ドレイク・マン
超能力者が現れてから、犯罪行為を行う者は急激に増加した。
当然だろう。人を越えた力を持つ者を、人は止められないのだから。
だが、それは一時的なものだった。
なぜなら、超能力者を止める超能力者.....『ファンタジスタ』が現れたからだ。
誰が始めたかは分からない。
だが『超能力犯罪者を止める超能力ヒーロー』の存在が明るみになると、超能力者達は波に続くように自治活動を始めた。
増え続ける超能力を持ったヒーロー達を、政府は利用しようと考案。
超能力者達と話し合いを行い、『ファンタジスタ』という名前で自治活動を行うヒーロー達を管理する事にした。
以降、能力を持たない人間と超能力者達とで連携し、街の平和を守る事ができるようになった。
だが、そんな中でも起こってしまうものなのだ。
犯罪というものは。
「ようやく見つけたんだ!今度こそ逃さねぇ......ッ!!」
大声を上げながら、街中を走る覆面の男。
その視線の先には、大きなトカゲが走っていた。
「ちぃっ.....誰も見ていないと思っていたのに....!」
トカゲは後ろを振り返りながら、舌打ちをする。
彼は能力者である。
能力は見たままの、『変身能力(恐竜)』。
道端で起こっていた暴行を止めるために変身した所を、見られてしまったようだ。
彼は『特級異能犯罪者』に指定されている。
異能を持つ犯罪者の中でもなかなか捕まらない、危険な者に与えられる不名誉な称号だ。
だが、彼はそれを後悔していない。
何故なら、正しいと思う行動を取った結果なのだから。
ある少年が、いじめられていた。
狙われた理由は簡単。
『弱そうだから』だろう。
その通り少年は非力で、抗う術など無かった。
しかし、そんな少年に味方をする者が、一人いた。
名を荒橋 修斗。
誰にでも分け隔てなく接する、至極普通の男だった。
彼はいじめられていた少年を庇い、主犯格の男達と対立した。
彼も同じような嫌がらせを受けたが、めげなかった。
何度も、何度も辞めるよう説得した。
だが今まで止める者がいなかった彼らに自身の行いを考え直す機会などとうに過ぎており、謎の正義感によって嫌がらせはエスカレートした。
「何故、荒橋くんは僕を助けるの?」
「何故?」
帰り道、ボロボロになった体で歩いていた修斗に駆け寄ってきた少年が、そう尋ねた。
自分を守ろうとして酷い目に遭っている修斗を見るのは、耐えられないのだろう。
だが修斗は、そんな事は全く気にしていない。
「君だって、何か悪い事をしたわけじゃないだろう?仮にキッカケがあったとしても、ここまでやっていい理由にはならないさ。」
修斗は少年にニコリと笑いかけた。
綺麗すぎる作り笑いと、ボロボロの体のミスマッチに少年は困惑してしまう。
他人に相談する気は無かった。
したところで、大した力にならないのを知っていたから。
誰も助けてくれないなら、当人が解決するしか無いだろう。
修斗はそんな考えの男だった。
「俺は正しいと思う事をしているだけだ。理不尽に嫌がらせを受けている奴を、誰も助けないなら俺が助けるしかないだろう?」
「そうだけど.....」
「なぁに、俺の事は心配するな。勝手にやっている事だ。」
修斗はめげなかった。
来る日も来る日も和解を試み、その度にボロボロになって帰ってくる。
そんな日を繰り返していたある時の事だ。
少年が本を買った。
ずっと探していた、大人気の小説。
本当は帰ってから読むつもりだったけど、待ちきれずに学校で読んでしまった。
それを、自分をいじめていた者達の一人に見られてしまった。
「俺にも読ませてくれよ。」
「ちょっ.....」
当然返してくれるはずもなく。
本の扱いなどまるで知らないかのごとく、仲間達と本を投げ合ったりして遊んでいた。
勢い良く床に落としたり、ページが歪んでもお構いなし。
凍りついた教室では、誰も声を上げる事ができなかった。
ただ一人を除いて。
「おい」
よく通る声が、教室の氷を溶かし始めた。
荒橋 修斗。彼の目は、怒りの炎に満ちていた。
「返してやれよ。いや、もうボロボロにしてるんだから、弁償だな。」
「はぁ?嫌だって言ったら?」
全く。
修斗は呆れていた。
「拒否なんてできるはずがないだろ。お前が弁償してやるまで、俺はしつこく付きまとうぞ。」
「ふーん....だったら。」
ビリッ。
「今更こうやったって、変わんないよな?」
「......」
修斗の足は、自然と前に出ていた。
ぞろぞろと修斗の周りを囲う主犯格の者達。
「おい.....」
一人が修斗の顔に手を近付けたその時だった。
修斗はその手を腕ごと掴み、引き寄せる。
修斗によって上半身が引っ張られた男の顔面へ、真っ直ぐな掌底が打ち抜かれた。
掌底が見事にクリーンヒットした男は白目をむき、仰向けに倒れる。
「なっ.....!?」
今まで散々好き勝手に嫌がらせをしていた相手が、突然反撃を始めたのだ。
そりゃあ動揺もするだろう。
だが、修斗は待っちゃくれない。
薙ぎ払うように回し蹴り。
横に立っていた男の顳顬に踵が直撃し、さらに2人を巻き込んで吹っ飛んでいった。
1人が修斗に殴りかかる。
振り上げられた拳を掴むと、お返しにボディーブローを放った。
涎を溢しながら悶絶する男を、冷酷な目で見下ろしながら修斗は蹴りを放つ。
何度も、何度も。
吐き出す涎に、血が混じるようになるまで。
今まで穏便に事を済まそうと努力してきた彼からは想像もつかないほどの、凄まじい攻撃性だった。
「う.....うぅ....」
彼の周りには5人の主犯格が倒れ、現場は再び凍り付いた。
誰が通報したのか、ほどなくして警察が駆け付ける。
警察達はその光景を目の当たりにすると、修斗を確保しようと接近した。
全員が自分を狙う目をしている事に、修斗は困惑する。
「ちょっと待ってください。なんで俺が.....」
その異様な空気を振り払うかの如く、修斗は警察官の手を払った。
しかし、その行為がさらに不穏な空気を加速させる事となってしまう。
「何があったのかは知らないが、ここにいる5人を暴行したのは事実だ。来てもらう。」
「こいつらはッ......!あの子を毎日のように殴ったり蹴ったりしていたのにですか!?」
いじめられていた少年を指差し、俺は反論をする。
だが警察官にとって、今そんな事はどうでもいいのだろう。
彼らには『男子生徒5人を暴行した荒橋修斗という男』しか見えていない。
誰も声を上げない。
こんな理不尽が、あってたまるか。
「あっ.....おい!」
誰も助けてくれないなら、俺が俺を守るしかない。
俺は警察官の間をすり抜けるように走り出し、教室から飛び出した。
「はぁ、はぁ、はぁ......。」
俺は間違っていない。
何度も彼らに説得を試みた。
それでも聞かないのなら、殴りでもしないと解決しないだろう?
他に誰も、解決してくれる人がいないのだから。
2、3.....4人か。
俺は廊下を駆け抜けながら、後ろから追う警察官の数を数えた。
中学生の頃に運動部へ所属していた修斗は足腰にそこそこの自信がある。
警察官に追い付ける気配はなさそうだ。
そう思っていた矢先の事だった。
「おっと、ここまでだ。」
キュッと甲高い音が鳴り響くほどの急停止を行った。
目の前に、『ファンタジスタ』が現れたから。
「私の能力は『追跡』。どんなスピードで逃げようとも、私から逃れる事はできない。観念する事ね。」
ロングヘアーをなびかせて現れた『ファンタジスタ』の女はそう言った。
最悪だ。
後ろには追い付いた警察官が警棒を用意しているのが見える。
不良5人を倒した修斗でも、流石にこれを突破するのは難しそうだ。
「人に暴行を加えた上に逃走、ね.....。典型的、って感じ。」
「待ってください。俺はいじめられている人を助けようとして.....」
「かと言って、気絶するまで殴る蹴るを行う理由にはならないわ。」
俯く修斗の拳は、震えていた。
何を知ったふうなこと言ってるんだ。
今まで手を差し伸べてくれなかったのに、いざ自分で解決しようとしたらのこのこと出てきて。
アンタ達はそこにあった事実しか見えていない。
俺やあの少年が毎日のように殴られたり、嫌がらせを受けていた事を知らないくせに。
修斗は歯軋りを鳴らし、歯にヒビが入りそうなくらい力を込めていた。
俺は大して知りもしないくせに決め付ける奴が大嫌いなんだ。
間違ってもいない俺が、捕まる必要はない。
修斗には自分の意志を曲げる気は無かった。
「アンタらみたいな奴らが、俺は大嫌いなんだ。アンタらがその気なら、俺は徹底的にやってやる!!」
修斗は叫んだ。
そして、初めて他人の前で『能力』を発動させたのだ。