学する恵比寿は知らない。

「班長、有馬もこっちに来てるんですよ。班長の跡を継いで校長室の班長になった、あの有馬」

 別の中学に進み野球部で活躍したらしい有馬は、三年間でいでたちが変貌していた。交友関係が変わり、人相も品もよろしくない連中に囲まれている。

「知ってるよ。谷本くんのこと話してたよ。校内で目が合っても、あいついつも無視するんだって。有馬くん、谷本くんに嫌われてるのかなって心配してたよ」

 いじわるそうな口調で遥は言った。幾夫が極端な恥ずかしがり屋で人見知りだって知ってるくせに。

「ピアノ、ずっとやってるんですか。吹奏楽部ですか」

「部活は剣道。親からやらされてるって感じかな。官舎暮らしだから、夜遅くとか朝早くとかはピアノ弾けないのよ。騒音公害になるでしょ。だからここで朝だけ弾かせてもらってるの」

 幾夫たちが通った小学校の学区かつ遥が通ったはずの中学校の学区には、県立高校の教職員住宅がある。

「あれ、班長のお父さんって」

「そ。城崎センセ」

 自分の名字に教師の軽めの称号を付けて、遥は父親のことをそう呼んだ。

「三年の担当の英語の」

 遥が小学校の校長室の清掃班班長だったことは知らないが、遥の家族構成を知っている恵比寿が口をはさんだ。恵比寿は音楽を通じて遥と交流があるらしい。

「谷本くん、恵比寿くんにビートルズ教わってるの?」

「そうなんですよ。こいつ、物覚えが悪くて、楽器のセンスが全然ないぼんくらで」

 幾夫が尋ねられたはずなのに、恵比寿が答える。

「レコード持ってるの」

「聴いてやってください城崎さん。こいつ悪いやつですよ。貸しレコード屋に返したくないもんだから、借り物の大事なレコードにわざと傷付けやがったんです」

「そうなんです。班長のためにカセットテープを作りたくて、レコードを返さなかったんです。テープを作ってあした持ってきます」

「いや、雑音入りのテープじゃなくて、ぼくのテープを差し上げます」

「恵比寿の聴き古したテープなんかじゃなくて、録音したまんまのさらのテープをぼくが」

 幾夫は恵比寿と競いじゃれ合ったが、そんなことより、遥と再会できた喜びの方がずっと大きい。そのうれしさが、恵比寿とのじゃれ合いをよけいに盛り上げる。

 四年半以上の歳月を経て顔を合わせる高校二年の遥は、小学六年のころの遥と同じようにみずみずしく、小学六年のころよりずっと美しい。


(「弐の9 公式歌詞カードが間違い」に続く)

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