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り狩女魔  作者: 平生
3/3

信用

 ショウが案内された場所は現代社会の風景で唯一浮いていた教会だった。

 大きさは国会議事堂くらい巨大でその大きさによって建物が余計に目立っていた。

 しかし、その光景をショウは見ることができなかった。ショウの目には高さ三十階程のビルが聳え立っており、普段立ち入るような場所ではないため中に入ることをためらった。


 そんなショウの前にルナが立つと門が開いた。ショウには自動ドアが開いたようにしか見えていない。そのまま中に入ったルナを追いかけるようにしてショウも教会の中へと入っていった。


 外装とは異なる空間にショウは困惑した。吹き抜けの天井、鮮やかな色で絵が描かれた外を見通すことができないガラス、奥の穴の空いた三角形のオブジェに向くように置かれている木で作られた机が置かれている。その光景は推察する誰もが教会と答えるような者だった。今時見ることがない景色にショウは唖然とした。そして、その空間の中には大勢の人が椅子に座り入ってきた者たちへと体を向けている。服装は様々だが首には穴の空いた三角形の首飾りを皆がつけている。統一されているのかいないのか、奇妙な光景を作り出す者たちは体こそ向けどその視線の先には初めて見るはずのショウには目もくれずルナを見つめている。その目には羨望、親愛、尊敬などと言った感情が宿っていった。好感を抱いていると物語るその目にルナは苦虫を踏み潰したかのように居心地を悪そうにしていた。

 不機嫌さを隠しもしないルナをショウは不思議に思いつつも、聞いたことで引き起こされる面倒事を想像すると尋ねる気力が失せた。


 先程まで警戒していたショウが後ろにいることも忘れ、ツカツカと歩き出した。向かった先はこの教会と思わしき場に最も適した、それでいて周囲の人と比べれば浮いているような格好、膝下までに達した黒いコートにはボタンがびっしりとついており、腰には金色のベルトが巻かれ、それと同色の三角形の首飾りを付けた短髪の男だった。


「大司祭はどこにいるの?」


「いつもの場所です」


「そう。ありがとう」


 そう言うと正面から右に曲がって歩くとそこにある何の変哲もない扉を開けた。


「あれ?何もない?」


「左側に扉があるでしょ?あれを通るの」


 そう言うと会話は途切れた。話をする気がないショウの態度に不機嫌さを撒き散らしたが、自分の行いを振り返ると自身に話しかけようとする要素が全くなく、むしろ好かれることをしていないことに気づき苦笑した。


 扉の先にもまた扉、それを数回繰り返す。すると、ショウの運命を変えたひび割れがそこにはあった。固唾を飲み緊張感を覚えたが、ルナがそれに対して躊躇することなく入っていく姿を見て張り詰めていた意識を霧散させた。




 ヒビへと触れた次の瞬間、ショウの目には閉鎖的な空間が広がっていた。辺りを見回すとルナの姿こそなかったものの背後にある扉が開けっぱなしであったことからそこを通ったのだろうと検討を付け、奥の部屋へと足を踏み入れた。

 開いたままの扉を頼りに移動し続けるもところどころに装飾があるだけでほとんど景色の変わらない部屋を何十回も見続ける。嫌気がさしこのまま来た道を戻って逃げてもバレないだろうと考え始めた時、先程まで見続けた部屋とは異なる大広間に着いた。

 大広間にはルナが待ち構えていたが、他にも大司祭の居場所を教えた男と同様の格好をしたもの、そのものとは正反対の真っ白なコートを着た男がショウへと視線を向けていた。敵視する者、驚き目を見開く者の両方が存在したが、どちらもショウを攻撃しようとはせず、ただショウの動きを注視しているのみだ。


「遅いよ」


「すみません」


「じゃあ大司祭に会うから着いてきて。あ、それと大司祭に対して失礼な発言はしないでね。もししたらたぶん殺されるから」


「分かりました」


 ルナが平気な顔で言った自分が死ぬ可能性を示唆する発言、周りから向けられる視線に肝を冷やしつつ、ルナの後を追った。ショウに向けられていた視線は既になく、各々が自身の行動に移った。




 数分歩くと豪勢な扉がショウとルナの視界に入った。そして、その前には鎧を着た二人の男がルナを見ては顔を綻ばせる。だが、隣にいる者を見ると表情が険しくなった。


「ルナ様、隣のお方は?」


「魔女殺しの功労者、かな?大司祭がこの子を連れてくるように私に言ったんだ。だからそんなに警戒しなくても大丈夫だよ」


「あ、はい!お通りください」


 扉の前に立つ二人の男は背丈の三倍ほどの大きさの扉を開けた。そこには真っ白な祭服を着た皺の寄った顔をした老人がうっすらと笑みを浮かべていた。


「大司祭、ショウを連れてきたよ」


「その者が赤の魔女を殺すという偉業を成し遂げた人ですか。どうも、市川コウゾウと申します。貴方の名前を聞いてもよろしいですか?」


「霧島ショウです」


 最低限の返答を済ませたショウはコウゾウが作り出した威圧感とは異なる、自身の選択肢が従順に従うこと以外が消え失せてしった。ショウはコウゾウによって支配された場の空気に完全に飲まれていたのだ。


「早速ですがショウ君、君にはやってもらいたい事があります」


「なんですか?」


「私達の敵である魔女を倒してもらえませんか?返事を貰う前に魔女について説明しようと思います。魔女とは私達が所属するアリス教団が崇める神に敵対する者達のことです。魔女は総勢13体存在しており、その13体の目的は教団が崇拝する神を殺すこと及び、神の信者の抹殺です。ここまでは理解できましたか?」


 コウゾウの問いかけに対し無言で頷いたショウは面倒そうな頼み事をされそうだと薄々感じつつも、話の途中で拒否するのも気が引けたため口を挟まなかった。


「では続きを。魔女はそれぞれ固有の能力を持っており、その全てが強力です。それに対抗することが可能なのは魔術を扱うことができる人間です。ですが、魔術を使うことのできる人間は非常に少なく、使うことのできる人間も戦闘経験が少なく魔女を討伐できる者など一握りなどです。そこで昨日赤の魔女を殺す偉業を成し遂げた君に頼み事をしているのです」


「その頼みを引き受けたところで俺に何かメリットがありますか?その話を聞く限り俺が魔女を殺す必要なんてないと思うんですけど。それに魔女ってメチャクチャに強いんでしょう?そんなのと戦うくらいなら逃げた方がいいと思うんですけど」


 赤の魔女とはなんだと言う疑問が浮かんだものの、話の本題に関係なさそうだと思い自身の興味を抑え込んだ。そして、コウゾウの話を受けるか受けないか、その決断をするための判断材料を集めようとした。もっとも、頼み事をする相手に対して自身の損得に関わる質問をしても相手の都合の良い話をするだけだ。ショウもそれを理解している。しかし、コウゾウが嘘や隠し事をするはずがない、そんな謎の自信があった。


「えぇありますよ。魔女を全て殺せば君を生き返らせることができます」


 ショウは勿論のことルナまでもが驚愕を露わにした。ショウが死んでいると暗に述べているコウゾウの発言は二人が予期しないものだったのだ。


「は?いやいやおかしい。俺は今生きている。あなただって俺と会話しているじゃないですか。それともなんですか?今の俺が幽霊かなんかだって言いたいんですか?」


「幽霊ではありません。確かに君はこちらの世界では生きています。ですが、君が元々暮らしていた世界、君が通ってきた空間の歪みの向こう側では君は死んでいるのです」


「いや、元々いた世界って……なんで片方では生きて片方では死んでいるんだよ。意味わかんねぇ……」


「君が死んだのは赤の魔女が原因でしょう。元々こちらの世界を認知すらしていなかった君がこの世界で死んだことで通常あり得ないようなことが起きたのでしょう。私が推測することができるのはここまでです」


 開かれていた本を眺めながら話したコウゾウは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 そしてコウゾウから告げられた衝撃的な内容に敬語を使うことも忘れるほど驚いたショウは、突きつけられた現実を否定したいが、頭の奥底がそれを現実だとショウへと発していた。項垂れているショウに同情しつつも、かける言葉が見つからないルナは気まずそうにしていた。


 ドアが勢いよく開いた。


「大司教!大変です!魔女が現れました!」


「ふむ……第一小隊は既に向かいましたか。では、第二、第三小隊は即刻向かわせてください。そして、第四小隊から第七小隊は40分後、市川ジンを中隊長とした中隊として編成し向かわせてください」


「はい!わかりました!」


 するとドタドタと足音を立てて神官に大司祭からの指示を伝えるべく大急ぎで向かった。


「それとショウ君。先程の話、引き受けてくれますか?」


「……あぁ、いいぜ」


「よかった。では早速魔女を倒すべく向かってくれませんか?ルナの指示に従ってくださいね。ルナ、場所は代々木公園の裏地です。ショウを連れて向かってください」


「了解しました」


 先程来た黒服の男ではなく、白服の男が大司祭の部屋に気兼ねなく入ってきた。


「大司祭様、ゲンです。司祭様から話を聞かせていただきました。僕にも討伐へと向かう許可を与えてくださいませんか?」


「駄目だ。お前はここに残りなさい」


「僕の実力があれば魔女に遅れを取ることなどありません。それなのに何故僕をこんなところに押しとどめようとするのですか、父さん」


「魔女はお前の想像より遥かに強力だ。お前一人が行ったところで戦況は変わらないだろう」


「状況は芳しくないのですね。ならば戦力は一人でも多い方が良いはずです。僕を魔女と戦わさせてください」


「駄目だ。後にジンを中心としたまとまった戦力を向かわせる。お前が行く必要はない」


「他所者には戦わさせるのに何故僕にはさせてもらえないんですか!」


 そう言ってゲンが差した指の先には呆気に取られて顔をしたショウの姿があった。


「既に彼は他所者ではない。それに彼は魔女を一体討伐している。我々が未だ一体も倒すことが叶わなかった魔女をたった一人で倒している。そんな彼を使わない理由はない」


「その男を信用するのですか!僕には到底信じることなどできません!だいたいその男がソロボルオ秘密教団の手の者だとしたらどうするつもりですか!」


 ゲンの問いかけに対しなんの返事もせず手元の本に視線を落としたコウゾウは苦々しい顔をしながらもゲンに対する返事を捻り出した。


「……ではショウ君に首輪なりなんなり付ければ良い。それでお前が彼を信用できるのならな」


 許可を貰ったゲンはゆっくりとショウの方へと向かっていった。それにルナは警戒心を示すもののゲンの鋭い眼光にたじろぎ、ゲンの進行を止めることはできなかった。


「ショウ君、これを付けてくれるかな?」


「……やだね」


 ズタボロな精神状態の中でも一瞬の逡巡を経て拒否をすることが出来た。だが、ゲンはそれを良しとしなかった。有無を言わせない眼光、それに違和感を覚えつつも従わなければならない、そんな思考が頭の中で流れた。

 しかし、先程の会話は当然聴こえており、ゲンの自身に向ける感情が薄暗いものだとは理解している。だから、視覚から得ることができる脳の命令を拒絶することが出来たのだ。


「付けるんだ。君にはこれを付ける義務がある」


「じゃあその首輪はなんだって言うんだ。教えてくれよ。そしたら付けるかどうか考えてやっても良いぜ」


「付けたら説明をする。さぁ付けるんだ」


 コウゾウ、ルナ共に口を出してはこなかった。そしてゲンの目から発せられる抗い難い命令も次第に強くなっていく。ショウは屈した。己の脳から発せられる命令が体の隅々まで届いてしまった。自ら首輪を付け飼い慣らされることを選んだのだ。


「ほらよ。これで良いだろ。じゃあ早く説明してくれ。俺も行かなきゃならねぇんだ」


「それは君の制御装置だ。もし君がアリス教団に楯突こうものならこのスイッチ一つで首が絞まるようになっている。くれぐれも歯向かおうとは思わないことだな」


 ゲンの口から説明を聞いていたショウは怒りで狂いそうになっていた。けれども、怒りに身を任せたところで死ぬのは自分だけだろう。仮にゲンを殺せたとしても自分が死ぬのは免れない。死に対する恐怖が短絡的な行動を押さえつけた。


「わかっております。ルナ様、このボタンは貴女にお渡しします。貴女の裁量でこの者を殺すか殺さないか決めていただきます。貴女がこの者に肩入れをするなど考えられないことですが一応忠告しておきます。首輪は外さないように。では僕はこれで失礼します」


 ゲンが部屋を出ていった後、部屋の中にはが沈黙が広がっていた。首輪を付けたものに対する怒り、それに混じって死に瀕していることに対する恐怖心を抱いていたショウ、ショウに対する同情と自身の手元のスイッチが一人の命を奪えることに対して怯えていたルナ、手元の本を黙読していたコウゾウ、三者三様でありながらも誰もが言葉を発しなかった。


 沈黙を破ったのは本を閉じ、ショウの瞳を真っ直ぐ受け止めたコウゾウだった。


「ショウ君。先程はゲンが、私の息子が不敬を働き申し訳ございませんでした。言い訳がましいことを言いますが、君を信用していないのはゲンだけではないでしょう。神官の多くは君のことは良く思ってはおりません。そのことはご理解ください」


「……あぁ分かってる。それにもう気にしていない。それとルナ先輩、行かなくて良いんですか?魔女を倒しに」


「行かなきゃ。ショウ君付いてきて」


「神の御加護があらんことを」


 そう言って手で三角形を組み神に祈りを捧げたコウゾウを後にし、ショウは部屋を出ていった。暗い笑みを浮かべて。

 

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