10-5 クコの浮気
またペンの音と窓越しの部活動の声だけが聞こえる静けさが戻った。
それぞれの役員は抱えている仕事に無言でいそしんでいる。生徒会室は用事のない生徒は入れない。やっかいなプライからやっと解放された、はずだった。なのに。
彼女の影が頭のなかでちらついて離れない。
『あたしとデートしませんか』『前からいいなって思ってたんですよね』『先輩が好きなんですよ』『つきあってください』
プライの並べたてた言葉が次々と脳内で再生される。マリー以外の子にあんなこと言われたのは初めてだ。ためらいもなくストレートに気持ちを伝えてきた女の子に、僕は心乱れていた。
詮索好きで噂好きの後輩。手を焼くことはあってもそれ以外に思うところはなかったのに。
好意を寄せられて、僕は思いがけず彼女を意識してしまっている。自分でも信じられなかった。
自然と彼女の姿が思い浮かぶ。
背の高くないショートヘアの子。結構かわいい顔つき――だと思う。あ、あくまで客観的な感想だ。まあ、タイプかどうか聞かれたら否定はしないけど……。
そんな女子からああも熱心に迫られたら、心が揺れ動いてしまってもしょうがないじゃないか。
悶々としているときだった。不意にこの前、マリーの言ったことが思い出された。
『プライを好きになるかもしれない』『あの子に恋しない保証はない』
僕ははっとして隣のマリーを見た。彼女も顔を上げた。
先ほどのようににこりとするかと思ったけど、彼女は無表情だった。まるで知らない他人でも見るかのように。
耐えかねて僕は下を向いた。さっきからまるっきり捗っていない書類が目に映る。書こうとしても全然頭が働かなかった。
今の彼女の目。
見透かされた気がした。さっきプライに言い寄られたことも、あの子について思いをめぐらせていたことも、なにもかも。
超能力者じゃあるまいし、そんなことありえるはずがない。そう思いながら、言いわけを用意しなければと僕はあせった。さまざまな弁解を挙げてみたけれど、どれも通用する気がしなかった。
結局、企画書はもう手につかなかった。




