7-8 おしゃまなミリー
すねてゲームをやめたかと思ったミリーがひょこっとリビングに戻ってきた。手を後ろに組み、すまし顔で姉に告げる。
「お母さんからの伝言です。お姉ちゃんはあたしをいじめた罰として来月はおこづかいなしになります」
「えっ、嘘! ちょっ、お母さーん?」
彼女はあわてふためいてダイニングへ飛んでいった。姉の姿をリビングから覗き込んでミリーが、うっそー、とおどけた。あんなわかりやすい嘘を真に受けるなんて。どうやらミリーがらみで実際に罰を受けたことがあるようだ。
「嘘つき!」
彼女が叫びながら戻って来るとミリーは逃げだした。狭い船内をふたりはどたばたと走り回る。叔母さんの、静かにしなさい、という声が飛んでもお構いなしだ。元気な姉妹だ。
「クコ、助けてー」
座ったまま傍観者を決め込んでいた僕の後ろに、ミリーが回り込んできた。息を荒くしたマリーが立ちはだかる。
「クコ、どいて。ていうかその子、捕まえて。とっちめてやる」
「暴力はんたーい。お母さーん、お姉ちゃんがー」
片づけものの音とともに、ふたりともおとなしくなさい、という叔母さんの声。いつものことなのでいちいち取りあわない。僕も毎回のようにこの場面に遭遇している。息をついて背後のミリーを見上げた。
「今のは嘘をついてお姉ちゃんを騙したミリーが悪い。素直に謝って許してもらいなよ。マリーもそれでいいだろ」
「ま、まあ、ちゃんと謝るんだったらクコに免じて許してあげる」
不承不承といった様子で彼女は口をゆがめた。ミリーは僕の陰から出て、ごめんなさい、と言った。が、こちらもどこか不満げだ。
「お姉ちゃん、クコがいるといいかっこしようとするよね」
「なっ……」
「いつもだったら許してくれないじゃない。やっぱり好きな人の前だと態度違うよねー」
「あんたねえ!」
彼女は頬を染め声を荒らげた。なぜだか僕まで気恥ずかしくなる。
「やーい、赤くなった赤くなったー」
「ミリー、あんた反省してないでしょ。頭出しなさい、げんこつ入れてあげるから」
「暴力禁止ー。お母さーん、お姉ちゃんがいじめるー」
もはやあきれ果てたのか叔母さんの返事はなかった。固めた握り拳を目の前でちらつかせる彼女に、僕は立ち上がり、まあまあまあ、となだめた。どうしてこの姉妹ゲンカの仲裁を僕がしなきゃいけないんだろう。
ふたりを止めて落ち着かせて、ゲームを再開してまた揉めて、再び間に入って両者をたしなめて。そんなことをしているうちに時間は過ぎていった。壁の時計を見ると遅い時刻になろうとしていた。操作端末をサイドボードに置いて僕は立ち上がった。
「そろそろ帰らなきゃ」
「えー、もう? あと一回だけいいじゃない」
「もうじき母さんから電話がかかってくる頃だよ」小さな子供のように見上げるマリーに僕はさとすように言った。「あまり遅くなるばかりしてると門限を早くされる」
「お姉ちゃんはいとしいクコと一秒でも長くいたいもんねー」
「ミリーっ、あんたはよけいなことばっかり」
今日何度目かわからない姉妹戦争がまたもや勃発しそうになる。このふたりは面倒見きれない。やるなら僕が帰ってからにしてくれ。
「じゃ、また明日」
「送るよ」言いながら彼女が立って妹をにらみつけた。「あんたはあとで覚えてなさい」
べー、と舌を出すミリーに、こりゃまたひと波瀾あるなと僕は苦笑した。それどころではない深刻な事態が待ち構えているとも知らずに。




