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思い出の情景  作者: 翔鳳
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宴会は仕事ですか?

「宴会は仕事ですか?」


 年下の部下である大松君が突然話しかけてきた。

 彼は個人でやる仕事についてはとても優秀なのだが、人付き合いはどうも苦手なようだった。


「宴会か? 楽しいじゃないか、みんなと酒を飲んで語り合うのは好きだよ。僕は酒なんてなくても心を開いて話すことができるんだけど、どうもみんな恥ずかしがり屋みたいだね」


 端っこで三角座りをしながらチビチビ飲んで口を尖らせて不満そうな顔をしていた。宴会の喧騒の中には混じらずに、ただアルコールを摂取するだけの時間を過ごしているようだった。


「先輩、宴会って絶対に参加しないといけないんでしょうか? これって仕事ですよね、お給料出ないのにお金まで出して、一緒に飲みたくない人達と飲みたくないです。しかも時間を拘束されているし……」


「おいおい、じゃあ僕とは飲みたくないって言うのかい?」


「先輩は別です、僕のことを理解してくれるから」


 大松君は仕事がとても仕事が早く、かつ丁寧だ。でも弱点として頑固な職人のようで、他人を寄せ付けない。そもそも僕以外の他人を信用していない。どんな偉い人が来て話しかけても


「今集中して仕事をしているので、話しかけないでください」


 なんて言ってしまう子だ。でも、僕はそんな大松君が大好きだ。大松君は、本当に他人と交わらない。不満と言う名前が付いた服を着て、肩で風を切りながら大股で歩いているような子だ。

 僕は同じように話しかけて、同じように返されても怒ったことは特にない。でもその理由は、その子が作ってきた書類はほぼ百パーセントミスが無いからだ。

 他人を一切信じないので、自分に回ってきた書類は必ず隅々まで点検をする。だから当然残業して遅い時間にまで働いているのだけども、そのことに不満を言ったことは一度もない、大した奴だ。


「僕は君を信じている。だから君が例え上司に対して口のききかたが間違えていても許してあげるよ。その代わり、君の仕事の質が落ちた時は許されないからね。それだけ代償のあることなんだ」


「望むところです、仕事の実績で黙らせますから」


 こうやって、無礼な口をきく大松君は、僕の下で伸び伸びと仕事をしている。周りからあの子を叱れと言われたことがあったけども。


「彼以上に仕事はできる? 僕は彼の仕事が完璧だから許してあげているんだよ。そして、彼は僕の言うことだけには絶対に従う。慣れていないからまだ貴方達に偶に失礼してしまうかもしれないけど、その時は僕が謝るよ。

 今、僕は少しずつ彼を教えているから、少しずつ改善していると思う。最近はそう感じているでしょ?」


 こう言うと、周囲の人達も変化に気が付いたようで黙って見守ってくれる。

 そして、絶対に参加したくないと言っていた宴会も、僕が行くと言うことで彼は付いてきた。

 宴会だと言うのに、彼は僕にくっついて二人で飲みに来ているかのようになっている。


「君はさ、『宴会を仕事ですか?』 って聞いてきたけども、じゃあ君はここに来てどんな仕事をしたの?」


「えっ、それは……」


 彼の口がモゴモゴしている。彼は口下手なので、なかなか言葉が出てこない。


「ねえ、僕は『宴会は仕事ですか?』って聞いてくる人に聞きたいのだけど、どんな仕事をしたのかって問いたいの。

 あの幹事の人は、まずこの宴会の予約、配席、案内の作成、乾杯の発声の調整。色んなことをやっているよね。だからあの人は仕事をしていると思う。そうとは思わないかい?」


「はい、そう思います」


「じゃああそこで偉い人にお酌をしたりして、上機嫌でお話してもらえるようにしている人って、明日からの仕事を円滑に進めるために好感を得るようにしているって考えたら、仕事をしているって思えない?」


「そうですね、僕は苦手ですし、媚びたいとも思わないですけど」


 酒をあおりながら、相変わらず不貞腐れながら顔をしながら皮肉っぽく言う。


「僕は最初に偉い人の前に座って、お酌をして、そして『みんないつも遅くまで頑張っているので、今後もし色々あったら便宜の程宜しくお願いします』なんて言って、余計な仕事を振られないようにクギを刺しているのって仕事だと思わないかい?」


「はい、僕は先輩がそうやって偉い人にどんどん宣伝している姿を見ていました。コミュニケーションの化け物です」


「どうせ2時間も仕事が終わってから拘束されるって言うなら、アルコールを身体に入れるだけじゃなくて、有意義に使うといいよ。でも君がそういうのが苦手って分かっているから、君の顔だけ売っておくようにしているよ。『僕の最強の切り札です!』て紹介しているんだから、偉い人が来た時に挨拶だけはちゃんとしておいてね。

 君が一生懸命働いているのは知っているんだけど、勤務成績を付けてくれるのは上の人なんだ。それにも関わらず、ボーナスが低いって文句を言っても、そりゃある意味仕方のないことだよ。

 君は一生懸命に書類と戦ってくれていることを知っているからさ、僕は人と戦ってくるよ。君が目の前の仕事を一生懸命してくれるから、僕が安心して人と戦えるし、自信をもって向かって行けるんだ。

 得手不得手色々あるから、2人でカバーしあえばいいじゃないか、僕は目の前の細かい作業みたいな仕事は苦手なんだ。そして君はそれが得意だ。君は人と話をするのが苦手で、他人にそっけない態度を取ってしまう。僕は人と話をするのが好きで、ちゃんと自分の部署が不利にならないように立ち回れる。

 だから、僕の言うことをしっかりと守りなさい。そしたら君の力を全部余すことなく使ってあげられるから」


「はい、僕は宴会でも仕事が出来るように頑張ります」


 こう言って、彼は僕と一緒に偉い人達や、関係部署の人達に顔を売りに行った。彼は緊張していたけども、ちゃんと向き合って話す彼にみんなが心を開いて話してくれた。


「ねえ、ちゃんと宴会で仕事をできた?」

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