10-9 クコの浮気
超能力者はうちにもいた。
夕食を食べているときのことだった。母さんがじっと僕の顔を眺めていたかと思うと、出し抜けに言った。
「クコ、またマリーとなにかあったんじゃないの」
ぎょっとしてナイフとフォークが止まった。
隣のグミと向かい側の父さんの視線も集まる。気まずくてテーブルに目を落とした。
「なんで?」との僕の問い返しを「顔にそう書いてあるわよ」と母さんはばっさり切り捨てた。どうやら女の人はみんな超能力が使えるらしい。観念して今日のプライの一件を白状した。
勢い、食卓は家族会議の場となり、「マリーといういい子がありながらあなたって子は」「そんなどこの馬の骨ともわからない子に」「考えてにやけるのはその子じゃなくてマリーにしなさい」とこってり油を絞られた。主に母さんに。別にプライのことを考えたとき、にやけてなんかいないんだけど。
グミひとりだけが兄の不祥事を面白がってにやついていた。おまえが今度叱られることがあってもかばってやらないからな。
ひとしきり注意を受けたあと、父さんがマッシュポテトを口に運びながら僕に聞いた。「その子。プライ、か」
「うん、そうだけど」僕は歯ぎれ悪く答えた。一応終わりをみた話なのでもう言及してほしくなかった。父さんは隣の母さんを見て尋ねる。
「母さん、子供の頃、私以外からの求愛や、別の男の子に好意をいだいたことはあるかい?」
「馬鹿言わないでよ。私はあなたひとすじだったわ」少し照れたように母さんは答える。「ほかの男の子から告白も受けたことないわね。モテなかったわ。あなたは?」
父さんは「まったく同じだ」と、のろけ話をにこりともせずに言った。
「おまえは――」テーブル越しにグミのほうを向いて父さんは首を振る。「まだ早いか」
グミはきょとんとした顔で父さんと母さんを見た。
めずらしい会話だ。
父さんや母さんの恋愛話なんてほとんど聞いたことがない。特に父さんがみずからそんな話をするなんて初めてだ。どういう風の吹き回しだろう。
「まあしかし、それも見咎めるべきことではなくなるのかもしれんな」
皿の上のポークソテーを見下ろして、ひとりごとのように父さんはつぶやいた。
どういう意味なんだろう。僕と母さんが、尋ねるように父さんの顔を見つめたけれど、その続きを話そうとはしなかった。
こういうときの父さんは多くを語らない。少し待ったのち僕も母さんも止めた手を再開した。
なぜか、父さんの話が、釣り針のようにいつまでも頭のなかに引っかかった。




