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思い出の情景  作者: 翔鳳
3/5

試合に勝てなさすぎて、闇落ちする少年

「10対2で先行チームの勝ち、礼!」


「「「「「ありがとうございました!!」」」」」


 今日も今日とて圧倒的大差で負けてしまった。僕は2軍チームの4番として出場して、ホームラン1本と2打点の活躍だったが、焼け石に水と言ったところで全く敵いもしなかった。


「ああ、今日も勝てなかった。何時になったら勝てるんだよ、このチームは……」


「何言ってんだよ、いつも負けているじゃないか。今日に限ったことじゃないのに何でそんなに落ち込んでいるんだよ?」


 チームメイトが負けたにも関わらず、ヘラヘラした顔で話しかけてきた。


「頼むから負けることに慣れないでくれよ。お前は悔しくないんか?」


「別に、俺は野球をやっているだけで、後はどうでも良いかなぁって」


 初めて2軍が結成された時は、みんなで1軍を見返すぐらい勝っていこうと決めたにも関らず、みんな骨抜きになってしまった。おかげさまで戦えばほぼ負けるという悲しいチームだ。

 スコアブックが付けられていたので試しに開いてみたところ、勝率が1割を切ってしまっていた。最近勝利を味わっていないなと感じていたが、事実が判明したようだ。

 スコアブックで自分の成績を眺めていると、集合の合図がかかった。1軍も試合が終わったようで、合流することになった。

   ・

   ・

   ・

「いやぁ、今日は珍しく負けたわ。あかんかった、ハハハハハハハハハハハハハハ」


 勝率9割を超える常勝チームであった1軍が珍しく敗戦したようだった。


「そういうこともある、まあ次は勝つやろ。ガハハハハ」


 1軍のメンバーとその父親達が笑いながらやってくる。負けて笑顔で帰ってくる連中を見ていると、無性に腹が立った。


「なに負けて帰ってきて笑っとるんじゃボケ! こっちはな、1勝が重すぎて毎日悔しい思いをしとるんやぞ。ホンマに、いつも勝っとるからと言って気楽なもんでええよな!」


 いつもなら我慢できる状況だ。でも今日に限って我慢することが出来なかった。


「おん? 2軍の4番が何か言っとるやん。お前らは“今日も”負けたんやろ。仲間やん仲間、仲よくしようや」


「一緒にするなよ、別に負けてヘラヘラしてねえよ。こっちは負けるたびに悔しくて仕方ないんだ」


 言い合っているが、完全に2軍の他の奴らは1軍に媚びてしまっている。なんだよ、悔しくないのかよ。


「もうええわ、不愉快やし帰るわ。ホンマに……こんなところに居たら負け犬根性が付いてしまう、アホらしいわ」


 本当は最後に全員集まって全体の監督からご指導を賜るところだったが、もうそんなのどうでも良い。荷物をまとめて帰ってしまった。

   ・

   ・

   ・

「ただいま、帰ったよ」


「お帰り、今日は勝てた?」


 お母さんはいつものように台所から出てきて、出迎えてくれる。


「駄目だった。ちゃんとホームランは打ったんだけど、ピッチャーがストライクを入れられないから、無限に点数を取られちゃうや。それにトンネルにバンザイと言った感じで、守備も信用できないし、あかんわ」


「またそんなこと言っちゃって、野球はチームのスポーツなんだからそんなこと言っちゃだめよ。みんなで勝たなきゃ」


「みんな勝ちたいって思ってないから勝てっこないよ。今日はもういいや、弟と話してくる」


「そう? 晩御飯はもう少しで出来るから、早くするのよ」


「わかった」


 弟は、テレビの前でのんびりとアニメを見ていた。こっちは辛い思いをしているのに、良い気なもんだ。


「ただいま、兄ちゃんまた負けちゃったよ」


「また負けたん? お兄ちゃんって今日もホームラン打ったんでしょ、何で負けるの?」


「聞いて驚くな、2打数2安打1ホームラン2打点だ。なお試合結果は10対2で完全敗北した」


 弟はもはや驚いてくれず、いつものように淡々と聞いている。


「兄ちゃんが全打席全ホームラン打っても負けるんじゃないの、もう何をやっても負けるやん」


「お兄ちゃんな、分かってん。こうなったら正攻法では勝てないわ、手段は選べないで」


「野球に正攻法以外ってあんの?」


 本棚から本を取り出す、野球のルールブックだ。


「お兄ちゃんな、ルールブックをある程度読みこんだんよ。あと審判の動きもしっかりと見ていたんだ、任せろ。お兄ちゃんのスポーツマンシップは汚れてしまったんだ」


「ご飯できたよ! 早く来なさい」


 母からの呼び声で食卓に着く。次の試合が楽しみだ。

   ・

   ・

   ・

「あっ、ボークボーク!!」


 とんでもなく稀だけど、ランナーが3塁まで到達していた。だからピッチャーが投球動作に移った瞬間にいちゃもんを付けてやった。すると投げる前に動作を止めるからボークになる。ランナーは進むことが出来るので、得点できるという寸法だ。何回もできないけどね……


「あっちのチームから、変ないちゃもんを付けられました」


 すぐに抗議が入る。狙いは声を上げた自分だ。


「ボークに見えたんですよ、ちょっと肩の動きが怪しかったので声を上げてしまいました。実際ボークになりましたね。」


 相手チームはもっと何か言いたいようだったが、これ以上は言えないようだった。

 そして守備の時、相手チームの4番が快音を鳴らした。飛んで行ったボールは、ライト線の上に乗るかと言ったところだった。

 1塁塁審はボールを見ていて、主審はホームベースを掃除していた。僕はファーストを守っていたので、一塁を踏んでいるのかを確認していた。

 しっかりと打った本人は1塁ベースを踏んでいったが、審判が見ちゃいない。ああ審判団さん、そんな隙を見せちゃいけないよ。おかげで悪いこと思いついちゃったから……

 しっかりとランニングホームランを打たれて、投手にボールが帰ってきた。すぐにボールを貰って、1塁ベースを踏む。


「審判、ランナーが1塁を踏んでいませんでした。アウトですよね?」


 審判達が大慌てになる。そりゃそうだ、誰一人として見ていなかったのだから。そして一塁は踏まれた後にしれっと戻して、土の汚れもさりげなく掃除してやった。完璧だ……


「しっかり見たのか?」


 審判に詰められてしまう。馬鹿じゃないのか、その質問事態がもう貴方達の答えじゃないか。


「はい、私は踏んでいないと思ったので申告したのですが、“誰も見ていらっしゃらなかったのですか?”」


 審判を威圧してやる。貴方達の誰もが見ていないことを僕が確認してやっているからな。さあ、【見ていないけど、1塁ベースを踏んだことを証明してみせろよ】

 審判たちは話し合った結果、アウトの判定が出た。ホームランをアウトにしてやったぞ、ざまあみやがれ。

   ・

   ・

   ・

「6対3で先行チームの勝ち、礼!」


「「「「「ありがとうございました」」」」」


 おかしい……こんなことは許されない。これほど盤外戦術を駆使しても負けてしまった。やはりこの程度では雑魚チームを勝たせることは出来ないようだった。速やかに新しい作戦を取る必要がある。負けてしょぼくれている時間は無かった。


「ということで弟よ、どうやら多少の卑怯な手では勝てんことが証明されたぞ」


 弟と作戦会議が始まった。と言ってもいつもこちらの一方通行だが……


「お兄ちゃん気が付いたんだ、相手のエースは大体4番だ。こいつの顔面に剛速球を投げつけて病院送りにしてしまえば勝てるんじゃないか」


「兄ちゃん、流石にそれは野球というプロレスだよ」


「じゃあ敵チーム全員をデットボールの嵐で襲ってやろう。腰が引けて打てなくなるぞ」


「流石に不味くない? もし相手が勇気をもっていたら打たれちゃうよ」


 ぶっちゃけ否定されることは分かっていた。ちょっと自暴自棄になって適当なことを言っているだけなのだから……


「お兄ちゃんな、ホームランを捨てて、1人で100球ぐらい投げさせて相手投手を破壊しようと思うんだ」


「どうやってそんなことするの? そんなことできたっけ?」


「簡単だよ、全部スイングして全部ファウルボールにしてやればいいんだ。お兄ちゃんな、実はワザとファールを打つことが出来ることに気が付いたんだ」


「変なことに気が付いちゃったね」


 ちょっと自慢したいことがあったので、無理やり持っていった話だったが……


「お兄ちゃんね、1軍との紅白戦でさ、嫌がらせで相手のベンチめがけて打ってみたら面白いように打てたんだよね」


「兄ちゃん、悪人にもほどがあるよ」


「15球ぐらい投げさせた後にフォアボールで歩いたんだけど、これって使えるんじゃないかってね」


「相手のベンチを破壊するんだね、流石兄ちゃん!」


「違うわい、流石にそれはしない!」


 わが弟ながら恐ろしいことを考える。誰がこういう風に育てたのだか。


「いいか、ボール球でも全部ファウルボールにしてやる。ちゃんとスイングしてやれば、疑われないだろうから、それでエースを破壊してやるんだ」


「じゃあ特訓だね、兄ちゃん」


 次の試合まで、弟とエレベーターホールでバッティング練習をした。完全に迷惑な奴だが、勝利のためには仕方ない犠牲だ。

 そして次の試合で実践してみたけど、20球で審判から警告されて、目論見が外れてしまったのだった。


「ふざけるんじゃない、僕は勝ちたいだけなんだ。絶対に勝ってやるからな! よし、次は乱闘騒ぎに持って行って敵チームを失格にしてやるんだ!」


~END~

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