29-1 夢から覚めた夢
長い夢を見ていたような気がする。
夢うつつに遠くからの声を聞いた。
クコ……クコ……と名前を呼んでいる。
母さんの声だ。朝か。でもなんでそんな怖い声を出すの。怖いというか悲しそう?
だいたい、そんな揺さぶるなんて、どれだけ寝坊したんだろう。完全に一時間目に間にあわないぐらいなのかな。
「――クコっ、クコってばっ。お願いっ、目を開けて!」
マリー……?
あれ……僕、どうしたんだっけ……。
僕は玉座のそばで、床へうつ伏せに倒れていた。いったい、なんだってこんな場所に?
起き上がった半身を「よかった!」と彼女が涙声で抱き締めた。いきなりのだいたんな行動に「ちょっ、こんなのだめだよ」と赤くなっても、彼女は「よかった……よかった……」と泣きじゃくるばかり。二度と離さない勢いで締めつける。
彼女の腕と、その、ふっくらした胸、が上半身に食い込んで気まずい。
少しの間、彼女は僕とともに座り込んで首っ玉にかじりつき、喉を震わせるように何度か僕の名前をつぶやいた。どうしたものかと、染まった頬で僕はただ、困惑した。
彼女の締めつけが少しゆるんだころ、エレベーター到着の鐘の音が聞こえた。彼女はあわてて僕から離れた。乱れてもいない居住まいをせかせかと正す。
男性スタッフがこちらに近づいて来て、僕たちは立ち上がった。
「お客様、お取り込み中、申しわけありませんが、本日は臨時で閉館させていただきます」やや改まった、神妙な様子で彼は告げた。「地上階で事故がありまして」




