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第三話

 視察から数日後。


 部下の女性に頼んでいた監視用のカメラが『栽培区』の“畑以外”に取り付けられたので、彼女はそのモニターを観察する部屋を別に作り『特別管理室』と名付けた。


 この部屋に入れるのは彼女と、手伝ってもらう部下に許可を出した時だけ。

 観察するための部屋を分けたのは、彼女が独断でカメラを取り付けたことと、『栽培区』の子供たちのプライバシーへの配慮の意味もあった。


 そして何より、何故か他の職員には知られたくないと思ったからだ。


「一応、私の実験室の一つ……ということで届けた。簡易ベッドも置いたから、第二の自室だって言っても良いかもしれないわ」

「それじゃ、他の人間はおいそれと入ることはできないわね」

「そうね。わざわざこの部屋に無断で入って、チーフである私の怒りを買うようなアクティブなおバカさんはいないと思うわ……」


『特別管理室』が置かれたのは、研究施設の端っこの『栽培区』との連結通路のすぐ近く。

 元々は使われていなかった物置部屋であり、ここは視察以外は滅多に人が通らない場所である。そのため、ここを使う許可はあっさり降りた。


「さっき施工業者に依頼して、『栽培区』の建物に沿うように“日除け通路”を造ってもらうことにしたの。これで、少し見回りをする程度ならわざわざスーツを着なくても視察できる」

「チーフは一度決めると行動が早いですね」


 部下の言葉に彼女はため息をつく。


「私から言わせてもらうと、今までのチーフって何やってたの? って聞きたいくらいよ。この【グリーンベル】が研究しなければ、惑星に植物を生やすなんて難しいのに……」


 政府がこの【グリーンベル】に求めてくるもののほとんどは、動植物から得られるエネルギーなどの食料の分野だけである。


 彼女はポケットから手のひら大の板を取り出す。


「それと……これを見てほしいの」

「これは?」


 ヴゥン……と音がして、板から頭上に向けて映像が映し出される。


「これは私がここに住み始めた頃に見付けたものよ。古代の植物の歴史を調べた時に、世界一と云われる図書館に繋げて古書を漁ってた中に紛れてたの」

「これは…………政府とこの施設の研究報告書ですね」

「そうよ。だいたい五十年くらい前のやり取りで、この頃は食料よりも、自然界に根付く植物の研究ばかりだった……」


 彼女が調べた過去の【グリーンベル】の活動日誌には、環境を整えるうえで政府と協力していた記述がしっかり残っていた。

 乾燥や氷点下に強い、人工植物の研究や培養などの計画が記録されていたのだ。


「普通だったら環境に関わるこの施設は、政府が進める『惑星再生計画』の要になってもおかしくない。なのに、現在はまるで食料プラントのような扱い…………いえ、食料プラントにされている」

「…………なるほど。あたしたちだって、緑化の研究をしているプライドがあるし、惑星の再生に関わるのは正当性があるわね」

「そうよ。政府にとってもこれはいい事よ。何の遠慮もしなくていいはずなの!」

「若いっていいわね……」

「あなただって………………まぁ、いいわ」


 彼女は『若い』と言われたことに反論しようと思ったが、部下の女性が眩しそうに彼女を眺めていることに、思わず言葉を飲み込んでしまう。


 現在、人間の平均寿命は50才。もしかしたら、最新のデータではもっと短いかもしれない。


 部下の女性はもうすぐ30才だ。彼女の倍以上の年齢であり、もう()()()()()()()を過ぎている。


 簡単に「あなたも若い」とは言えない。

 彼女の頭に『ある事』が過ぎっていった。




 …………………………

 ………………




 二年くらい前。彼女はこの研究施設から離れた所にある【中央都市(セントラルコア)】へ出張に行ったことがある。


 その都市はこの世界の中心で、政府お抱えの大きな研究施設がある場所だ。


 数日間滞在した研究所で、仕事中に研究員の一人が彼女の目の前で倒れて亡くなったのだ。


 死因は不明。

 その研究員は19才だった。

 彼には伴侶もなく、死後の後片付けをしたのは、一緒に住んでいたプログラムの『家政婦』だったという。



 10才で研究者になり、自分が死ぬことは遠い未来のことだと思っていた彼女は、その日以降、薬の服用なしでは眠れなくなった。


 ――――何かをやることに年齢は関係ないし、今やらないと明日にでも死ぬかもしれない。それは“上級”も“不適合”も平等なのよ。


 彼女は日常で“死”を恐れていた。


 彼女は自分の細胞を人口増加のために提供して、人類の存続に貢献している。しかし、いくら後世の人間に血を遺せても、自分が何も成し得ずに突然“死ぬ”ということに理解も納得もできない。


 自分だろうが他人だろうが、死んで消えることは許されない大罪のように思えた。




 …………………………

 ………………




 独自で『栽培区』の観察が始まってから一ヶ月。

 他の研究を進めながら『栽培区』の様子もこまめにチェックした。


 今日、観ていたのは以前に撮っておいた映像。彼女が視察に行った日の様子を、別の視点から見ようと思っていたものだ。


「…………やっぱり『教師』と子供たち、あんまり仲良くありませんね?」

「う〜ん……?」


 この日は『特別管理室』で部下の女性とレポートをまとめながら、『栽培区』の子供たちの様子を見ていた。


 この一ヶ月間、毎日毎時間張り付いていた訳ではないが、子供たちを管理しているプログラムの『教師』が彼らから遠巻きにされているのがわかった。


『教師』は平日の朝9時から15時まで出ている。その他、週に何日か不定期だが子供たちが寝静まった後に、畑の様子を見回っているのを確認していた。


 平日の昼間に『教師』が出ている間、子供たちは屋内で植物の勉強をしたり、畑の世話をしたりして過ごしている。

 もちろん休憩や遊びも充分取っていて、何の不満も無いように思えた。


 しかし、目の前に表示された画面の中、子供たちは元気に広場を走り回っているが、その場に『教師』が来ると途端によそよそしくなるのだ。


 まるで、慣れていない人物が来たかのように。


「……実のところ、最初に私は『教師』が子供たちに“虐待”してるんじゃないかって疑ったの」

「えっ、まさか!? プログラムがそんな事する訳ないわよ! 人格はきっちり決められているもの!」

「そうよね。特に何もないから、思い違いで良かったんだけど……でも、ちょっとおかしい事があるの……」

「おかしいって?」


 彼女は隣りにもう一つ画面を出して、少し前に録画した映像を部下の女性に見せた。


「これ、なんだけど…………」

「ん? どれどれ……」



 それは別の日の映像で音声は無い。

 時間は同じくらいで、今と同じように子供たちが広場で遊んでいる。そして、同じように『教師』が子供たちの近くへ歩いていく。


「…………あら?」

「そう…………()()よ」


 二つの画面を見比べれば差は明らかだった。


 録画では『教師』が子供たちを日陰へ手招きして呼んでいる。すると、子供たちは笑顔で『教師』の周りに集まり、大人しく彼の話に耳を傾けているように思えた。


 こちらでは『教師』が子供たちにとても慕われているようにしか見えない。



「同じ『教師』よね? 何でこんなに子供たちの反応が違うのかしら……」

「わからない。私たちが視察に行った時はいつも()()()なのよ」


 あっちとは“慕われてない方”である。

 姿は同じで出現する条件も時間も一緒。


 しかし、なぜこんなにも違うのか?


「子供たちが懐いている日に、決まった曜日とか日にちとかがあるとかは?」

「曜日は平日だけとしか決まってない。日にちも一日おきだったこともあるけど、二日続いたこともあった……」

「モニターの中では『教師』に特段変わったところはないけど、子供たちにとっては何か違いがあるのかしら?」

「えぇ。子供たち全員が……ってやっぱり変だもの。何かその場でしかわからない理由が有るはずよ」

「農場に頻繁に行ってみるしかないわね」


 その後、彼女と部下の女性は視察の回数を増やすことにした。




 …………………………

 ………………




 ――――ふぅ……最近は慣れてきたとはいえ、やっぱり農場は暑いなぁ。


 今週二回目の視察である。

 今日はチーフの彼女が一人でやってきた。


 視察を増やそうと決めてからふた月ほど経った。視察はまだ涼しい8時頃から、『教師』が来て説明を聞くまでの短時間にした。

 その時間なら、最近はスーツ無しでも日陰で様子を見ていることができるようになった。


「あ! お姉ちゃん、いらっしゃい!」

「この前のお花さん、元気になったかな?」

「うん。おねぇちゃんにもらった『えいようざい』をあげたら、すっごくゲンキになったよー!」

「なったなったー!」

「そう、良かったわ」


 彼女がスーツ無しで数回ほど訪ねると、5、6才の年少の子たちはすっかり彼女に慣れた。日陰にいる彼女の近くまで、ニコニコしながら駆け寄ってくる。


 しかし、


「「「…………………………」」」


 朝に視察へ来る度、一目彼女を見るなり数人の子供は彼女に対して敵意の視線を投げていた。


 ――――……また、私のこと睨んでる。何であの子たちには嫌われているんだろ?


「ねぇ、そこのあなたたち?」

「………………なに?」

「私、何か悪いことした?」

「っ…………!?」


 彼女は疑問に思ったことは、すぐに解消する性格である。

 睨んでる子供たちの中の一番年長の男の子(おそらく10才くらい)に声を掛けると、彼はあからさまにイラついた表情でそっぽを向く。


「ねぇねぇ、私のこと嫌いなの?」

「なっ……しらねぇよ!」

「ねぇねぇねぇ?」

「うるせぇなっ!!」


 わざとしつこく訊くと、男の子は怒りよりも気まずそうな顔になった。これは『彼女が嫌いか?』という質問に対して困っているようにも見える。


 ――――私を嫌ってない。じゃあ、照れてる? う〜ん、それも何か違う…………。


「みんな、おねぇちゃんのことスキだよー」

「そうなの? 嬉しい」

「うん。すきー!」


 脳内分析で黙り込むと、彼女が“悲しんでいる”と思った年少者たちがフォローに入ってきた。


「でも、何か怒ってる子がいるね?」

「うん、おねぇちゃんがくると『せんせい』がこなくなるからだよ」


 不意に言われた『せんせい』という言葉を、頭の中で反芻してしまう。


「………………え? 『先生』?」

「バカっ……!! いうなっ……!!」

「……ふぇっ……!?」


 咄嗟に年長の男の子が声を潜めるように、話した子供に向けて言い放つ。別の女の子が口に人差し指を立てて彼女に囁いた。


「おねぇちゃん、“シーッ!”……だからね?」

「な、何が?」

「……………………」


 彼女以外の全員が口を閉じる。

 その時、建物の奥から『教師』が歩いて来るのが見えて、子供たちは何も言わずに広場へ散っていった。


『あぁ、いらしてたんですね。宜しければ建物の中へ』

「あ……はい…………」


 ――――『教師』のことじゃないの?


 子供たちに視線を向けると、チラチラと彼女を窺うように見ている。


 ――――『先生』……『教師』じゃなくて『先生』か。


 その違いが、答えのような気がした。





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