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音の貴公子

ある日の夜の事だ。俺は昨日用意してあった延縄(はえなわ)を回収しに1人で船を出したんだ。波は荒かったが、そんな事は俺にゃ関係ねえ。


数十分ほど船で移動し、目印として置いてあった浮きを見つけた。黄色をした丸い浮きは、暗い夜でもよく目立つ。


俺は早速延縄の回収に取り掛かった。以前から目を付けていた場所だったが、思った以上に珍しい魚どもが釣れて気分がいい。次の延縄をセットし、もう帰ろうかと道具を片付けていたその時だ。


「現れたんだよ、奴が。」


突然海から吹き上がる潮に俺は驚いて転んじまった。全身に浴びた潮を拭った先で見たのは、見た事もない姿をした鯨。


夜中の海でもハッキリと見える、ホタルイカのように青白い光を放ったその体は、明らかに普通の鯨とは違うと分かった。その鯨はすぐに海底へ潜っていったんだが、かなり深くに潜るまでその光は海上へ届いていた。


「それから俺は、そいつについて色々と調べた。そうして辿り着いたのが、回生の鯨(レコード・ホエール)って存在だ。」


とある文献に、その肉体は決して果てる事無く、海の中で輝き続ける鯨.....と書いてあった。不死身の肉体ってのは確認していなかったが、海の中で輝き続けるという点に目が行った。


他に珍しい鯨の話は見つからなかったし、俺が見たアイツは回生の鯨(レコード・ホエール)なんだろうと思った。


だが、俺は色んな漁師にその話をすると、そんな話ありえない、光っていただけで回生の鯨(レコード・ホエール)とは決め難い、そんな事を言われ、全く信じて貰えなかった。諦めずにその話を続けていくうち、俺は「ホラ吹きだ」とレッテルを貼られ、誰にも信用されなくなっちまったのさ。


「自業自得さ。光り輝いていたってだけで回生の鯨(レコード・ホエール)って決め付けるのは確かに安直だ。けど.....」


夢中になって話を続けていた漁師は拳を握り、私の目を真っ直ぐに見た。その目は、敵対するかのような最初の目とは異なり、夢を語る情熱に満ちた目だった。


「俺はあの鯨の正体を、どうしても知りたいんだ!!」


そんな漁師の思いがこもった言葉を聞いたヒドロは、クックックと笑いを押し殺していた。バカにしているわけでないのは分かる。「面白い」とでも言いたげな、やる気の高まっている様子だった。


「そのためにゃ、仲間が必要だな。鯨を捕らえるための。」


仲間として最も最適なのは海に精通した漁師なのだろうが、信用されていない以上、同行してもらうのは難しいだろう。


他に誰かいるだろうか。

思案に暮れていると、私の隣にひょっこりと人影が現れた。


「うっひょ〜!何スかこの魚ッ!ロックだねぇ」


派手な赤色に髪を染めた男が、掛けているサングラス越しに店先の奇妙な魚を眺めていた。ギターケースを背負ってアロハシャツを羽織っているその姿は、とても漁師や鮮魚商とは思えない。一般客だろうか。


ギターケースの男は魚を漁る手を止めると、サングラスをずらしてキツネのように鋭い目を漁師に向ける。一瞬ギョッとした漁師の様子などお構いなしに、ギターケースの男は口を開いた。


「人の『声』を聞きにここに来てみたら、何やら面白そうな話が耳に入りやしてな。その『回生の鯨(レコード・ホエール)』ってやつの話。」


その鋭い目とは裏腹に、話し方は至って穏やかだった。特に敵対心を持っているわけではなく、純粋に目付きが悪いだけなのだろう。男は再びサングラスをかけ直すと、口元でニッコリと笑みを表現しながら漁師に言った。


「そいつが本当に存在するかは微妙だけど、付いていきますよ。不死身の鯨なんて、本当に居たらサイコーにシビれるじゃん?」


私と漁師の二人は、この不審な男の語りに終始呆気に取られていた。

ただの変人なのか?そう思う私と同意見なのか、正気を取り戻した漁師が無愛想に口を開く。


「アンタが船の上で何をできるってんだ?音楽でも奏でてくれるのか?」

「俺、実は能力者なんすよ。その辺は安心してくだせぇや。」


その不審な姿から何となくは察していたが、どうやら彼は超能力者らしい。ギターケースの男は顎に手を添え、オブジェクトでも見るかのように色んな角度から私を見た。


「お嬢さんは、何ができるんです?」

「私もその.....似たようなもんだから、大丈夫。」

「へぇ!お嬢さんも能力者ですかい!」


まぁ、厳密には違うけど。説明すると面倒なのでそういう事にしておこう。


「能力者が2人いりゃあ百人力だぜ!よっしゃ、なら今度、船を出してみるかぁ!」


漁師が立ち上がってそう叫ぶと、「こうしちゃおれねぇ!」と片付けを始めた。素早く片付けを終えた漁師は、「また連絡する!」とだけ言い残してどこかへ走り去ってしまう。残された2人の間に、気まずい空気が流れる。


「お嬢さん、能力者だって言ってましたがどんな能力なんです?」


先に口を開いたのはギターケースの男だった。

能力者同士でいる場合、まず話題にしやすいのはお互いの能力についてだろう。

これから共に『回生の鯨(レコード・ホエール)』を追う仲間としても、連携しやすくしたいという意図もあるか。


だが、以前『ファンタジスタ』であるゲンジに襲われた事があるため、迂闊に自分の能力を教えるのは禁物だろう。

体内に隠れているヒドロと相談し、一部だけ教える事にした。


「えっと、身体能力を向上させる......みたいな?」

「おぉ、そいつぁ分かりやすい能力っすな!」


本来の能力と微妙にずらした能力を、曖昧な言葉で伝える。ギターケースの男は大げさなリアクションを取った後、改めて自己紹介を行った。


「言い忘れてましたが俺の名前は猛御もうご 紫殿しでんって言いやす。能力は『音』を操る能力っす。」

「.....奏崎かなでざき 詩織しおりです。」


チャラチャラした見た目に反してやけに礼儀正しい紫殿に少し戸惑いながらも、私は彼の差し出した手を握って握手した。


『音』を操る。なかなかよく分からない能力者だなと思いつつ、その場はとりあえず解散した。

能力の詳しい内容については、また今度話してもらおう。


そして、2日が経った。


着信のバイブがポケットを揺さぶる。

顔をしかめながら携帯端末を取り出すと、例の漁師からだった。


「こっちは用意ができた!いつなら来れるよ?」

「いやまぁ、いつでも行けますけど....」

「なら、今から来れるか?サングラスの兄ちゃんも来てる。」

「オッケーです。すぐ行きます。」


無愛想に受け答えを行い、携帯端末を切る。自転車置き場の近くだったので、すぐに向かう事ができた。

ペダルを踏み、市場への坂道を下っていく。強い潮の香りはまだ慣れない。


2人は入口付近で待っていた。私の姿を確認するや「おーい!」と手を振っている。最初に出会った時の態度とはえらい違いだ。私は近くの駐輪場に自転車を止め、2人の元へと歩く。準備は万端のようだ。


「どういう生態なのかも分かんねぇ『回生の鯨(レコード・ホエール)』の捜索だ。想定していない事だって、たくさん起こるだろうよ。」

「そん時にゃ、俺ら能力者に任せてくだせぇ。能力者には、臨機応変に対応できる力がある。」

「そいつは頼もしいな。んじゃ、行くか!」


荷物の確認を終えた後、漁師と紫殿、そして私の三人は、幻の鯨が待っているであろう大海原へと出港した。

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