25-2 それは聖杯だった
飾り気のない質素なダイニングに沈黙が訪れた。
僕たちがエマさんを、エマさんが僕たちを、じっと見つめた。
いくばくかの時がじりじりと、緩慢に流れた。
「過ぎたるはなおおよばざるがごとしね」やがて、老婦人は肩をすくめ、息をつく。
「あなたの興味を引きつけておきたかったの。これまで指した誰よりも圧倒的なプレイヤーであれば、あなたはここに何度も来てくれると。信頼関係を十分に築いてから、おりをみて話そうと思ってた」
エマさんは白一色の頭をゆるく振った。
「私はウラヌスの共同開発責任者のひとり、上級エンジニアのエマ・ロドリゲス博士よ」
初めて聞く、コクーンの夢の人物が口にするウラヌスの名前。
僕たちやこの世界の住人が持たず、映画や本などでしか見聞きすることのない姓。
この得体のしれない女性を、しかし、ぼくは信頼に値する人だと認めていた。だからマリーも連れてきた。
もう一度、エマさんにうながされてやっと僕たちは椅子に座った。
湯を沸かし棚から茶葉を取り出すエマさんに、フリングスとプライのことを洗いざらい話した。
「そう。その指輪が『聖杯』だったのね」
エマさんは湯を注いでポットとカップを温める。「聖杯?」とマリーが聞き返した。
再びやかんを火にかけエマさんは言った。「ウラヌスの、隠され許可されていないコマンド群を解放する鍵」
鍵。フリングスもそのようなことを言ったとマリーが語っていた。たしか、世界を変える鍵だとか。
僕はやや困り顔で「聖杯だとか鍵だとかなんなんですか」と質問した。
「順番に話しましょう。この船団は外宇宙の探査を目的としたプロジェクトとされている。表向きはね。でも実際は、別の種類の知的好奇心をもとに運用されているの」湯が沸くのを待ちながら淡々とエマさんは語る。
「遺伝子操作を用いず、通常の交配でどこまで優れた人間を創出できるか」




