捕鯨作戦
6頭のクジラが同時に放った『クジラの歌』。
そしてそれらが一斉に指し示した海の底。
「何かが来る.....!!」
そう結論付けた紫殿の考えは間違っていないだろう。
この異様な様子を知れば、誰もがそう考える筈だ。
「私、行ってくる!」
紫殿の言葉に固まっていた私は、そう言って反射的に海へと飛び込んだ。
水の中を滑るように潜り、紫殿が感じ取った場所へ向かっていく。
光だ。
暗い海の奥から、ぼんやりとした僅かな光が見える。
何故?
ここまで来れば、もう疑問に思う必要も無いだろう。
「見つけたな。アイツが『回生の鯨』か。」
クジラのシルエットをしたそれは、眩い光を放ちながらこちらへ接近してくる。
『回生の鯨』かどうかは不明だが、明らかに異質なものであるのは確実だろう。
「浮上する前に奴を無力化させる、だったな。」
「うん。任せたよ、ヒドロ!」
私がヒドロにそう言った途端、ヒドロに肉体を乗っ取られる。
そのまま『回生の鯨』に突っ込んでいくかと思いきや、逃げるように急速浮上を始めた。
「なんで?」と思った私の心を読んだのか、ヒドロが独り言を吐くように説明してくれた。
「いくら膜で覆っているとはいえ、無呼吸への耐性はねぇ。息を整える。」
浮上し、私の体は大きく息を吸う。
数度の呼吸をした後、再び潜水を開始した。
「もって2分。それが限界だ。そもそも、2分もありゃあ奴は浮上できるだろうよ。」
「それまでに無力化させる必要があるのね.....。できる?」
「へっ、俺を誰だと思ってやがる。」
私の姿なのにヒドロが喋っているから、何だか違和感がする。
ヒドロはクジラを見つけると同時に、自身の体をドロドロの外皮で覆う。
戦闘態勢へ入った。
「行くぞッ!!」
魚雷のようなスピードでクジラに突撃。金色の体が、徐々に近付いてくる。
戦闘開始、だ。
体全体を弾丸のように回転させ、クジラの脳天から腹部を貫くように突進。
貫かれた部分から赤い鮮血が滲み、海中へと広がった。
ザザッ.....
「もって2分、それが限か....」
ヒドロは私に語りかけながら、違和感に気が付いた。
全く同じ会話を、先程もしたはず。
気が付けば、視界に『回生の鯨』の姿もない。
「どうなってんだ一体....?」
疑問に思いながらも、潜っていくとクジラの姿を発見。
体をドロドロの外皮で覆い、再び戦闘を開始した。
先ほどと同様に、体を高速回転させながら脳天を貫く。
クジラの体を突き抜け、腹部から外へ飛び出したその時だった。
ザザッ.....
「もって2.....なぁっ!?」
流石に気が付いた。
「時間が.....戻っている.......?」
二度もクジラを発見する直前まで時間を戻されたのか。
ヒドロに乗っ取られた私の体は潜水をやめてその場で留まり、顎に手を添えた状態で思考を始めた。
「これが奴の『能力』ってワケか.....。」
「再生してるんじゃなくて、時間を戻すことで『無かったことにしている』。そういう事ね。」
「こりゃあ、想像以上に厄介かもしれんな。」
ヒドロはそう言うと、再び潜水。
金色のクジラを発見し、戦闘態勢へ突入した。
「脳を貫いても時間を戻せるんだ。少しでも肉体が残っていれば、効かないのかもしれねぇな。」
「となると.....?」
「丸飲みしてやる。」
『回生の鯨』に突進。
ヒドロの姿が崩れ始め、次第に球体のような形へ変わっていく。
これは....顔だろうか?
ヒドロは巨大な顔のみとなり、大口を開いた。ヘビのように大きく開けられた口は、包み込むように『回生の鯨』を食った。
ばくんと口を閉じ、一気に飲み込む。
一瞬の出来事だった。
元の姿に戻っ──────
ザザッ......
「もって2ふ....あぁクソッ!!」
また、時を戻された。
脳天を貫こうが、丸飲みをされようが時間を戻せる。
そんな怪物相手に、私達は翻弄されていた。
「一度、戻って相談しない?」
「だな。」
船にいる2人に、このことを報告しよう。
そう判断した私とヒドロは上を向き、浮上を開始した。
ばしゃっ。
水面へ出て息を吸う。実際は1分も経っていないのに、久しぶりに水面へ出た気分だ。
「どうした!?」
船の端に寄って心配する2人に、私は『回生の鯨』の『能力』について説明した。
「奴は多分、『時間を戻す』事ができる。脳を貫いても、全身を潰しても意味が無かった。」
「なるほどねぇ......、奴の認知の有無に関わらず、外傷を負った途端に時が戻る、と推測しますか。」
紫殿は顎に手を添え、思考を開始する。
おおむね紫殿の予想通りで間違ってはいないだろう。
仮に違っていたとしても、あの『時間遡行』能力をどうにかしなければいけないのは事実だ。
「時間が戻った事に気付けた、って事は、記憶そのものを巻き戻す事はできないみたいっすね。あくまで、『そこにあるもの』が元いた場所に戻すだけって感じか。」
吉兵衛や紫殿が時間遡行に気付かなかった所を見るに、時間遡行には範囲があるのだろう。
となると、だんだん解決策が見えてきた。
「範囲の『外』から攻撃すりゃあ、どうなるんすかねぇ?」
「多分、こっち側は変化ねぇが奴の体は元に戻るんじゃねぇか?」
「あぁ、確かに......。」
吉兵衛の突っ込みに、紫殿はガックリと肩を落とす。
そんな間にも、私の中のヒドロはブツブツと解決策を考えていた。
「認知せずとも外傷を負えば時が戻る。となると、奴を倒すためには.....」
一つ、案を閃いたようだ。
「『外傷を負わせなければ』。どうなるか、試してみねぇか?」
「.....できるのか?」
意識が離れていく。
ヒドロが私の体を、再び乗っ取ったのだ。
突然口調が変わった私に驚きつつも、漁船の2人は話を聞く。
「あぁ、可能だぜ。ちょっと、試してくる。」
困惑する2人をよそに、ヒドロに乗っ取られた私は海中へ潜り込んだ。
どんどん潜水していくヒドロに、意識だけとなった私が質問した。
「それで、どうやって外傷を負わせずに倒すの?」
「そんなもん、分かるだろ?」
なるほどね。
『毒』か。
黄金の光が近付いてくる。
ヒドロは全身を泥の外皮で覆い、戦闘態勢を整える。
「ハァッ!!」
水中を駆け抜ける。
クジラの巨大な顔が、すぐそこにまで迫っていた。
クジラの頬の部分に、ヒドロは優しく触れる。
そのまま付いていく形で、ヒドロはクジラと泳いだ。
一見すれば、神々しいクジラと共に泳いでいるという綺麗な光景だ。
しかし、実際はクジラの感知できない猛毒を、着々と流し続ける恐ろしい攻撃方法に過ぎない。
しばらく泳ぎ続け、海面から射し込む光が強くなってきた頃。
優雅に泳いでいたクジラの動きが、止まった。
「!」
クジラは眠るように目を閉じ、呼吸の速度も遅くなってきた。
動く事をやめ、ただ潮の流れに身を任せている。
テトロドトキシンによる神経毒が、作用し始めたのだ。