第一話 −《ログイン》 チュートリアル1 Those who meet in the place of originー
「「リンクオン・ダイブ!!」」
その言葉を発したと同時に、彼の体全体が浮遊感に包まれる。そして彼の目の前には水が。
そこで彼の感覚に重力の感覚が戻ってくる。彼の全身が水に沈んだ。
どんどんと下へ落ちて行く。いや、沈んで行く。
どこまでも落ちて行きそうな気がした彼だが、突然、少し先に光が現れた。
意識してか、それとも無意識か、彼はその光に手を伸ばしていた。
光はどんどん大きく、いや近くなっていく。
そしてーー彼の視界全てが白く塗り潰された。
しばらくして、浮遊感も視界も戻って来た時に目の前に広がっていたものは───
「────────────ッ!」
まさにファンタジーと言わんばかりの街並み。そして、あちこちに浮かんでいる浮島。自らの視界の左上に移る2本のゲージと詳細な数値、そしてレベル。右上にある小さな簡易マップ兼レーダー。右下にある時計。そして───────
「……ハハッ、空からクリスタルが生えてるや」
なんと、青い空からクリスタルが生えていたのだ。
「まあ、ここの設定も設定だし、これが正しいんだろうけどさ」
ここで春樹────ゲーム内ではhal────の言った“設定”とは、このゲーム内のストーリー上の設定のことである。
公式サイトにはこうあった。
“自分たちはこことは別の世界から神によって呼び出された冒険者。そしてこの場所は、大昔の人々によって作り出された仮初の世界。ずっと昔、神代に作り出されたセカイのカケラによって発生した世界で、7つに分かれた陸地————————“島”と呼ばれる浮遊世界が大空に浮いている”
“最初の島は 《碧色と宝石の島》。二つ目の島は 《翠色と大樹の島》。三つ目の島が 《緋色と灼熱の島》。四つ目の島が 《茶色と洞穴の島》。五つ目の島が 《黒色と邪悪の島》。六つ目の島が 《白色と天聖の島》。”
“それぞれの島々は、内部が十の階層に分かれていて、別の島に行きたければ、内部の世界を攻略する必要があり、別のフロアに行くには、それぞれのフロアにある十段の浮島に配置されているそれぞれの浮島を守るガーディアンを倒して、その上で階層の守護者を討伐することで次層の扉が開かれる”、という設定が。
そんな回想をしていると、彼に声をかける人がいた。
「やっほ♪ 待った?」
声をかけて来たのは、彼にとってどこか見覚えのある、少女だった。
「……誰?」
「ヒドイなー、忘れちゃったの?私だよ私、天ノ川春香だよー。ちなみに、コッチではフランだよー」
「こっちはハルだ。………てゆーか………なんか……アレだな。ちょっとボーイッシュというか………意外だな。その……か、かわいらしい部分もあるけど、基本はボーイッシュな感じで」
「そう言うハル君は………なんか可愛くなった?声も少し高くなってるし」
「うぐっ!」
コイツ………よりにもよって一番気にしていたことを……!
「しょ、しょうがねぇだろ?適当に作ってたらこうなっちゃったんだし…………」
「にしては………ヤケに気合い入ってるねぇ………」
そう、彼のアバターはかなり細部まで作り込まれたアバターだったのだ。
「うんうん、ハル君らしいショタっ子だねぇ」
「~~~~ッッッッ!るっせえ!いいだろどうでもッッ!!ほらとっとといくぞ!!」
「あ、にげた~」
“フィールド”。
それは、MMOにおける敵キャラが闊歩する場所である。
プレイヤーはそれを狩り、能力を鍛える。
そして、強大な相手に立ち向かい、打ち倒す。
その始まりの場所である。
彼らは装備品を確認した後、フィールドへと出ていた。
街の境界線を越えた瞬間、右下のデジタル時計は簡易表示になり、"You are out of the invincible area"と視界いっぱいに表示された。
「うわー…なんじゃこりゃ」
「すごい…きれい…」
町の出口からその広大な草原を眺めて出た言葉はそれだった。
とても広く、美しい。このゲームのクリエイターは変人揃いで、グラフィックの一つ一つが、現実に相当する情報量を持っているのだ。
そして、こういったゲームでこういう場に出てやることと言えば一つだけだ。
「よっし、行くぞ、フラン!」
「おっけー、ハル君!!」
「そー、りゃっっっ!!」
「おっ、とと、それっ!」
彼らは今、フィールドにおいて、狩りをしているのだ。
”狩り”とは、こういったRPGにおける醍醐味の一つともいえる。
フィールド上にいる敵を倒し、経験値やアイテムを採取する。
ハルは大剣を使って。
フランは間棒を使って。
「ふう…まあ、こんなもんか……」
「結構強くなったよねー…レベルももう8になってるし」
フィールドに出てから約1時間。彼らは二人でずっと狩りを続けていたのだ。
集中力を切らすことなく、二人で連携を行いながら。
「さて、と...そろそろ街に戻るか?」
「そうだね......疲れてきたし、いったん休憩を—————————」
その後の言葉は続かなかった。なぜなら————
「ぎやあああぁぁぁぁぁぁぁ!!たーーーーすけてええええええええええええ!!!!」
「うそうそうそうそうそうそ、なんでこうなるのーーーーー!?!?」
「っ...!これしきの事、師匠の《霊界廻り七番地獄》に比べれば...!」
「オイちょっとそこの侍!なんかとんでもねェこと口走ってるけど、口を動かすくらいなら手を動かせッッッ!!!」
「あのでかいの。速い?」
「待てこのデカブツーーーーーーー!!!!」
「ひぃ、ひぃ、はぁ、はぁ...ま、待ってええええ!!!」
「なんか面白いことになってるねぇ...混ざっていい?」
「「「「「「「いいわけあるかあああああああ!!!!」」」」」」」
なんかいた。というより来た。
でっかいカメレオンに食われた少女とそれに追っかけられた少年と銃を持った凛とした少女と不思議な雰囲気の少女と弓を持った少女と鞭を持った女性と身軽なアサシン感のあるひとが土煙を上げながらこっちに来てた。
「......チッ。モンスタートレインかよ…最悪だろ」
「いやなんかやばくないアレ!?」
「ん?...ああ、そうだな……」
「ハル君なんでそんなにのんびりしてるの!?これじゃあ私たちも巻き込まれちゃうって!!!!」
「まあ大丈夫だろ。だって—————————」
そう言った彼は、手に持つ大剣を下ろし、重心を下げ、振り上げる前の体勢をとる。
すると、大剣の刃が淡い水色に輝いた。
「こうやって、当たってくるヤツに真っ向から攻撃をブチ当ててやれば——————————!!!」
ズドオオオオォォォォオオオオンッッッッ!!!!、と。
すさまじい轟音とともに、向かってきたカメレオンが彼の横で、鮮やかなライトエフェクトを散らしながら転がっていった。
大剣のスキルの一つ、《撃柱》。
剣を上に振り上げ、相手を切る、大剣の基本戦技である。
その斬撃と共に、食われていた少女が吐き出される。
「ぐぼへっっ!?!?」
彼の剣からもライトエフェクトが出ており、フランは、その空中に描かれたその軌跡が美しいと思ってしまう。
「な?」
「『な?』、って...ナチュラルにバケモンですかあなたェ......」
すると、彼らの視界に赤い文字が現れる。
"You have encountered a field boss!"
少ししてその表示が消えると同時に、起き上がった巨大なカメレオンの左側に緑色のHPが二本現れ、カメレオンの頭上には赤い四角錐。その四角錐の下にアルファベットの羅列————————名前とレベルが表示される。
その名前は【Eater the Primates Lv.15】—————【霊長を喰らう者】.......ってマジ!?
「……!チィッッッ!この層のフィールドボスかクソ!!」
ただ、ここに来る途中にいくらか削られたのか、ゲージ二本のうち上の一本が半分ほど削られていた。
「手負いとはいえど、分が悪い.........けど......!」
彼は大剣を正面に構えなおした。
「ちょ、ちょっとハル君!?」
「強い敵ブッ倒すのも、こういうRPGの楽しみだッッッ!!!」
剣を真上に振り上げた彼は。
そのまま剣を真下に振り下ろし。
ザンッッッ!!!、と。
まるで地面を抉るかのような一撃をカメレオンモドキ…いや、【霊長を喰らう者】に打ち込んだ。
その一撃は—————HPゲージ一本を余裕で吹っ飛ばした。
「……あれ?こいつ………意外と柔くね?」
そう、彼は気づいたのだ。このボスの耐久力の無さに。
実を言うとコレは変人揃いのMDU運営の中にいた良心が作った、理不尽ボスばかりのフィールドに置いた初心者救済措置だったのだ。
BITを低めに設定しておき、AGIを高めに設定しておく。
そうすることで、そこそこ強くなった初心者プレイヤーが割と簡単に倒せるようになる。
そんな救済作戦だった。
だが、相手が悪かった。
彼は、前にも一度この世界での戦闘を経験しており、なおかつもっと理不尽な敵すらも屠ってきたプレイヤー。
そんなやつ相手に、これごときの雑魚は、相手にもならない。
「………あははっ」
彼は、少しだけ笑い、
「βテスターなめんな、このヤローーーーーッッッ!!!」
大剣を横なぎに勢いよく振るった。
ただ腕力にものを言わせた一撃。
だが、それで十分だった。
ゲージを全て削られたカメレオンは。
激しい音とともに。
膨大な光るガラスの破片のようになって爆散した。
誰の声だったか。それは、自然と漏れたものだったのかもしれない。
「すっご……かっこいい…………!」
その後、さっき食われてた少女にお礼を言われた。
「えっと、その……ありがとうございました!お、お二人のお名前を伺っても、よろしいでしょうかっ!」
「うん。わたしはフランだよー。よろしくねー」
「ああ。オレはハルだ。それとな、ああやって自分に大勢の敵モブとかボス級の敵のヘイト—————敵対心のことなんだけど、それを集めまくって自分の後をついてこさせる"モンスタートレイン"は今後絶対やめろよ?アレMMOの中じゃあ結構嫌われてる……というかかなりの迷惑行為だからな?」
「「「「「「「「はい、すみません……」」」」」」」」
一応さっきのことも注意される。またもう一度することがないように。
「それにしても、すごいかっこよかったですね...あんなでかいのを簡単に倒すなんて」
「いやいや、大したことないって。あんなんベータテストのときの|悪夢というのも生ぬるい《運営の悪意のレベルをぶっ飛んだ》、|狂っているほど理不尽すぎる化け物の数々《ゲームマスターの正気を疑う人類悪の権化共》よりはマシだから」
「えっと…………」
「それは……どんだけ狂ってるの?」
さっきカメレオンに食われてた少女と銃を持った少女が若干引いた。
そこに、さっき7人と並走していたひとが前に出てくる。
「……ん?んん?その声、そのアバター!まさかまさか、あなたハルさんですか!?」
「ん?……………あ、ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!あ、アンタは!?」
「おおーーー!!!やっぱりだ!やっはろー!おひさしぶりです!ハルさん!!」
「ああ!久しぶりだな!一か月ぶりか、"ルパン"!!」
「あれ……?ハル君、知り合いなの?」
「ああ!ベータテストで一緒にパーティー組んだ仲でな!まさか会えるとは思わなかった!」
「こっちもですよ!こんな広いフィールドの中でばったりと!いやー、運に恵まれるとはー!」
仲良く話す2人に、少しだけ嫉妬するフラン。そこへ———————
「えっと、あの!ハルさん、ルパンさん、フランさん!」
少女の声がかかる。
フランとハル、そしてルパンと呼ばれたひとは、そちらの方へ同時に振り向いた。
「わ、私たちに、戦い方をご教授いただけませんでしょうか!?」
「「「……はい?」」」