第八話
「私、今日はなるべく定時にあがりたいの。夕方までの仕事をいくつかお願いしても良いかしら?」
朝の挨拶の後、彼女は部下の女性に細かい仕事を頼むことにした。
「はい、もちろん。ではチーフは【中央都市】との会議で使うデータの用意だけを。今度こそ口喧しい“翁”たちを黙らせる資料を揃えないといけないから」
「えぇ。じゃあ私、午前中は資料のまとめをやってるから、用がある時だけ声を掛けてくれる?」
「了解。こっちは任せて」
「うん、ありがとう!」
彼女は鼻歌をうたいながら、廊下を早歩きで移動していく。それを部下の女性は嬉しそうに見送る。
「若いって良いわぁ……」
可愛らしい年下の上司の、あまりにもわかりやすい上機嫌に思わず呟いた時、何人かの職員が部下の女性の周りに恐る恐る集まってきた。
「…………あ、あの?」
「はい、何かしら?」
「チーフ……最近何かありました?」
「なんだか、こう言ったら失礼なんですけど…………最近のチーフ、すごく可愛らしいというか……」
「実験棟の空気まで、軽くなった感じですよね……」
「ぶふっ……!!」
どうやら、チーフの変化は知れ渡ってしまっているようだ。
「顔色まで良くなってますよねぇ?」
「本当に何があったんですか?」
「ふふ、特に何もないわ。チーフ取っておきの美容法が見つかっただけよ」
「「「はぁ……」」」
他の職員を適当にあしらい、スタスタと自分の仕事へ向かっていく。
「これは……あたしが応援しなきゃ……!」
こんな楽しいことは久しぶりである。
女性は上司に言われた仕事を片付けようと、足取りも軽く、自分のデスクへ戻っていった。
…………………………
………………
夕方に農場へ行こうと思っていたが、会議が想像以上に長引き、彼女が顔を出せたのはすでに日が沈んだ後だった。
「こんばんは」
「おねぇちゃんだ! こんばんは!」
「あ、いらっしゃーい!!」
子供たちが彼女の姿を見付けると、ニコニコと片手を振って挨拶をしてくる。
もう片方の手には使用済みの食器を持っていることから、ちょうど夕飯を食べ終わった時間だったようだ。
「いまね、おかたづけしてるの」
「ちょっと、まっててね」
「そういえば私、まだ新しい『家政婦』に会ったことなかったわ……」
農場には三人のプログラムがいる。
現在は『先生』『飼育員』『家政婦』……どれも、政府から離れたプログラムだ。
“農場では政府のプログラムの経路を切断してほしい”
これが彼女に『先生』が持ち掛けた条件のひとつだ。
『先生』は政府以外の、公的組織の人間が作ったプログラムだった。
政府とは違う目線で独自に人間を手助けすることで、住民の思想や能力をひとつに偏らせないようにするのが目的だという。
――――調べたら確かに政府と並ぶくらいの、しっかりとした独立機関だった。活動も怪しいものではなかったし、政府だけの思想に偏るのは昔から良くないって言われているものね。
施設の責任者である彼女ならば、農場だけのプログラムの切り替えはすぐに行えた。
念の為、研究棟から観ることのできる観測モニターには、以前のプログラムの姿で映るように小細工はしているが。
「どれどれ『家政婦』はどんな…………」
モニターに映し出されている『家政婦』は、以前まで居た政府のプログラムと同じ姿だった。
前の『家政婦』は小柄なおっとりした感じの年配の女性だった。
キッチンを覗くと、画像とは違う女性の後ろ姿がある。
背が高く、黒っぽい腰までの髪の毛。後ろ姿でも所作が美しいのが目に付く。
――――あの人が、常駐してるの…………『先生』と同じ仲間なのかぁ…………ふ〜ん?
『あぁ、来てたんだ』
「ひゃっ!?」
『家政婦』を観察するあまり、背後に『先生』がいたことに気付かなかった。彼女は奇妙な悲鳴をあげてしまう。
『え? どうしたの、その反応……』
「な、ななな、なんでも、ないっ!! いきなり声掛けられてびっくりしただけよっ……!」
自分でも想像以上に驚いてしまったせいか、彼女の膝がガクガクと震えている。
『で、何してたの?』
「私、新しい『家政婦』に初めて会ったから見てたのよ」
『そう。じゃあ、紹介するよ』
「え、ちょっ……!」
『ん? なんかある?』
「その……想像より若くてキレイな人っぽいなぁって…………」
『うん、美人だよ。歳は20才だったかな』
「………………」
屈託なく笑う『先生』に対し、彼女は瞬時に真顔になった。
ギリっ!
『痛っ!?』
「プログラムにも、痛覚が在るのねぇ…………」
『え、似たようなのは在るけど……え? 何、何で急につねってきたの!?』
彼女の指が『先生』の腕をつまんでいた。
「意味もなく急に。むしゃくしゃした」
『なんで!? 通り魔的発想じゃないか!?』
「世の中の理不尽なことに対して、あなたがどう対応するのか調べたくなったのよ……」
『…………なんのこと???』
頬を膨らませて、あからさまに怒っている彼女の様子に、訳も分からず『先生』は首を傾げる。
二人が騒いでいたので、片付けをしていた『家政婦』が気付いて近付いてきた。
『あの、どうかされましたか?』
『えっと…………彼女が“家政婦”とは会うのは初めてだって言うから』
「どうも…………」
『ここの責任者様ですね。お初にお目にかかります』
「えぇ、はじめまして…………あれ?」
丁寧に挨拶をする『家政婦』は、確かになかなかの美人だった。
しかし顔を見た途端、彼女は妙な既視感を覚えた。
「私たち、はじめまして……よね?」
『はい。わたしはここに来て、チーフには初めてお会いしました』
やたら硬い口調ではあるが、やはりどこかで顔を見たことがあった気がする。
――――どこでだったかな。【中央都市】? でも、あそこは『家政婦』なんて各生活施設に複数人は当たり前に居たから、特に印象にも残ってないんだけど……。
「私、やっぱりあなたの顔、見たことあるわ……」
『そうですね。あると思いますよ』
「え?」
『“飼育区”に行ったことはありますよね?』
「なんで『飼育区』が………………あっ!!」
そこまで言われて、彼女はやっと気付いた。
「あなた『飼育員』さんと同じ顔!!」
『はい。あちらは、わたしの“双子の兄”ですので……』
「双子!? プログラムにも双子っているの!?」
彼女も双子というのは聞いたことがある。だが、人工的に体外で胎児を育成する現代ではほとんど生まれた例がない。
もはやおとぎ話の域になっているとさえ思っていた。
「同じ細胞が分裂して双子ってできるのよね! あ、でも男女の双子ってそうじゃないか……なんか、不思議!」
目を輝かせながら興奮する彼女に、『先生』と『家政婦』は顔を見合わせて苦笑する。
『双子と言っても、わたしたちの“生みの親”がそう決めたことでしたので、人間の双子とはかなり違ったものになりますね』
『まぁ、そうだね。“同じ親”から作られたプログラムなんだから、人間の原理に当てはめると自分と“家政婦”なんかもみんな兄弟になってしまうからねぇ』
「そっか……兄弟ね……」
『……………………』
彼女はひとり、何かを納得しているように呟く。
同じ作者のプログラムが“兄弟”と言うならば、政府のプログラムは全て“兄弟”になってしまうが、彼女の頭にそれは思い浮かばないようだ。
『家政婦』は俯く彼女をじっと見て、先程までの不機嫌がないことを確認して頷く。
『お二人とも、これから用事があるのでは?』
「えぇ。ちょっと『先生』と話があるの」
『そうですか。では、わたしたちはこれで下がらせていただきます』
「ん? もうそんな時間?」
『はい。子供たちをお風呂に入れて、就寝の準備をしますので……』
ぺこりと頭を下げると、『家政婦』はキッチンの入り口でこちらの様子を窺っていた子供たちを廊下の方へ促した。
「えー、まだはやいよぉ」
「せっかく、おねぇちゃんきたのにー!」
「あそぶー!」
あまり話してなかったこともあって、子供たちは口々に文句を言う。しかし『家政婦』が妙に深刻な顔をした。
『ダメです。いい子はおじゃましちゃいけません……!』
「「「あ………………」」」
『家政婦』の言葉に子供全員が、彼女と『先生』を交互に見てハッとしている。
「わかった!」
「あたしたち、いいこ!」
「おねぇちゃん、『せんせい』となかよくね!」
一斉に「バイバーイ!」と言って去っていく。
『では、ごゆっくりどうぞ……』
「え、えぇ……ありが、とう……?」
恭しくお辞儀をして、『家政婦』も子供たちの後を追って退場していった。
「なんか……へんに気を遣われてない? 仕事の話をしにきただけなのに……」
『彼女……意外に変わってるからねぇ』
「あなたには言われたくないと思うわ」
彼女にジト目で睨まれるも、『先生』は気にせずに紅茶を淹れてイスに座る。
「あ、そうだ。今日はコレを持ってきたの。頼まれてた、ここ三十年の『職員・研究者 名簿』よ。チーフの私でも個人情報は持って来れないから、最低限に言われた通り“名前と生年月日”だけ。これでいい?」
そう言うと彼女はポケットから、キラキラと中が光るビー玉のようなものを取り出した。
『助かるよ。【グリーンベル】ができて八十年だけど、最近までの三十年分は手に入ってなかったんだ。名前と生年月日だけで充分だ』
「……何に使うの? 怪しいことじゃないよね?」
『安心して、怪しいものには絶対に使わない。自分の上司にあたる人が、惑星の再生の際に記録しておきたいって言っててね。まぁ、やってることは政府と同じことだから』
「う〜ん……まずいことじゃないなら良いけど…………」
『じゃあ、自分からはコレ。新しい観察データね』
「うぅ……また300ページとかあるのね……」
『いや、今回は500ページの特別大容量!』
「…………………………」
げっそりした彼女は“その笑顔、殴りたい”と思いながらも、黙って記録フィルターをカバンに仕舞う。
返却するものと新たに打ち込むものを交換する。『先生』と向かいあって座り、目の前に置かれたカップに口を付けた。
お茶の香りが疲れた気分を和らげる。
「はぁ……このお茶美味しいわね。なんか、いつもと香りが違う」
『あ、わかる? 実は少し前に【中央都市】にいる友達が、バラの花びらを乾燥させて送ってくれてね、それを茶葉に混ぜたんだよ』
「え、あなた首都に友達がいるの? しかもバラの花なんて……」
『うん。個人的に友達の家主が育てているんだって。他にもラベンダーとかクランベリーとか、お菓子の材料に良いのがあるって…………』
「……………………」
直前まで、嬉しそうにお茶を飲んでいた彼女が、急に深刻な顔をして黙り込んだ。
『…………どうしたの?』
「なんか、私がやってる事って何かなって。単に草を育てたきゃ、コロニー内で人工の土を使えば誰でもできることなのに……」
この施設【グリーンベル】で、彼女は草一本を必死になって育てている。
植物が育たないのは外の気候であり、人間が生活している環境下では、一般人が趣味程度で花や野菜を育てるのは簡単なことだった。
「こんなんじゃ、生きてる間に惑星の土地を緑で埋め尽くすなんてできないわ……」
彼女がポツリと呟く。すると、『先生』は小さくため息をついた。
『……君は、誰かに見せたいの?』
「え?」
『いや……元々、動植物を相手にしている【グリーンベル】での緑化計画は、半世紀前から牛歩の速度で進んでいない。君みたいに急いで成果を……と、焦っている子は少ないんだ。君を見ていると“自分の成果を見せなきゃならない人”がいるように思えたから』
「いるわ。私の成功を見せたい人は…………たくさん……」
『たくさん……?』
「あなたには関係ない。私の勝手な目標よ」
『君の研究を手伝っているなら、自分も関係あると思うよ?』
「………………」
カップを持つ手が小刻みに震えている。彼女は思い詰めた顔で俯く。
『うん、わかった。じゃあアレだな』
「…………?」
『今度、自分の友達紹介してあげるよ。研究ばっかりも疲れるからね』
「へ?」
『気分転換にちょうどいい子がいる』
「???」
『先生』はにっこりと笑って、彼女のカップに温かいお茶を継ぎ足した。




