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班長のビートルズ  作者: 守尾八十八
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弐の13 歯車がかみ合わない

 梅雨のさなか、恵比寿が幾夫の教室に来た。教室はお互い別の階にあるから、珍しいことだ。

「『レット・イット・ビー』の映画やるって知ってるか」

 重大ニュースでも伝達するような勢いで恵比寿は尋ねる。知らないと幾夫は答えた。

 解散直前のビートルズを撮影したドキュメンタリー作品のことだ。買い取ったレコード『リール・ミュージック』の解説でもその映画のことが触れられていたし、聴いて鳥肌が立ち自ら弾き語りができるまでになった曲と同じ名称の映画作品だから、その存在とあらかたの内容は幾夫も知っている。

 地元有志の主催で、映画館ではなく市民ホールを借りて上映するそうだ。恵比寿がドラマーとして参画する社会人バンドもその有志団体の一つで、本来ならメンバーはチケット販売に精を出さなければならないのだが、未成年である高校生の恵比寿は無償でチケットを入手できるという。

「でも、条件があってな。会場の設営を手伝わにゃならん」

 ピアノを習った恩義があるから幾夫は、恵比寿に付き合い会場設営を手伝って、ただで映画を見せてもらうことにした。


 学校が半ドンの、夏休み前の晴れた土曜午後、幾夫と恵比寿は、市民ホールの駐車場で車を待った。開演時刻ぎりぎりに上演するフィルムが到着すると、幾夫は恵比寿から聴かされている。

「なんで前日とかに用意しておかないんだよ」

「一日でも長くフィルムを借りると、それだけよけいな費用がかかるからだろ」

 幾夫の疑問に恵比寿は、有志団体の芳しくない懐具合を当然のことのように答えた。

 開演時刻を大幅に過ぎてから、駐車場に低年式のライトバンが滑り込んだ。LPレコード盤ほどの正方形の、辞書ほどの厚さのケースが後部荷室に十近く積まれている。

「どこから運んできたんですか」

 主催者と近い関係にある恵比寿が尋ねた。ライトバンを運転していた男は、県庁所在地の地名を答えた。遥のことを、幾夫は思い出した。

 フィルムが入っているというケースは見た目よりずっと重い。幾夫と恵比寿と、恵比寿のバンド仲間らしいむさくるしい男数人とで手分けして、ホールの映写室に運び込んだ。

 部屋には、映写機が二台並んでいる。一ロール十分か二十分しか収録できないフィルムを切れ目なく交互に映し出すために違いない。幾夫の父が母方の祖父から取り上げられた八ミリのものよりずっと大がかりだ。業務用だから、一六ミリか三五ミリだろうと幾夫は思った。ケースの中身を見ていないからどちから分からない。

 映写機にすでに装着されているフィルム巻き取り用の空のリールからも厚みが読み取れない。一六ミリだとしたら、映写技師の免許を持つという父にも使いこなせるはずだ。

 幾夫と恵比寿は映写室から追い出され、観覧席に移った。客はまばらだ。

 カラー画面で動くビートルズを初めて見たのではないかと、幾夫は記憶を呼び覚ます努力をした。

 そんなことより、拍子抜けした。

 ビートルズのメンバーはイギリス人だし映画もイギリスで制作されたのだから、すべてが英語で進むことは仕方がない。問題は、日本語の字幕がなかったことだ。日本語の吹き替えももちろんない。

 幾夫は『リール・ミュージック』で映画の全容をおおむね知っているし、幾夫がビートルズ狂に仕立て上げた恵比寿からさらに詳細な情報がもたらされていたから、曲と曲の間に交わされるメンバー四人の会話やそれでうかがえる彼らの確執は理解できた。しかし、ビートルズや彼らの解散に関する知識がない日本人にとって、この上映は、あまりにも不親切なのではあるまいか。

 もう一つ、幾夫には気になることがあった。レコードの針が飛ぶように、映像と音声がかたかたと乱れるのだ。


 ビートルズがビートルズとして最後に公の前に出た伝説のパフォーマンス「ルーフトップ・コンサート」の場面で、映画は終わった。

「どうだった」

 恵比寿が尋ねるから、幾夫は感じたままを答えた。

「あのかたかたはさ、パーフォレーションっていうフィルムの送り穴が広がって、次の穴とつながっちゃってるんだよ。歯車(スプロケット)の歯がうまく穴をかんでないんだな」

 違うのではないかと、幾夫は恵比寿の分析に違和感を抱いた。

 家庭用の八ミリフィルムは、パーフォレーションがフィルムの片側にしか開けられていない。でも、業務用の三五ミリは、フィルムの左右両側に穴が開いているはずだ。左右の歯車が安定してかむから、簡単に穴が広がったり、それでフィルムの走行に影響をきたしたりするとは思えない。

 パーフォレーションが片方だけの一六ミリでも両方にある三五ミリでも、フィルムを送る映写機の装置の圧力を事前に細かく調節しておかなければ、きれいな映像が得られない。今回の不規則な映像と音声の乱れは、レンタルの費用をけちって開演当日にフィルムを持ち込んだせいで、その調整ができなかったのではないかといぶかった。

 そして、字幕が付いていないことを、主催者側も知らなかったのではあるまいか。レンタル料金が安いフィルムを選んだから、予期せぬ字幕なしフィルムをつかまされたのではないかと疑った。

 恵比寿にはなにも言わなかった。祖父に取り上げられた八ミリ映写機はどうだったか、父はどのように機材を調整していたか。父に尋ねてみたい気分にもなったが、もはやそのころの幾夫は、母や母方の祖父だけでなく、父とも抜き差しならぬ関係に陥っていたから、家でもなにも言わなかった。


 毎年秋に開催される高校の文化祭で、恵比寿は三年生のバンドに交じってドラムをたたいた。恵比寿のドラム演奏を初めて見た。初めて聴いた。恵比寿が参画する社会人バンドは、高校生の幾夫が客として出向くのは難しい夜のライブハウスを中心に活動していたからだ。前の年の文化祭では、校内のどのバンドにも所属していなかったはずの恵比寿は登場しなかった。

 体育館のステージで日本人アーチストの日本語の曲をコピー演奏させられる恵比寿はふてくされた表情で、あまり楽しそうではなかった。


 三年生の一学期の終業式の夜、ビートルメンバーだったリンゴ・スター主演のコメディ映画『おかしなおかしな石器人』がテレビで放映された。式は昼までで終わったから、切り刻まれる前の新聞の番組欄で確認した。前の年に映画『レット・イット・ビー』を一緒に見た恵比寿はなにも言ってこない。恵比寿がその放送を知っていたか、見たか、幾夫は知らない。

 いつものように、二階の自室からトイレに降りたついでに、父が見ている居間のテレビを少しの間だけ眺めた。テレビのアニメーション作品『ムーミン』の、スノークの声で有名な声優が、リンゴの声を当てていた。

 原始人を演じるリンゴたちが、落雷で燃え上がった木から人類として初めて火を得る場面だった。燃えさかる炎に触れてリンゴ役の声優は「あひい」と驚嘆の声を挙げ、「これを『あひい』と名付けよう」と提案する。吹き替え前の英語では「ファイヤー」と言っているのではないかと、リンゴの唇の動きを見て幾夫は推察した。

 そこで立ったままのテレビ視聴をやめ、二階の部屋に引き上げた。

 その年の文化祭でも、恵比寿は同級生と組んだバンドでドラムをたたいていた。やはり、楽しそうではなかった。


(「弐の14 日本語と事件報道」に続く)

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