表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

第五話

『キャウ! グルルルっ!!』

「ふぅ……お前、私のこと嫌い?」


 農場へ向かう廊下は長く、彼女以外の人間は見掛けなかった。

 移動をしようと持ち上げた時から、ケージの中のキツネは落ち着きなく鳴き始める。


『ガウッ!! キュウウウンッ!!』


 威嚇しながらも不安そうにキョロキョロしていた。きっと、自分の身に何が起きるのかと恐れている。


「そうよね、お前も怖いか。いきなり知らないとこに連れてこられて…………」


 そんなキツネに、彼女は幾ばくかの同情の念が湧いてきた。


 ――――見たところ、この子もまだ子供みたいね。


 ほんの少し、胸にチクリと痛みが走った。


 しんみりした気分のせいか、長い廊下を進んでいると、彼女は三年前に『育児機関』から連れ出された時のことを思い出す。



 “君は世界から選ばれた人間のひとりだ”


 ニヤニヤと自分を見詰めていた男のセリフが、三年間ずっと頭から離れない。

 それと同時に、さっきの先輩のどこか腑に落ちないような態度が思い出される。


 ――――先輩も『惑星再生計画』の全容がわからないのかな。どのくらい“上”の人間になれば、世界の状況を把握できるんだろう?



 “自分は惑星を救うための人材”


 そう思って研究に明け暮れているのに、最近は何故か空回りしているような感覚に襲われる時がある。


「選ばれたのに、実感がわかないのよ…………いや、そんなこと思っちゃダメね」


 ――――気にしない……気にしない……私は私で、研究を進めるだけなんだから。それがきっと、惑星のためになるんだ。


 …………カラン。


 ポケットの中の薬瓶を握り締めながら、彼女はケージに入った生物を眺めた。


「大丈夫よ。あなたにだって、生まれてきた理由がある…………」


 その囁きは自分に言っているようだ。


 彼女はできるだけ、余計な事を考えないようにしながら農場へと足を早めた。



 …………………………

 ………………



 いつもとは違う通路を通って『栽培区』を通り過ぎ、彼女は動物を管理する『飼育区』へとやってきた。


「あれ? おねぇちゃん?」

「あら……あなたは…………」


 いくつかの飼育スペースがある屋根付きの建物に到着すると、そこには『栽培区』でよく会う少女がいた。


「こっ、こんにちはっ……おねぇちゃん、きょうはどうしたの?」


 どことなく、少女から焦りを感じる。何かまずいものを見られたような態度に見える。

 しかし、少女はいるだけで特に何もしていないように思えた。


 ――――『栽培区』と隣なんだから、いても不思議じゃないけど…………どうしたのかしら?


「こんにちは。ここで何してるの?」

「え、えっと…………どうぶつさんをみにきてたの」

「そう。私、あんまりここに来ないから、この施設内のことよくわからないのよ。飼育員さん、どこにいるかしら?」

「…………おねぇちゃん、『しいくいん』さん、見たことないの?」

「え? えぇ、そうね」

「そっか、あったことないんだ。『しいくいん』さんはこっちだよ!」

「…………うん」


 少女が一瞬、ホッとしたような表情になったのを彼女は見逃さなかった。


 実際に『飼育員』のプログラムには会ったことはない。しかし、彼女はこの施設のチーフであるため、職員と研究員、そしてプログラムの顔は覚えている。


 ――――ここの『飼育員』は、ちょっと小肥りの“中年男性”だったはず……。


 真実を心の内に押し込め、彼女は少女の後についていく。


「おねぇちゃんがもってるの、なかになにがいるの?」

「キツネさん……かな。今は怖がっているから、触っちゃダメよ?」

「わかった!」


 少女はキラキラした目でケージの中を覗いていた。




 やがて、少女は飼育スペースの屋根から、離れた場所にある納屋を指差す。


「『しいくいん』さんをよんでくるから、おねぇちゃんはここでまってて!」

「ありがとう、お願いね」


 彼女がスーツ無しでは陽の光に晒されるのはキツい。それを知っている少女は、自分だけ納屋に向かった。


「『しいくいん』さーん! けんきゅうとうから、けんきゅうのおねぇちゃんが、ごようじだってー!!」


 少女は陽向を納屋まで走り抜け、扉を開けて声を掛けている。

 しばらくして納屋の入口に人影が見えて、少女と一緒に彼女の元へと歩いてきた。


「…………………………」


 彼女は眉をしかめる。


 少女に手を引かれてきた『飼育員』は帽子とツナギを着た“若い男性”だった。


 背が高く細身ではあるが筋肉質。帽子から見えるのは短い黒っぽい髪の毛。

 間近で見る顔は、どう見ても二十代前半である。


 ――――違う。ここの『飼育員』じゃない。この人、誰?


 喉元まで出かけた言葉を飲み込み、彼女は『飼育員』ににっこりと微笑んだ。


「…………『飼育員』ね。さっそくなんだけど、この子のお世話をお願いしたいの」

「あ、はい…………」


 目が合うと『飼育員』は帽子を目深にかぶり直す。

 キツネのケージを受け取り、無言でぺこりと頭を下げると『飼育員』はすぐにどこかへ行ってしまった。


「『飼育員』さん、忙しいのね?」

「うん。ひとりでみんなをおせわしてるから」

「いつもいるの?」

「まいにちいるよ。おひるやすみだけ、いなくなるけど」

「ふぅん……?」


 彼女が不審がっているなどわからない少女は、簡単に『飼育員』の情報を教える。


「じゃあ、私は帰るね。あのキツネさんとも仲良くしてね」

「うん。なかよくする!」


 少女に笑顔で手を振り、彼女は研究棟へ向かう廊下へ歩いていく。ゲートが閉まり、少女から完全に見えなくなったのを確認すると、彼女は全力疾走で『特別管理室』へ向かった。



 ――――農場のプログラムが可笑しい! もし、私の推測が正しければ…………



 部屋に入るとすぐに、研究施設にいる全てのプログラムの情報画面を呼び出して、比較するようにモニターの横に並べた。


「やっぱり違う……!」


 やはり『飼育区』のプログラム『飼育員』は、彼女が覚えていた通りの中年男性であった。

 そして、農場の『飼育区』の監視モニターにも中年男性が写っているのだ。


 モニターに映る姿を変えて、子供たちの前だけに姿を現す。


「この『飼育員』は『先生』と()()()()のプログラムだ……」


 おそらく、彼女はほとんど『飼育区』に来なかったので、出現していたのに油断してゲートに施錠(ロック)を掛けていなかったのだ。


 ――――政府のプログラムは完全な機械だから、設定さえしていれば施設の防犯センサーを駆使して、私が来るのを事前に把握できるはず。油断なんて“機械”がするはずがない………………『普通』なら。


 彼女は目を閉じて『先生』を想像してみる。


 子供たちと打ち解け秘密を共有し、物理的な手段を用いても、研究員の彼女が来ることを拒むくらいのずる賢さがある。

 しかしその一方で、自分に繋がる仲間がいるのに油断してしまうという()()をした。


「まるで…………私たち『人間』みたい」


 頭に浮かんだある可能性。

 それを聞くには『先生』に直接、会ってみなければならない。


「…………私と『先生』の知恵比べね。望むところよ」


 彼女は並んだモニターを睨み付けた。




 …………………………

 ………………




 数日が経った。

 あの日以来、彼女は農場に行っても『栽培区』だけに顔を出していた。気にはなるが急に『飼育区』に出入りし始めれば警戒されると踏んだからだ。


 そして、さらに解ったことがある。


『キャンキャウン!』

「あははっ! “スイちゃん”おいでー!」

「“スイちゃん”かわいいー!」


 子供たちと楽しそうに追いかけっこをしている“スイちゃん”とは、あの日『飼育員』に預けたキツネだ。

 すっかり普通の犬のように、子供たちに懐いて広場を駆け回っている。先輩研究員が『気候変化に強くした』と言うだけあって、太陽の下でも元気いっぱいだ。



 散々走り回った後、キツネを抱っこして日陰に戻ってきた少女に彼女は尋ねた。


「ねぇ、なんで“スイちゃん”なの?」

「え〜と、このこのひとみが“すいぎょく”とおんなじいろだから…………だよ!」

「へぇ……“翠玉”かぁ。確かに緑色の眼ね。難しい言葉を知ってるのね?」

「へ? え〜と、うんと……うん!!」

「ふふ……」


 ――――たぶん、名前を考えたのは『先生』ね。ずいぶんと、スイちゃんも懐いてたもの。


 ここ数日、彼女は仕事の合間に農場の観察を徹底した。


 農場で放し飼いにされ、昼夜問わずに走り回るスイちゃん。

 わかったのは、子供だけでなくキツネのスイちゃんも『先生』にとても懐いていること。


 いつも彼女が来ると吠えてくるスイちゃんは、『先生』に対しては甘えるような仕草を見せていた。逆に『教師』には吠えるという、彼女にとってはわかりやすいが複雑な状況が確認できた。


 おかげで、子供たちが寝静まった時に畑を見回るのが『教師』か『先生』かの見分けがつくようになった。


 ――――『先生』は、夜にはほぼ毎日来ている。そこを捕まえられないかしら…………私には思いつかないことも試してみるとか……。


 そう思った彼女は、普段は息抜きでもあまりしない、政府公認のゲームのコミュニティを覗いてみることにした。


 彼女は仕事を終えると、久しぶりにゲームに意識を落とし込む準備を始める。



 アクセスしたのは古代の都市を模した“ファンタジー”という分類のRPGであり、そのゲームの攻略を相談するスペースだった。

 このゲームを利用しているのは『生活空間』と呼ばれる閉鎖空間の住民であり、惑星の人口増加のために存在する【細胞の提供者】がほとんどだ。


 “上級”と呼ばれる者は毎日仕事をしているが、“中級”は一日の大半をゲームや健康維持に使う。仕事を持つことは、現代の人間のステータスであった。


 正直、彼女にとっては普段は下に見ている人種だ。


 ――――でも、普段からゲームのために作戦を練っているんだから、私とは違う思い付きもあるかもしれない……。


 “上級”ということを隠して、仮想空間の中でコメントを書き込んで待つことにする。

 ちなみに、彼女のゲームでの姿は『魔法使い』で、あまり育てることがなくレベルは弱いままだ。



 “なかなか接近できない相手の懐に、どうやって入ったらいいと思う?”



 ゲームの攻略を聞くように尋ねる。

 しばらくすると、コメントを見たであろう一人の男性プレイヤーが彼女に近付いてきた。パッと見、中堅クラスの『剣士』というところだ。



「こんにちは。接近できないって、どんな状況?」

「こんにちは。私がいると出現もしなくなるの。どこかで私が来ているのをわかってるみたい」

「相手を見たことは?」

「離れた場所でモニター越しに。同じ空間では会ったことがないの」

「……じゃあ、隠れて待ち伏せれば?」

「どうやって? 前もって行っても逃げるのに……」

「そうだね、独りじゃ難しいなら……」


 その後、そのプレイヤーは自分が知っている大昔の物語の作戦や、突拍子もない人間の行動などの話をする。


 彼はやはり『生活空間』の人間のようだ。しかし、閉ざされた生活の割には色々なことを勉強していて、“上級”にいても遜色ない知識量であった。



「……知ってるのはこれくらいかな」

「面白いね。ちょっとやってみようかな…………でも、あなたどこでそんなに覚えたの?」

「オレのプログラムの『子守り』が、よく昔の本を読むことを勧めてくれていたから……」


 生活をプログラムに任せっきりの“中級”の人間は堕落する者が多い。

 この男性のように自主的に知識を蓄えるのは、本人とプログラムが対等に話をしていることでもある。


「そうなの、良いプログラムね。参考にするわ。ありがとう」

「うん。頑張ってね」



 男性プレイヤーと別れ、彼女は現実に意識を戻した。


「…………ふぅ」


 彼女は一息つくとニヤリとする。


 ――――次こそは絶対に『先生』を捕まえてやるんだから!


 次の日の仕事中。彼女は『先生』のことで頭がいっぱいになってしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「オレのプログラムの『子守り』が、よく昔の本を読むことを勧めてくれていたから……」 あっ……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ