第96話 武術大会 本選2回戦
今日は、武術大会本戦2日目である。2日目は2回戦と準決勝が行われる。組合せは次の通りだ。
《第1試合》
○アクワ代表
ロベール・リドフォード(M) 宮廷騎士団副団長
VS
○第2会場覇者
ミネルバ・ノヴァク(F)
《第2試合》
○リマニ代表
ベルトラン・コルドバ(M) 紺碧の(アジュール)騎士団副団長
VS
○第4会場覇者
ユースティティア(F)
《第3試合》
○第5会場覇者
バニラ・クインベリー(F)
VS
○アクワ代表
トモエ・スタンホープ(F) 碧の薔薇騎士団副団長
《第4試合》
○第7会場覇者
アーサー・ロバート・クレイニアス(M)
VS
○国王推薦枠
タダノ・ヒデオ(M)
今日の試合場はこれまでと違い、武闘技場中央に設置されている。試合場も縦と横が倍の長さになり、実に4倍の広さになっている。試合も1試合ずつ行われる。それ以外のルールやシステムには、大きな変化はない。
「これはこれは、国王陛下ご推薦のタダノ・ヒデオ殿ではないですか。」
俺が昨日の襲撃事件の際にマーカーを付けた奴の動きを見るために地図機能を開いていたら、話しかけてくる奴がいた。嫌みったらしいこのしゃべり方は……。
「あぁ、これはクレイニアス卿。ご機嫌麗しいようでなによりだな。」
「ふん。貴様の様な平民に話しかけてやるだけでも感謝するが良い。」
どうやら今日は、悪いクレイニアスのようだな。
「今から戦うのに酒なんか飲んでいて大丈夫なのか?」
「ふん! 貴様なぞ、素面で戦う必要も無い。」
「あ! クレイニアス様! こちらにいらしたんですか!」
そう叫びながら近づいてきたのはクレイニアスのお付き見習い騎士のマイクだ。
「うるさい! マイク! 出しゃばるな!」
「しかし……。今日の控え室は反対側です。こちらは代表の……。ヒデオ様申し訳ありません。重ね重ね失礼を致します。」
「なぁに、構わないよ。これくらい。」
俺は開いてた地図機能を閉じると、マイクに手を振り、そう返事をする。
マイクはぺこぺこ頭を下げながら、本来の控え室へとクレイニアスを連れて行った。
今日の控え室は2つ用意されている。東側に用意されたのが推薦された選手、西側が予選を勝ち上がってきた選手の控え室だ。俺は今、東側の控え室にいる。グラウンドには出場選手用の観覧席も用意されており、そこで観戦しても良いと言われている。
「ロベール・リドフォード殿。時間です。」
係に呼ばれ、リドフォードが席を立つ。
「リドフォードさん頑張ってくださいね。」
「あぁ、お互いな。」
そう言って、リドフォードさんは係の後ろについて試合場へと向かった。
俺も、観戦のためグラウンドの観戦席へと移動する。
『只今より、第1試合を開始致します。選手! 入場ーー!』
呼び出しのアナウンスを合図に選手がゲートから出てくる。
ゲートから中央の試合場まで、赤い絨毯で花道が作られている。そこを選手が歩いて行くのだが。結構その道のりは長い。
「ウォーーー!」
「リドフォードー!」
「ミネルバちゃーん!」
「ロベール様〜!」
選手の入場に観客が湧き上がる。大声援だ。やはり、ここは地元のリドフォードの声援が多いようだ。しかし、女性ながら2回戦まで勝ち残ったミネルバ・ノヴァク選手への声援も結構ある。
リドフォードさんとミネルバ・ノヴァクがそれぞれ、花道を歩き試合場に向かう。
「「ウワァーーー!!!」」
「行け−!」
「頼んだぞー!」
大歓声だ。2人が試合場に上がると、会場の観客が一気にヒートアップしていく。
審判が中央に立って手を挙げると、打って変わって会場は圧倒的な静寂を迎える。観客は固唾をのんで開始の合図を待つ。
「始め!」
「「「ウォーーーーー!!!」」」
審判の合図で試合が始まる。声援がまるで地響きのように湧き上がる。
予想に反して先手を打ったのはリドフォードさんだ。
地面を蹴り上げ間合いを一気に詰めると、横なぎに剣を振るう。ミネルバはそれを辛うじて剣で流す。リドフォードさんは流された剣を切り返すと、もう一度横なぎに斬る。今度は、ミネルバはそれを後ろに跳び退きさける。
「「「ウォーーー!!」」」
リドフォードさんの猛攻に会場が盛り上がる。
2人は間合いを取り、対峙したまま動きを止めた。
心なしかリドフォードさんが笑っているように感じる。いや、あれは笑ってるな。
ミネルバはじりじりと間合いを詰めていく。
リドフォードさんは、今度は微動だにしない。
一歩一歩間合いを詰めるミネルバ。その距離が4m程まで近づいた時、ミネルバが動く。
速い! 目にも止まらぬ速さで間合いを詰めるとミネルバは剣を立て突きに出る。それでも、リドフォードさんはまだ動かない。
ミネルバの剣が届こうとするその刹那、リドフォードさんが紙一重でその突きを躱す。
そのすれ違いざまリドフォードさんが目にも止まらない速さで胴を打つ。
ミネルバは、突きを入れた形のまま動かない。
「ドォーン!」
大きな音が鳴り、円筒が赤く染まっている。
場内がざわめく。仕方がないかも知れないな。会場の人にはただリドフォードさんが避けただけに見えただろうからな。実際は、躱し際に剣を打ち込んでいる。リドフォードさんの速さとミネルバの速さがぶつかっての衝撃だ。ただ、剣戟を受けるよりも数倍の力がかかっているはずだ。
「勝者! アクワ代表 ロベール・リドフォード宮廷騎士団副団長!」
リドフォードさんが勝ち名乗りを受けると、再び会場が湧き上がる。
それにしても凄い盛り上がりだな。格闘技好きが多いと言うよりも賭のせいのような気もするけどな……。
さぁ、次はいよいよソフィアの番だ。
ソフィアの相手は、リマニ代表のベルトラン・コルドバ選手。紺碧の騎士団の副団長だ。
一体ソフィアはどんな戦いをするのか興味があるな。
『只今より、第2試合を開始致します。選手! 入場ーー!』
「「「オォォーーーー!!!」」」
呼び出しのアナウンスだけで盛り上がってるよ。
これまた第1試合に負けず劣らず大声援だ。流石は2番人気だな。
「待ってました!!」
「ユースティティアちゃ〜ん♡」
「好きだー!」
中にはちょっと毛色の違う声援も混ざってるけど美少女だから仕方がないかな……。
審判が厳かに手を挙げる。
「始め!」
「ドォーン」
「へ?」
「なんだ?」
「おいおい! 装置の誤作動か?」
開始後いきなり音が鳴ったので会場が騒然としている。しかし、円筒は赤く染まっている。
みると、コルドバ選手は場外に倒れていた。
審判もキョロキョロしていたが、状況を理解したのか右手を挙げて宣言した。
「勝者! ユースティティア!」
「どういうことだ!」
「説明しろ!」
「何があった!」
「ユースティティアちゃん付き合って!」
会場はまだ騒然としている。そんな中、ソフィアは勝ち名乗りを受ける。
流石にこのままでは、運営に支障が出ると考えたのか審判員が会場に向かって説明する。
「只今の試合について説明します。開始直後、ユースティティア選手の目にも留まらぬ攻撃により、ベルトラン・コルドバ選手が場外にはじき飛ばされました。よって、ユースティティア選手の勝ちと致します。」
「……。」
「「「ウオォォオ−−!!!」」」
「すげー!」
「なんだそれ!」
「見えなかったぞ!」
「ユースティティアちゃん結婚して!!」
沈黙の後、状況を理解した会場が沸き立つ。
それにしても、ソフィアは容赦がなさ過ぎるな。
いきなり縮地で目の前に出たと思ったら、剣の柄をコルドバ選手の胸に向けて勢いよく突き立てた。
あれが見えた人間がこの会場にいるとは思えないな。それほどの速さだった。
ここで、試合場の整備のため一時休憩に入る。
次は、ネビルさんの孫バニラちゃんと碧の薔薇騎士団副団長のトモエちゃんの対決だ。2人とも小柄で素早さが信条の似たようなキャラだが、良い選手同士の戦いだけに何となく勿体ない気もするが……。それだけに楽しみでもあるな。
先程の戦いを終えたソフィアが戻ってきた。
「ソフィア、瞬殺だったな。それにしても手加減無しだなお前。」
「主様。申し訳ありません。そういうつもりはなかったのですが……。」
「謝る必要は無いよ。観客がポカンとしてたぞ。」
「すみません……。ちょっと近づきすぎて……、剣を抜こうとしたら相手の選手を吹き飛ばしてしまいました。」
「はい? それじゃぁ、意識してやったわけじゃないのか?」
「すみません。気がついたら相手選手が場外に出てました……。」
「そうなのか。ソフィアにもそういう所があるんだな。」
そうこうしているうちに、整備も終わりアナウンスが流れる。
『只今より、第3試合を開始致します。選手! 入場ーー!』
バニラちゃんとトモエちゃんがゲートをくぐって入場して来る。
「待てました−!」
「バニラちゃーん!」
「トモエ様ー!」
女の子同士の戦いだけあって、野太い声援が多いな……。そういやネビルさん今日も応援に来てるかな?
2人が試合場に上がると、声援は更に大きくなり会場がヒートアップしていく。
「始め!」
審判が手を挙げて、開始を告げる。さあ、どんな戦いをするのか楽しみだな。
審判の合図と共に2人がほぼ同時に飛び出す。
ガキッ! 互いの剣が交差する。
トモエちゃんの剣をバニラちゃんが2本の剣で受け止める。
すると、バニラちゃんが足でトモエちゃんの足を払う。
トモエちゃんは、それを避けるように後方へ跳びのく。
バニラちゃんは、それを追いかけ高く飛び上がる。例の太陽を背にした作戦だ。
トモエちゃんは、それを見て前転しながらその場から移動する。
流石だな。簡単に引っかかってくれないようだな。
そこからは、互いに間合いを詰めて剣での攻防が続く。
しかし、流したり紙一重で見切ったりと一向に攻撃があたる気配がない。
どちらともなく、互いに後ろに跳び退き間合いを取る。
2人は剣を構えたまま微動だにせず、互いに睨み合う。いや、じりじりと間合いを詰めているな。
「せいや!」
気合いの入った掛け声と共に、トモエちゃんが上段から斬りかかる。それをバニラちゃんは紙一重で躱す。が、懐に入ることができず、一旦後ろに跳び退く。
再び間合いを取る2人。緊張感からか会場も水を打ったような静けさだ。
「はっ!」
再度トモエちゃんが間合いを詰め上段から斬りかかる。今度は躱すと同時に側面に流れ、バニラちゃんが懐に入ると右手の短剣で斬りに行く。
しかし、これを躱したトモエちゃんは、横なぎに剣を振るう。バニラちゃんはこれを後ろに跳び退きながら避ける。
「「おぉーーー!」」
観衆が響めく。見ると円筒が互いに黄色に変わっていた。
躱したかのようなそれぞれの一撃がどうやら入っていたようだ。ここからだと良く見えなかったな。2人とも速い。
バニラちゃんとトモエちゃんは再び間合いを取って睨み合っているが、その顔は笑っている。
「いいぞー!」
「すげー!」
会場から大きな声援がかけられる。
「2人とも凄いですね。」
「そうだな。なかなか力が均衡しているようだ。」
「人間でここまでの速さに到達するにはかなりの鍛練を積んでいるんでしょうね。」
「トモエちゃんはともかく、バニラちゃんがここまでやるとは思ってなかったよ。」
俺とソフィアが会話をしている間も2人は間合いを取りながら、じりじりを円を描くように間の探り合いをしている。
すると、バニラちゃんが大きく片手上段に構える。
その瞬間、トモエちゃんが間合いを詰めて突きにかかる。
バニラちゃんが上段に構えた右手で、袈裟刈りに斬りに行く。それを避けたトモエちゃんが突きに行く。
避けきれなかったのかバニラちゃんの肩口に剣があたる。しかし、バニラちゃんは、そのまま左手に持っていたもう一本の短剣を横なぎに払った。
トモエちゃんが膝を突く。透かさず地面を強く蹴ると、トモエちゃんの顔面に膝を打ち入れるバニラちゃん。
後ろに大きく飛ばされたトモエちゃんが地面に落ちるその瞬間、目にも留まらぬ速さで間合いを詰めたバニラちゃんが2本の短剣を交差させるようにして斬り上げた。
「ドオォーン!」
円筒が赤くなり、大きな音が鳴る。バニラちゃんの勝利だ。
「……」
「ウォーーーー!!」
「すげーぞー!」
「ワァーーーーーーー!!」
一瞬の静けさの後に、大波のように歓声が押し寄せてきた。
「良い勝負だったな。」
俺は、誰に聞こえるともなく呟いた。
この大会のベストバウトじゃないかな。それほど緊迫した良い試合だった。
立ち上がったトモエちゃんは、バニラちゃんの傍に寄り、互いに健闘をたたえ合っている。
すると、トモエちゃんがバニラちゃんの右手を取り、大きく上に上げた。
それを見た観客が、更に大きな声援を送る。
「いいぞー!」
「2人とも良い試合だったぞー!」
「トモエ様ー!」
負けたトモエちゃんにも熱い声援が送られている。
「うん。本当に素晴らしい試合だったな。こりゃ、俺も良い試合をしないとな。」
俺がそう呟くと、
「主様、直ぐに試合を終わらせないようにした方が良いかもしれませんね。」
とソフィアに言われた。
「それは、お前だけには言われたくないよ。」
「ですね……。」
そう言いながらソフィアは微笑んでいた。
わざと手を抜くつもりもないが、直ぐに終わらせるのも良くないな。一体どうしたら良いんだろうな。
そんな風に考えていた俺は、既に負けることは考えていなかった。
しかし、それが俺の驕りであったことをこの後知ることになるのだった。




