26-8 青い巨塔に待つ者
足もとに口をあけた、最上階からの谷底。
小学生の小さい時分に子供たちの間で流行った噂話――塔の上には王様の椅子があって、王様に逆らった人はてっぺんから落とされ処刑される――を思い出す。
今まさにその崖ふちにある彼女の顔は青ざめ、紙のように白い。浮く脂汗。あんなの、大の大人だって生きた心地がしない。高所恐怖症の彼女にはいったいどれほどの仕打ちだろう。あんまりだ。
「せっ……先生! そんなひどいことはやめてくださいっ、彼女は高いところがだめなんです!」
非難混じりの僕の懇願を捨て置くように、ソフィア先生は言った。
「嫌がらせだとでも?」あの薄笑いのような独特の面持ちを見せる。「これは脅迫よ」
脅迫、と僕は小さくつぶやき、ごくりと喉を上下させた。よもやそんな言葉を先生から聞こうとは。
「クコ、あなたにログアウトを許可するから、乗員の配置を戻しなさい。無論、誰にもこのことを話してはいけない。さもないとここから彼女を落とすわよ」
脅しにとどめるつもりのないことを示す、凄みのある形相。授業中の厳しさとはまったくの別種、人でなしの顔。
この人はためらうことなく実際に彼女を落下させるだろう。そうなれば、コクーンの夢が抱える文字どおりの致命的な欠陥により――今となっては本当にバグなのかも怪しいものだ――彼女は現実に絶命する。
先生の背後で、今にも泣きそうな彼女が「助けて、クコ」と声を震わせた。
すくみあがり、悲哀と怯えに彩られた瞳。
ここは先生の命令に服従せざるを――




