弐の16 派手なメロディー勘違いか
高校時代後期から幾夫は、妙なことに気づいていた。街頭やラジオでたまに聴く『レット・イット・ビー』の間奏部分で、ジョージ・ハリスンのものと思われるギターのメロディーが、幾夫の知るパターンと異なる。恵比寿に教えてもらったエフェクターという機材を効かせて派手な音色で演奏しているようにも聴こえる。
その違いがなんに基づくものなのか、そもそも本当に違っているのか、恵比寿に尋ねてみようとずっと思っていたが、高二に進級してからクラスが別の恵比寿とは接点が少なく、住んでいる場所も離れていて、そのまま卒業して会えなくなった。
遠隔地の大学に行って、幾夫は一度も帰省しなかった。地元で行われる成人式にも出席していない。家族の誰とも、親戚の誰とも連絡を取らなかった。
幾夫と同じように親元を離れて下宿する同級生の部屋を巡って、幾夫は買うつもりもその財力もないテレビの番組を見せてもらった。
若者に人気の国産小型車のテレビCMを同級生の部屋で見ていて、幾夫は「あっ」と声を上げた。空港の滑走路のようなところで小型飛行機から降り国産小型車に乗り換える白人は、ビートルズ元メンバーで射殺されたジョン・レノンそっくりだ。流れる曲の歌声も、ジョンに似ている。画面の下の角に小さく、ジョンの最初の妻との息子、ジュリアン・レノンの名前が映し出された。
「ポール・マッカートニーが『ヘイ・ジュード』で歌ったジュリアン・レノンだ」
幾夫は興奮してテレビの持ち主に説明したが、そいつはビートルズもジョン・レノンも知らなかった。
入学と同時に入居した、保証人欄に父親が判をついた安アパートは、大学三年に上がる春に引き払った。アルバイト先の上司に保証人になってもらい、親族の誰にも行き先を知られず住み家を替えた。
景気の大きなうねりが押し寄せていた。大学新卒の就職は「売り手市場」だと言われた。しかし、幾夫が希望するマスコミ、特に報道機関はどこも「買い手市場」で、狭き門だった。
幾夫は採用試験を受けたどの新聞社にも振られた。中小・零細企業経営者向けの書籍や雑誌を発行する東京の出版社に記者として採用された。
幾夫が取材、執筆を担当する雑誌は、北海道から沖縄まで全国の企業経営者を登場させる。その取材のために、幾夫たち記者は全国に出張する。
この手の専門誌は、「取材」といいながら実際は販売拡張や広告営業が主目的で、誌面に載せるため取材相手になにがしかの金銭を請求することで発行が成立する事業形態が多いが、幾夫の会社は老舗で発行する雑誌も名が知られているから、一般誌と同様に従業員も編集部門と営業部門が分かれており、雑誌は正規の広告収入と販売収入で成り立つ。そのことをたいがいの読者は知っていて、彼ら読者が取材対象になるときも、怪しまれることはなく、拒まれることも少なかった。
ただ、取材対象の不正を追及するなどといった、新聞記者のようなふるまいは許されないし、誰からも期待されていない。違法行為に手を染め企業倫理にもとる商売を展開する取材対象に迎合しなければならない。そのことが、事件報道に関心があってマスコミ業界に入った幾夫には物足りなかった。
社会人になってからも、テレビやラジオや街角でビートルズの『レット・イット・ビー』を耳にすることがあった。間奏のギターはことごとく、幾夫の知るパターンではない。エフェクターを効かせたらしい派手なメロディーだ。
そして、ある時に気づいた。ポールがたたいているはずのピアノの鍵盤は、幾夫の知らないパターンでも、同じ個所でミスしている。Amのはずのコードが、恵比寿の指摘したように鍵盤一つ右にずれたBm7―5に聴こえる。
ポールがまったく同じ個所で同じミスを二度するとは考えにくいから、ジョージのギターが異なって聴こえるのは自分の勘違いかもしれないと幾夫は思った。
学生時代から交際していた一つ年下の女性と、社会人二年目に結婚した。親戚、家族との付き合いを断つ幾夫にとって、若いうちに新しい家庭を持つことは都合が良い。なにか困ったことがあったら結婚相手の親に頼ろうという策略もあった。
相手の家族、親戚とそれぞれの友人だけで結婚式を挙げた。幾夫の親族は一人も呼ばない。結婚の事実さえ知らせない。女房の両親は極度に不安、不満だったに違いないが、幾夫の成育歴を知っている女房が両親を説得した。
子宝にはなかなか恵まれなかった。
(「弐の17 もし生きてたら」に続く)




