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り狩女魔  作者: 平生
2/3

暴力女

 二十メートル以上音速を超えた速度で落下し着地をすれば当然負傷する。それは超人の動きをしたショウも例外ではなかった。地に足をつけたのは良かったものの反動で膝までの骨が砕けた。アドレナリンが脳から溢れんばかりに出ていたもののかなりの痛みを感じていた。だが、ショウにそれに意識を向ける余裕はなかった。

 人ならば確実に死ぬ攻撃を二度も与えた。それでも何事もなかったかのように戦闘を続けた赤い鎧の男を殺したと思うことはできなかった。

 ショウが真っ二つに切った敵を見る。その場から動く身体的余裕はなく、自身の両脇に半身ずつ倒れる姿を眺めることしかできなかった。赤い鎧の男はピクリとも動かない。それを見たショウは安堵し、自身の体も限界だったため意識を手放した。



***



 真っ赤だった空も黒く染まり、月が落ちそうになった頃、ショウは目を覚ました。朦朧とする意識の中、コンクリートから体を離し立ち上がった。自分が道路の真ん中で寝ていたことに困惑し周りを見ると家が何十軒と建ち並ぶ、至って普通の住宅街の景色が目に入った。

 住宅街にある道で寝ていたと言う事実にますます困惑しつつも、少し時間が経ったことでこの住宅街で赤い血溜まりがあったこと、赤い鎧の男に殺されかけたこと、赤い鎧の男と死闘を演じたこと、赤い鎧の男を倒したことを思い出す。

 ショウは再び自身の周囲を見る。今度は先程とは違い、周囲の状況確認のためではなく赤い鎧の男の死体を確認するためだ。しかし、いくら死体を探しても何も見つからない。一度消えたはずの困惑がより肥大化して戻ってくる。赤い鎧の男が実は生きていてここから立ち去ったのではと考えるものの、周りにあったはずの血が血痕すら残っていない。さらには、殺し合った相手の息の根を確実に止めずに立ち去るのは非常に考えづらい。

 夢だった、ショウはそう結論付けた。

 たしかに道端で寝ていたことやこの辺り一帯の家に生活感がないことなど説明不可能な状況があるにはある。けれども、超常的力を使って超常的な能力を持つ者と殺し合ったと考えることは相当イカれてなければ無理だろう。ショウはそんなイカれている側の人間ではなかった。


 だが、ショウの楽観的考えはすぐに打ち砕かれることとなった。

 

 全てを夢の中の出来事として片付け、家に帰ろうとした。妹は昨日喧嘩したから多分心配してないだろうが父と母は心配しているだろう。早る気持ちに身を任せて足早に帰り道を歩いていた時だった。目の前の空間にヒビが生じていた。ショウが触れてから消えたはずのヒビが再びショウの前に現れた。

 その事実が夢だったというショウの淡い期待を打ち砕いた。死体が転がっていたのも、赤い鎧の男に殺されかけたことも、赤い鎧の男を打ち倒したことも、足の骨が折れたことも現実で起こったことなのだと自覚させた。

 また触れたら赤い鎧の男と戦ったように、今度は違う敵と戦うことになるのではと頭をよぎったが、自身の直感はそれを否定し、触れることを薦めてきた。自身の考えと直感のどちらを信じるか天秤にかけるといったこともせず、ヒビに再び手を触れた。

 一度目と同じように景色は変わらなかった。強いて言うなら周りにある家の数件から光が漏れていたが、ショウはそれらに気付くことはなく家に向かって走り出した。



***



 家の電気は妹の部屋を除いて消えていた。時計を見ると既に十二時を過ぎていたがショウの両親は家にはいないようだった。肉体的にはまったくもって問題はなかったが、精神的に疲労が溜まっていたため、風呂は明日の朝にしようと思いそのままベッドの中に入って寝た。喧嘩によるわだかまりもあり妹に話しかけようとは思わなかった。


 翌日、ショウが起きると既に九時となっていた。HRの時間はとっくに終わり一時間目の授業が始まっている。当然、遅刻を免れることはない。学校をサボろうかと考えもしたが、父親はまだしも母親がなんていうか分からない。なので、しぶしぶ用意を始めた。

 両親はどうして起こしてくれなかったのだろうかと思いもしたが、そもそも起きれない自分が悪いと嫌な現実に素直に目を向け、学校へと向かった。その足取りはゆっくりとしたものだったが。


 学校に到着したのは二時間目の途中だった。授業中の教室に入ることは非常に難しい。どれくらい難しいかと言えば好きな先生に対して生徒が告白するくらいには難しい。ショウにはドアを蹴破るくらいの勢いで開け、大声で遅れて申し訳ない旨を伝えるくらいは容易なことだが、常識的に考えて遅れたのにも関わらず自信を感じさせるような態度を取ることは如何なものかと思い、踏みとどまった。

 結局、ドアを静かに開け困り顔で入ってくるという他人から見れば腹立たしい態度を取ることにした。そして、教室の中へ一歩入るとその場で立ち止まり先生に顔を向け助けを求めた。それが先生の怒りを抑えるためのこの場における最適解だと思ったのだ。

 呆れた声を出しつつもショウへと助け舟を出してくれるそう思っていた。だが、実際にはショウを無視した。正確にはショウが入ってきたことに気づいていなかった。ショウの前にいるクラスの廊下側の一番後ろにいるかなりあたりの席に座っているものを当てたりもした。当然、ショウは見えるはずだ。だが、先生はショウのことを認識していなかった。

 ドアを思いっきり閉めることで大きな音を出して気づかせようともした。しかし、何の反応もなかった。ドッキリかと思い友人に話しかけたり肩を叩いて呼んだりもした。けれどもショウの呼び方に応じることはなかった。

 教室を出て職員室に行ったりもした。そこでもショウに気付くものは誰もいなかった。

 もう帰っていいかなと考えたりもしたが、今日帰ったら家の守人になるかもしれない、そう思ったため教室に戻り席に座った。家には帰らないものの授業を受ける気にもならない。そのためカバンを枕として寝た。


 休み時間になっても友人はショウに対して話しかけることはなかった。そして、ショウも授業を一切聞くことなく寝続け今日も空が真っ赤になるまで寝た。



***



 ショウが起きた時、ショウの前には一人の女が立っていた。その女はショウの目をじっと見ていた。

 日本人離れした白髪は肩にかかっておらず切りそろえており、真っ赤な瞳でショウを見ていた。うっすらと浮かべている笑みからは尖った歯が見えている。制服を着ているもののショウの学年が着ている物とは色が少し薄いことから三年生だろうということが分かる。

 何故三年生の先輩がわざわざ自身の前にいるのだろうと考えるくらいには寝ぼけている。そもそも、今日は誰にも認識されていなかったのだ。普通は何故自分のことが見えているのだろうという疑問を持つ。


「目が覚めたようだね」


 女は状況が飲み込めていないショウに声をかける。

 声をかけられたことで次第に意識が覚醒する。そして、どうして声をかけるのだろうかと疑問に思いつつ自分の周りに目を向けると目の前の女が三年生であろうこと、自身が縄で縛られていることに気付いた。


「誰ですか?」


「私の名前はルナ。藤村ルナだよ霧島ショウくん」


「じゃあルナ先輩、何で俺を縛ってるんすか?もしかしてそういう癖を持ってるんすか?だったらちょっと……。いや、別に先輩の趣味は素晴らしいと思っていますよ。ただ……言いにくいですけど、俺そういうのもってないんで縄解いていただけます?」


「そういうのじゃないよ。それと解くのは無理かな」


 ショウのふざけた問いにイラつきつつも穏便に済ませるため笑顔を深めて答える。


「どうしてですか?俺なんかやっちゃいました?」


「そう、君がやっちゃったことについて聞かなくてね。昨日の件についてなんだ」


 ショウの顔が一気に強張る。赤い鎧の男の知り合い、仲間か敵かは分からないがどちらにしろ面倒ごとになるのは必然だ。特に仲間の場合は最悪この場で殺される。


「昨日の件ってなんですか?昨日道端で寝ていたことを聞いているなら申し訳ないんですけど、それについてよく覚えてないんすよね。先輩はなんか知ってたりします?」


 馬鹿正直に話すことは得策ではない。かと言って明らかに矛盾することを言えば何をされるか分からない。自分を縄で縛ることを躊躇しない人間だ。情報を聞き出そうとしている雰囲気のため虚偽の申告をしたところで殺されはしないだろうが暴力を振るわれうこと、骨の一つや二つ折られることもあるだろう。

 そのため嘘と断言するには難しいこと、覚えていないと惚けることにした。それがこの場で最善の行動だと思ったのだ。


「これを見て」


 ルナはショウにスマホの画面を見せた。そこには倒れているショウと血溜まりの中心に赤い鎧の男の死体があった。


「なんですかこれは!?どういう状況なんですか!?」


 あくまで惚ける。ショウはこのまま覚えてないの一点張りで逃げ切るつもりだった。


「惚けるんだ。じゃあ仕方ないね」


「惚けるって何を惚けてるって言うんですか!俺がh!?」


 ショウが錯乱しているフリをし、大声を上げ自分は何も知らないと言う旨を必死で伝える。

 しかし、ルナの中では既にショウは関係者だと断定していた。ショウが必死に知らないと訴えている中、ルナはショウの口の中に銃口を突っ込んだ。

 驚き、狂乱し叫び声を上げるも口を閉じることができず言葉にならない。無理だと分かっても口を閉じようとして歯が折れてしまう。


「黙れ」


 ルナの有無を言わせない表情にショウは恐怖し、叫ぶことはしなかった。それと同時に落ち着き、この状況を打破すべく風を手に集めようとする。

 その動きを察知したルナはためらわずショウの右頬を撃ち抜くために引き金を引き、銃弾が貫通した。

 絶叫をあげる。あまりにも大きかったため本来なら様子を見にくる人がいたはずだった。しかし、当然ショウの絶叫に反応を示したのは不快感を覚えたルナだけだった。


「うるさい。喋るな。声を出すな」


 冷え切った声色でショウに対して命じた。

 痛みは酷かったものの、このまま叫び続ければまた撃たれる。それを察したため、ショウは必死に声を押し殺した。少し呻き声を上げていたためまた撃たれるのではと内心怯えていたものの、ルナは撃つことはなかった。


「これから私が聞く質問に対してYESなら首を縦に振れ、NOなら首を横に振れ。わかったな?」


 有無を言わさぬ態度にショウは従わざる負えず、首を縦に振った。


「お前は昨日、赤の魔女を殺したのか?」

 

 赤の魔女という名前に聞き覚えはなかった。だが、昨日赤い鎧の男を倒したこともあり赤の魔女とそれを結びつけ、赤い鎧の男が赤の魔女と呼ばれているのだろうと推測し首を縦に振った。


「赤の魔女を殺したのは誰かに命じられたからか?」


 ショウは赤の魔女を成り行きで殺した。字面を見れば相当なものだが、そうとしか言いようがない。よってNO。


「ソロボルオ秘密教団の名前に聞き覚えはある?」


 そんな如何にも怪しい新興宗教のような名前と縁のあるような生活を家族単位で過ごしていなかったため首を横に振った。

 すると、ショウに対する質問は終えたのか銃をショウの口内から外へと出した。そして、傷ついたショウの頬に右手で触れると空いた穴が塞がった。


「えーっと……ごめんね」


 ハートが最後につくような甘ったるい声でショウに謝罪した。

 美しい大人の雰囲気を纏った女がそんな声で謝ってくる。普通の人ならば惚れてもおかしくないだろう。だが、ショウは一歩間違えれば死ぬ、そんな状況にあった。自身の未来を奪おうとした相手に好意を抱くはずもなく、ルナの顔を睨みつけた。


「許してよぉ」


 先程までの殺気のこもった声とは異なり、ショウに取り入るようにか弱い声音で許しを乞う。けれどもショウの恨み心は揺らがなかった。恨みを持っていても下手に手を出すことはできない。風の剣を作り出し反撃をしようと試みたのにも関わらず、それを察知されたのだ。なんの予備動作もなかったが気付かれた、経験の浅いショウはそのことからルナを相当な手練れだと判断したためショウから攻撃しようとはしなかった。


「嫌です。自分のしたこと覚えてるんですか?よく言えますね」


「でも疑われるのは君が悪いんだよ?魔女を倒せるような人物がそこら辺でのうのうと生活してるなんて普通はありえないんだもん。組織に所属していると考えるのが当然だからね。その組織っていうのも私達と敵対しているものが多いからね。敵対組織の構成員は殺さなきゃだもんね」


「それでもいきなり銃を口の中に突っ込むのは許せませんね」


 自分の話を何故疑いもせず信じたのか疑問に思ったが、下手なことを聞いて自分の立場を危うくしないためにもそれ以上は話そうとはしなかった。

 ルナの方もショウから嫌悪されていることに気付いているが、それを問題だとは思わなかった。


「縄を解いてくれませんか?締め付けがキツいので早くお願いしたいのですが」


「解いてあげる前に一つだけお願いをしても良いかな?」


「……良いですよ」


「原理教に入信してくれないかな?」


 お願いを聞くことにはかなりのリスクを伴う。これからまともな生活を送れなくなるような願い事を叶えなければならないかもしれない。しかしながら、聞く聞かないなどと言った選択肢はショウには与えられていない。叶えなければ殺されるだろう。願いを聞いたところで死ぬより酷いことにはならないだろうと言った楽観的な推測によって渋々ではあるが引き受けた。

 そのお願いが宗教に入れと言ったものだった。日本人が忌避しがちな宗教、それも聞いたこともないような宗教であれば尚更だ。断りたいと願ってはいるもののそれをすれば肉体と意識が永遠に離れ離れになるかもしれない。ショウに与えられた答えは一択だった。


「はい。入ります」


「良かった〜。もし入ってくれなければどうしようかと思ったよ」


「あの、解いてください。キツいっす」


「あ、ごめんごめん」

 

 自分を縛っていた縄が解けるとぐーんと体を伸ばした。その間にルナがほざいていたもし入ってくれなければ云々の話でイラついていたことはすっかり頭から抜け落ちた。


「よし!教会に行こっか!」


 そう言うとルナはショウを前に歩かせ道案内しながら教会へと向かった。

 

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