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班長のビートルズ  作者: 守尾八十八
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弐の11 音楽室詣でやめる

 恵比寿が持ってきたビデオテープだから、音楽関係の作品に決まっている。きっとビートルズが絡んでいる。問題は、どこで見るかだ。ビデオデッキはまだ一般家庭に普及していない。幾夫の家にもない。

 両親が共働きのクラスメートをだました。ポルノの類だということにして、そいつの家で鑑賞することにした。

「裏か? 裏だよな?」

 そいつはポルノビデオが無修正だと期待に胸を膨らませる。幾夫と恵比寿ともう一人、合わせて三人がそいつの家に集まり、四人でテレビの前に座った。

 白黒(モノクロ)で、ダビングを重ねたらしく画像と音声はひどく乱れている。一九六六年六月、ビートルズ初の、そしてビートルズとして唯一の日本公演の様子だ。幾夫と恵比寿を除く二人は、落胆した表情を見せた。

「ドリフだ。みんな若いな」

 もはやコントグループとしてしか認められていないバンド「ザ・ドリフターズ」が前座を務めていた。ビートルズもカバーした一九五〇年代の名曲『のっぽのサリー』を、ドリフターズのメンバーはコミカルに演奏した。演奏したように幾夫には見えた。

「ギターにケーブルがつながってない。カトちゃんのドラムも不自然だ」

 恵比寿が分析する。

 ただ、ボーカルの声はドリフターズメンバー、仲本工事(なかもとこうじ)のものに聴こえ、恵比寿にも真偽の判断が付かなかった。


 ビートルズメンバーだったジョージ・ハリスンが制作総指揮と主題歌周りを務めるイギリス映画が日本で公開されるという情報を、恵比寿がどこからかつかんできた。

 幾夫の住む市には「にっかつロマンポルノ」の映画館が一軒と、開館と閉館を繰り返しそのたびに経営者が替わる一般向け映画館が一軒あるのみで、ジョージ・ハリスンの映画が来る見通しは薄い。だから、幾夫と恵比寿は、恵比寿の住む町とは反対側にある、県境の山を越えた少しだけ大きな都市に遠征することにした。

 その映画館では、別の日本製アニメーション作品との二本立てだ。ビートルズやジョージ・ハリスンになど興味がなく、アニメ作品を見たいというクラスメート二人と、やはり四人で出かけた。

「一つ前が無人駅なんだよ。キセルで行こう」

 よくその都市に映画を見に行くという一人が主張するから、恵比寿を除く三人は初乗りの百二十円切符を買って二両編成のディーゼル列車に乗り込んだ。通学用の定期券を持つ恵比寿は一円も払わず改札を通過した。

 映画館最寄り駅の一つ前は、確かに無人だった。しかし、想定外のことが起こった。二両目の後部に乗っていた車掌がホームに降りてきて、その駅で降りる乗客から切符を回収しだしたのだ。

 切羽詰まった三人は、恵比寿をいけにえとして差し出すことにした。定期券で乗車した恵比寿に、乗った駅から降りた駅までの運賃六百四十円を払わせ、そのすきに無人の改札を抜けるのだ。

 初乗り百二十円との差額を払えば問題ないことは三人とも知っているが、そうすれば三人分の差額の合計は高額に上るし、そろって初乗り運賃しか払っていないと車掌に知られると、最初からキセル乗車のつもりだと疑われると恐れた。

 そもそも、怪しい風体の四人組が乗っているからこそ普段なら降りないはずの車掌は降りてきたのだろう。その上、そこから映画館まで一駅分歩かなければならないというのに正規運賃を払うのはばからしい、払うのなら最寄り駅まで乗るのだとも、幾夫は自分たちの犯罪行為を正当化した。

 少年のタイムトラベルがテーマで、スパイ映画『007』シリーズで主役を務めたショーン・コネリーも出演するジョージ・ハリスンの映画は、幾夫にとって、面白いストーリーの作品に感じられた。熱狂的なビートルズ信奉者と化していた恵比寿は、ジョージが制作に関与したということに感動していた。ほかの二人は併映のアニメ作品しか頭に入っていなかった。


 遥が遠くに行ってしまうという情報を仕入れてきたのも、恵比寿だ。年度末が近づいていた。遥の父親は幾夫たちの通う県立高校の現職教師なのだから、県内での転勤は付き物だ。海沿いの県庁所在地の高校に赴任するという。

「城崎先生だけ行くとか、班長だけ残るとかできないんですか」

 音楽室で、幾夫は遥に尋ねた。隣で恵比寿もうんうんと首を縦に振っている。

「わたしもそうしたいんだけどね。母がいないとなんにもできないくせに、娘には厳しいのよ、うちのセンセ」

「城崎さんは、いつからここに住んでるんですか。城崎先生はいつからこの高校に勤めてるんですか」

 根本的な疑問を恵比寿がぶつけた。

「わたしが小学五年に上がる春に越してきたの。うちのセンセはそのときからずっとこの高校」

 幾夫は驚かされた。

「五年生で転校してきて、その秋から校長室の清掃班で、六年生で班長ですか」

「うん。こっちには七年いたことになるね」

 こともなげに遥は答える。

「また転校ですか」

 義務教育の中学までと違って自動的には転校できないことを、幾夫は知っている。

「編入試験に受かればだけどね」

「あっちには高校がたくさんあるし、城崎さんならどこの編入試験にも受かりますよ」

 当たり前のことを恵比寿は言う。

「転校しても、その高校には一年しか通わないってことになるんですよね」

 遥の転校を食い止めたい幾夫は、すがるような思いだ。

「うん」

「班長は、班長はどこの大学を目指してるんですか」

「カエルの子はカエルだから、地元の教育学部にしか行かせてもらえないよ。大学生活くらい都会でしてみたいんだけどさ」

「そうできないんですか」

 幾夫には遥の置かれている状況が理解できる。遠方の高校への進学が母と母方祖父から阻害された苦い経験があるからだ。

 ところが、遥の答えは、幾夫の想像を超えていた。

「遠くに行っちゃうと、そっちで旦那さんを見つけてお嫁に行って帰ってこなくなるって、うちのセンセは警戒してんのよ」

 旦那さんを見つけてお嫁に行ってという遥のフレーズに、幾夫は後頭部を殴られた思いがした。遥はもう大人なのだ。自分たちとは異なるステージに立っているのだ。


 小学校で遥たちの卒業式に出席したころのことを、幾夫は思い出した。幾夫が割り振られる学区とは別の中学に進む遥と、今生の別れのような気分にさせられた。予期せず高校で再会できて喜んでいたのに、わずか四カ月足らずでまた離れ離れになる。

 遥の後を追って地元の大学の教育学部に行くことなんて、幾夫にはできない。高校を卒業したら、中学卒業時に失敗した母と祖父との絶縁のために、できるだけ遠くに行かなければならない。それに、祖父と同じ教職の道なんてまっぴらごめんだ。

 そして、遥がいなくなることで、幾夫の頭の中にはなぜかちょっとほっとしたような思いが駆け巡り、その「思い」の出どころを突き止めることに成功した途端、幾夫はまた気がめいった。


 次の日から遥は、音楽室に顔を出さなくなった。幾夫も恵比寿も、音楽室通いをやめた。


(「弐の12 貞操を奪われる」に続く)

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