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班長のビートルズ  作者: 守尾八十八
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弐の6 映画音楽珠玉アルバム

 高校一年の冬、いつものように二階の自分の部屋からトイレに行くため一階に下りたら、父がこたつに入り一人でテレビを見ていた。聴き覚えのある映画の挿入歌が幾夫の耳に入った。前の年ごろ、〈(ぬえ)の鳴く夜は恐ろしい〉というキャッチフレーズでテレビやラジオのコマーシャルが散々流れていた、横溝正史(よこみぞせいし)原作の推理小説の映像化作品だ。鵺の意味は分からないが、キャッチフレーズのナレーションはおどろおどろしい。ナレーションとともに流れる挿入歌は美しい旋律の英語の曲で、そのことも幾夫に強い印象を与えた。

「『悪霊島(あくりょうとう)』だ」

 幾夫は口に出してしまった。

「見たか」

 父が尋ねた。映画のことを言っているのに違いない。映画好きの父は見たのであろう。いつかの『大脱走』のように、映画に関する話題を息子と共有したかったのかもしれない。

「見てない」

 新聞を切り刻みにくる母方の祖父の手から逃れた、紙面の番組欄を探した。


《日立テレビシティ「ジョン・レノンよ永遠に」》


 二年前にジョン・レノンが撃たれて死んだのと同じ十二月八日だった。ジョン・レノンの追悼番組だ。高校の同級生が製品を売る日立を父は評価していたから、そのメーカーの提供番組も欠かさず見ていた。

 しかし、映画のことを父は知っていても、曲のことは知るまいと思い、翌日学校に行って誰かに尋ねてみることにして、幾夫は用を足し部屋に戻った。


恵比寿(えびす)に聴いてみろよ」

 翌朝の始業前のことだ。クラスメートは別のクラスメートの名前を挙げ、教室にいるそいつの方に向け顎をしゃくった。楽器なら一通り演奏できると入学早々の自己紹介で言っていたミュージシャン、恵比寿と、幾夫は深い関りを持ったことがない。恵比寿は自分の席で、ソニーのカセットテープ再生専用機ウォークマンのヘッドホンを装着して、頭を軽快に振っている。両手の人差し指をかぎ型に折り、ドラム演奏のように机の表面端をたたいている。

「おい、恵比寿。こら」

 幾夫は恵比寿の肩を後ろから揺すった。恵比寿は医師の聴診器のように頭の上のヘッドホンを耳から外して首までずらし、幾夫に向き直った。

「『レット・イット・ビー』だろ。ビートルズの解散間際の曲だな。解散に向かうビートルズの命運を暗示するような作品だ」

 恵比寿の回答は明快だ。

「でも、あれはもともと、ポール・マッカートニーの曲なんだ。ジョン・レノンの追悼番組でやるのは的外れだな」

 中学時代の洋楽好きと同じようなことを、恵比寿も言った。

「レコード屋に置いてあるだろうか」

「有名な曲だから、探すのにそう苦労はせんよ」

 恵比寿の言を信じて、幾夫は放課後、通学路にある貸しレコード店に寄ってビートルズの棚を探した。『レット・イット・ビー』を収録する複数のLP版レコードが見つかった。ビートルズが出演する映画関連の楽曲ばかりを集めたというアルバム『リール・ミュージック』を、二泊三日の予定で借りることにした。リールとは、映画フィルムを巻き付ける部品のことだと合点がいった。オープンリール式テープレコーダーのリールと同じだ。

 自室のローディで、幾夫はビートルズの曲を初めて本格的に聴いた。アルバムの選択は間違いではなかった。収録されているのはいずれも名曲ばかりだ。特に『レット・イット・ビー』は、何度繰り返し聴いても全身に鳥肌が立つ。『イエスタデイ』は映画に関係なかったのであろう、そのアルバムには入っていない。


 翌日、録音したカセットテープを持って登校した。いつものようにヘッドホンを装着して頭を振っている恵比寿の肩を、前日と同じように揺すった。

「おまえが言う通り、貸しレコード屋ですぐに見つかった。ちょっと聴いてみてくれ。おまえ、この曲、弾けるか」

 恵比寿はウォークマンのテープを幾夫が渡したものに入れ替え、再生ボタンを押した。頭は振っていない。

「簡単だな。シンプルなコード進行だ」

 そう言ってヘッドホンを頭から外し、担任教師公認で教室後ろの清掃用具入れの上にケースに収め置いてあるアコースティックギターを下ろしてきた。

(シー)だろ、(ジー)だろ」

 ヘッドホンを再び装着して曲を聴きながら恵比寿はギターの弦を爪弾くが、幾夫にはコードなど分からない。

「恵比寿、おれにギターを教えてくれ。『レット・イット・ビー』をどうしても弾きたい」

 幾夫はヘッドホンを装着した恵比寿に聴こえるよう大声で懇願した。

「いいけど、これ、ピアノメインの曲だぞ。おまえ、ギターかピアノか、どっちか経験あるか」

 ヘッドホンを片方だけ耳からずらし、恵比寿は言う。

 高校に入学して芸術科目で音楽か美術を選択することになったが、音楽は聴くのが専門で歌唱にも楽器演奏にも譜面にもなじみのない幾夫は美術を選んだ。恵比寿は当然のことながら音楽だ。

「どっちもない」

 幾夫は答えた。しかし、はたと思い当たった。母や母方の祖父との関係が泥沼化するずっと前、まだ妹の静子との間も険悪ではなかった小学生のころ、ピアノを習う静子から、世界的な曲『ネコ踏んじゃった』を黒い鍵盤だけで弾く奏法を教わったことがある。だから、それを恵比寿に説明した。

「ギター経験なしで弾きたいのが『レット・イット・ビー』だけなら、ピアノの方が現実的だな。コードも分かりやすい。覚えやすい」

 楽器の演奏だけでなく英語も堪能な恵比寿は、テープを巻き戻しギターの弦を爪弾きながら、コードと歌詞を拾って、机の上に広げたノートに書き込む。

「これ、明らかに打鍵を間違ってるな。Am(エーマイナー)のはずなのに、ここだけだけBm(ビーマイナー)7-(セブンスフラット)(ファイブ)に聴こえる」

 恵比寿はギターで二通りのコードを押さえて幾夫に聴かせた。

「なんでそんなの間違うんだ。全然、押さえ方が違うじゃん」

 幾夫はふに落ちない。

「ピアノの鍵盤を見りゃ分かるよ。おまえ、あしたから三十分早く登校しろ。音楽室で特訓してやる」

 三十分というのは、隣町から通学している恵比寿が毎日乗るディーゼル列車のダイヤの都合なのだろうと幾夫は理解した。

「レコード、まだ返してないんだろ。おれの分もテープ作ってくれ」

 恵比寿が言うから、幾夫は自分用のテープをそのまま恵比寿に譲り渡した。


(「弐の7 千五百円でラッキー」に続く)

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