怪物VS毒物
爬虫類特有のギョロリとした眼。
岩のように筋肉が盛り上がった四肢。
カッターナイフよりも鋭く太い爪。
見ただけで鳥肌が立ちそうなほど鋭い牙。
「こいつ.....超能力者かっ.....!!」
「ウガァッ!!!」
二足歩行の竜と化した修斗は、目の前の女ファンタジスタに突進。
突然の変身と不意打ちに対応しきれず、女ファンタジスタは飛び上がった修斗が放った回し蹴りをまともに食らってしまう。
吹き飛ぶ顔面に体が引っ張られる形で、女ファンタジスタは床に倒れた。
『追跡』は非戦闘用の能力だ。
基本的に対一般人のためのファンタジスタである彼女では、恐竜に変身した修斗は止められない。
もちろん、他の警察官も一緒だ。
「オァァァァッ!!!」
雄叫びと共に空中から放たれたエルボーが、下に立っていた警察官の頭を叩き付ける。
着地と共に足払いを放つことで駆け寄ってきた警察官を転ばせ、床に着いている腕の力だけで跳躍。
床から斜め上に向かって放たれる形の蹴りが、倒れた警察官の背後にいたもう一人に当たる。
体を切り返し、先ほど転ばせた警察官の背中を脚で押さえつけ、捻る。
割れるような音が鳴った。
恐らく、彼の腕は折れただろう。
警察官3人と、女ファンタジスタ1人。
全員を戦闘不能に追い込んだ修斗は、逃げるようにその場を離れた。
.....彼がこんな状況になった経緯は、こんな感じだ。
戦闘要員、非戦闘要員関係無しに『ファンタジスタを倒した』という情報だけが先行し、強力なファンタジスタ達が彼を追い始めた。
彼がそれを退ける度に、彼の危険度はどんどん上がっていったという感じである。
ヤモリのように壁を這い、屋上へ登る。
息を切らせながら背後を確認していると、今度は前方にジェットパックを装備したファンタジスタが現れた。
「ッ!?」
ジェットパックを操作し、トリッキーな空中からの攻撃を仕掛ける。
修斗がそれを避けようと距離を取り始めると、今度は腕から銃口のようなものを見せた。
修斗は危険を察知し、避ける方向を横に変更。
銃口からエネルギー弾のようなものが放たれる。
コンクリートの建物にヒビが入った。
威力がそれなりにあるにも関わらず、弾の回転速度は早い。
彼はジェットパックの男に、近付けずにいた。
「ちいっ.....!」
爪を建物に食い込ませ、急停止。
先読みで放たれたエネルギー弾を回避した所で、修斗は腕に力を込めた。
「ウガァァッ!!!」
跳躍。
一直線に飛び、ジェットパックの男に向かって腕を振り上げた。
だが修斗は追い詰められていた焦りによって判断を誤っていた。
「読めてんだよ、アホが。」
ジェットパックの男はエンジンを切り、重力に従って落下。
空中で腕の銃口を構え、先程まで自分がいた場所を通り過ぎる修斗にエネルギー弾を浴びせた。
「グアアァァァ!!!」
獣の叫びと共に、腹部にエネルギー弾を食らった修斗が撃ち落とされるように落下。
ビルとビルの隙間へと、落ちていった。
男はエンジンを再点火し、落下を防ぐ。
装備を確認しながら、ゆっくりと落下地点へ向かった。
「思いのほか簡単だったな。『特級異能犯罪者』だなんて本部が言うから、どんなものかと思えば。」
男の名は中木 隆星。
『生体エネルギーをガソリンに変換する能力』である。
彼はその限定的すぎる能力が原因で、周りの能力者から見下されていた。
しかし彼はめげずに努力を続けた。
『ファンタジスタ』になって周りを見返してやる。
その執念が、彼にとって一番のガソリンだったのだろう。
古い文献を読み漁り、恵まれた能力を持つ者達が遊んでいる間にもずっと研究を続けた。
その結果、ガソリンで稼働するジェットパックや、エネルギー弾を放つエネルギーライフルを作り出す事に成功。
彼はそれを持ち込み、『ファンタジスタ』になる事ができた。
強さはともかく『特級異能犯罪者』を倒したとなれば、俺はファンタジスタとしての地位が格段に上がるだろう。
俺を散々見下していた奴らから明確なデータとして立場が上になれば、今度は俺が見下す番だ。
隆星はニヤリと笑みを浮かべ、ビルの隙間に降りていく。
しかし、彼の笑みはすぐに消えた。
「あら?」
いない。
どこを見渡しても、あの能力者の姿が見当たらないのだ。
まさか、逃がしたか?
隆星がそう呟こうとしたその時だった。
「ッ!!」
突然、横方向から恐竜と化した修斗に飛び付かれる。
隠れていた修斗の攻撃によってバランスを崩した隆星は、そのままもつれ合って地面に落下してしまう。
「クソッ!離せっ.....!」
隆星は無我夢中で腕を振り回し、エネルギー弾を乱射。
コンクリートの壁に当たり、次々と大きな破片が落下する。
勢いよく転がり、一瞬修斗と引き離された隙を狙ってエネルギー弾を発射。
エネルギー弾は修斗の腹部に命中し、彼は大きく後方へ吹き飛ばされる。
燕のような速度で飛ばされ、大通りの道を挟んだ反対側の建物に背中から激突。
ぶつかった部分を中心としてガラスにヒビが走り、破片が飛散する。
土煙が、噴き出るように周囲を包み込んだ。
そんな光景を目の当たりにしていた人物が1人。
私と、ヒドロである。
「おーおー、能力者同士の対決か。」
完全に傍観者気取りのヒドロは、土煙に接近する隆星の様子を観察していた。
「観念しな、お前じゃ俺には勝てねぇ。」
隆星はそう言うと、腕の装置からホースのようなものを展開。
消化材のようなものを放ち、土煙を放っていく。
「.....マジか。」
煙が晴れたその先には、壊れた建物とその瓦礫だけが残っていた。
修斗の姿は、すでに消えていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ......。」
修斗は路地裏へ駆け込むと、膝をついて息を整える。
危なかった。あのまま戦っていれば、確実に負けていただろう。
修斗は変身能力を解きながら、胸の内に固まっていた息を吐き出す。
とにかく、奴は俺の位置を見失ったようだ。
今回も、なんとか凌げたようだな.....
と思っていたが、そうでもなさそうだ。
「なぁ。」
ビルとビルの間。コンクリートの壁に反射され、その声が響く。
「お前、超能力犯罪者だろ?」
私の身体を使って、ヒドロが修斗に問いかけている。
私達はあの後、逃げる修斗を目撃。
と同時に、気付かれないよう追跡していたのだ。
「.....君も、『ファンタジスタ』なのか。」
「いいや?むしろ立場的には、お前に近いかもな。ただ.....」
私とヒドロは、追跡しながら話をしていた。
私達は『ファンタジスタ』に追われている。だが、『ファンタジスタ』の役に立つ事ができれば。
話し合いの余地ぐらいは、用意されるのではないか、と。
「俺達のために、お前を始末する必要があるってだけだ。」
「ちょっと待っ....」
問答無用。
私の姿を借りていたヒドロはその外殻で肉体を覆い、戦闘モードへ突入。足を一気に踏み込み、修斗に突進した。
引っ掻くように放たれたヒドロの攻撃を避けつつ、修斗は能力を発動。
身体が軋み、人に近い骨格を持った恐竜へと変身する。
「ちっ!」
爪の一閃を避けられ、前のめりの姿勢になったヒドロの隙を修斗は逃さなかった。
盛り上がった筋肉を使って踵を踏み込み、瞬発的に懐へ潜り込む。
放たれたタックルを食らいつつも、両脚を踏んばって転倒を回避。そのままの姿勢で数十センチ後退したヒドロは、次なる修斗の攻撃を見た。
空中へ飛び、地上のヒドロに向かって脚を振り下ろす修斗。
恐竜の身体能力から放たれた飛び蹴りは避けられない。
ヒドロは腕を交差させ、なんとかガードする。
しかし、修斗の猛攻は止まらない。
1発、2発、3発。次々と放たれる爪の攻撃に、腕でガードすることしかできなかった。
反撃の隙が、見当たらない。
「鬱陶しい奴だッ....!」
ヒドロはそう呟くと、大振りの修斗の攻撃を見たと同時に、反撃に転じた。
振り下ろされた腕を避け、身体を反転させて裏拳を放つ。
避けられてしまったが、奴の猛攻は止まった。チャンスだ。
ヒドロは横方向に跳躍。
ビルの壁を蹴り、薙ぎ払うような蹴りを放った。
「ガアァッ!!!」
咄嗟に防御しようと腕を上げるも、間に合わない。修斗はヒドロの攻撃をまともに受けてしまい、滑るように吹き飛ばされてしまった。
「さぁて、今度はこっちのターンだ。おとなしく観念したほうが、身のためだぜ。」
指をポキリ、ポキリと鳴らしながら詰め寄るヒドロ。
強い。俺が能力を使いこなせていないのもあるのだろうが、たった一撃もらっただけでここまで痛むとは。
自身が反撃に転じるよりも先に、ヒドロに攻撃されるだろうと修斗は確信した。
勝てない。
ヒドロの攻撃が放たれる、その瞬間だった。
「騒がしいから来てみりゃあ.....見知った顔がいるねぇ〜。」
ヒドロではない。当然、修斗でもない。
第三者だ。
「ッ.....!?」
私はその時、ヒドロがこれまで見せたことのない驚愕の表情を見せたのを見逃さなかった。
ヒドロは、こいつを知っている。
「久しぶりだなぁ、ヒドロ。」
その声の主は、真紅の『泥』で全身を覆ったような.....
そう、ヒドロそっくりの姿をしていたのだ。