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班長のビートルズ  作者: 守尾八十八
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弐の1 伝統の縦割り編成

 六年生の女子に怒られるのが、うれしくて楽しくてしょうがない。幾夫は小学五年生だった。怒られれば怒られるほど、ふざけて見せ彼女を困らせた。


 幾夫の通う小学校は伝統的に、縦割り式の班編成で校内の清掃を行う。一年一組の教室を一年一組の児童だけで清掃するのではなく、一年生から六年生までの決められた担当者が、二年生以上はそれぞれの教室から遣わされ総出で当たる。一年一組の教室はたいがい、二年生から六年生までも同じ「一組」が、一年二組の教室は、二年生から六年生まで、「二組」が受け持つ。

 職員室や図書室、理科室、体育館など校舎の共用部分も、全学年の決まったクラスから担当者が出る。一年生から六年生までの混成集団である各グループを、清掃班と呼ぶ。

「おれはあいつと同じ清掃班なんだ」

 異なる学年の児童の間で、清掃班という強固なコミュニティが形成される。

 それぞれの班では上級生が下級生を指導し、始業前と昼休み後の一日二回、清掃を行う。昼休みがない半ドンの土曜は、四時間目が終わってすぐ昼の清掃に取り掛かる。その清掃班を統括する六年生が、班長の称号を与えられる。

 一つの清掃班に六年生は必ず二人以上いるから、班長と呼ばれるのは選ばれし六年生の証しだ。

 幾夫は五年生の秋の交代で、校長室の清掃班に組み込まれた。そこで六年一組の城崎遥(しろさきはるか)と出会った。遥が校長室の清掃班班長だった。

 校長室には各学年の「一組」から二人ずつ出ていて、班長を含め十二人態勢だ。五年一組からは、幾夫と有馬(ありま)が校長室入りした。

 秋の交代では、班長を除く一年生から六年生まですべての班員が動く決まりになっている。だから、副班長の六年生を含め、遥以外の十一人は校長室の清掃のしきたりをなに一つ知らない。

 窓をふくために、校長室では白い泡が出る缶のスプレーを使う。トロフィーや分厚い本が収められているラックやソファは、化学ぞうきんで磨く。

 ソファやテーブルといった備え付けの家具を動かす際、脚を床にすって音を出してはならない。部屋に校長がいる時には、音を出さないという決まりは特に厳格だ。校長在席時は腰窓のさんに足を掛けて載ることも控える。窓際にある机で執務する校長を上から見下ろさないための配慮だと説明された。

 それらの決まりを班長の遥は、校長室初心者の十一人に懇切丁寧に教えた。五年生が四年生を、四年生が三年生を順繰りに指導できるよう、遥は、それぞれの学年の班員に見合った役割を任せ、辛抱強く見守った。

 遥の班長としての手腕は、それまで幾夫が接したどの班長よりも光っていた。入学間もない一年生のころ、六年生である清掃班の班長は、五つも年上の大人のような存在だった。しかし、一年生のころ接した六年生より、五年生となって接した一つだけ学年が上の遥の方が、ずっと頼りがいがある。学年が一つしか違わないからこそ最上級生である六年生の重責を認識できる立場に到達したのだろうと、幾夫は感慨にふけった。


 先にふざけだしたのは有馬の方だ。ラックを化学ぞうきんでふきながら、飾ってあるトロフィー、カップ、盾を全て前後逆に置き換えた。ケースに入った分厚い書物は、上下を逆さにした。校長がいる時にわざとソファーを押してずらし、ぎいと異音を立てた。

「有馬くん、どうしてそんなことするの。わたしの言うことが聴けないの」

 遥はみけんにしわを寄せる。

「おれ、副班長の方が班長に向いてると思うんだよなあ。副班長の言うことだったら聴けそうな気がする」

 遥の相棒である六年生の副班長も女子だから、わんぱく盛りの有馬に強く出られない。その上、副班長といっても五年生以下の十人と同じく秋からこの清掃班に移ってきたばかりで、校長室のしきたりを掌握していない。遥とのコンビネーションはぎこちなかった。


 幾夫は有馬に加担した。悪ふざけに乗じた。遥につけこんだ。見ているだけでは面白くなくなったからだ。

 まねをしてみて、愉快だった。痛快だった。上級生の女子を手玉に取った気分だった。有頂天だった。幾夫には姉がいないから、年上の女子という存在に、慕情のような憧れのような、自分でも上手に片づけられない感情を抱いた。


 遥は美しい。美しい遥の表情が悲しそうにゆがむと、よけいに美しく見える。副班長とは比べ物にならない。遥に構ってほしかった。有馬も同じことを考えているだろう、だからこそ遥に反抗的な態度を取るのだろうと、幾夫は確信していた。


 清掃を始める前と終えてから、五年生までの班員が廊下の真ん中やや運動場寄りに横一列に並び、六年生がそれと対面する。放送室からの掛け声に合わせ、お互いにあいさつを交わさなければならない。

〈頑張りましょう〉

 スピーカーからの放送委員の六年生の声に班長が合わせ、班員が追従する。二番目の班員のあいさつは、校内にくまなく張り巡らされた全清掃班から一斉に上がり、マイクやスピーカーを通さない生の声が校舎に響き渡る。

〈お疲れさまでした〉

 清掃を終えてからも廊下に整列し、六年生が五年生以下の班員と対面しスピーカーからの声に合わせあいさつをする。お疲れさまでしたのあいさつでは、互いに頭を下げお辞儀する。

 幾夫と有馬は、並びはするものの頭を下げなかった。口を動かさなかった。そのうち、集合時刻に遅刻して、清掃開始のあいさつには参加もしなくなった。


(「弐の2 校長室は重責」に続く)

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