第95話 武術大会 初戦、そして……
次は第3試合だ。俺とソフィアは控え室へと移動するために席を立つ。
「ヒデオ様。ソフィアさん。頑張ってくださいね。」
「ありがとう。できる限りのことはやってみるよ。」
「がんばれよ。」
「がんばってください。」
ジェームズとマーガレットさんも声をかけてくれる。ジェームズにしてみれば、ソフィアは部下の対戦相手なのだから心中複雑だろうに、大人の対応だな。
「じゃあ、ソフィア行こうか。」
俺とソフィアは地下の控え室へと移動した。
☆
第3試合はAブロック、リマニ代表ベルトラン・コルドバ 紺碧の騎士団副団長 VS 第3会場覇者 ガラハッド・メルバーン
Bブロック、アゴラ代表 アーロン・ウェルブス 蒼穹の騎士団副団長 VS 第7会場覇者 アーサー・ロバート・クレイニアスである。
今、両会場に向かい選手が入場してきた。円筒に手を当て、それぞれがHPを登録した後、試合場に上がる。
Aブロックのベルトラン・コルドバは、がっちりとした体型のバランスタイプ。片手剣と盾を持つ典型的な片手剣タイプだ。片やガラハッド・メルバーンは、戦斧を手に持ちメイスを腰のベルトに下げている。
Bブロックのアーロン・ウェルブスはアーチャーである。弓を持ち、腰には短剣を装備している。そしてアーサー・ロバート・クレイニアスは純然たる騎士である。彼はプライドが高いが、気が弱い。そのため、与えられたチャンスをことごとく逃してきた。
今回もやっと掴んだ国王陛下推薦での武術大会出場の座を、ポッと出のどこの馬の骨とも分からぬ輩に奪われてしまった。当人は、これはこざかしい細工をしたタダノ・ヒデオなる人物のせいだと考えている。しかし、気が弱いため、面と向かって文句を言うことができない。
そんな時、彼の味方になってくれる物(そう考えているのは本人だけだが)それが、酒である。酒の力を借りると、アーサーは別人になることができる。豪気で傲慢な自信家となることができるのだ。そして、今回の武術大会。勿論ここまで勝ち上がってきたのは彼の実力のなせるところではあるが、常に酒を飲みもう1人の自分に頼った結果でもある。
まず、第3試合Aブロックの結果だが、ベルトラン・コルドバが勝利した。ガラハッド・メルバーンも善戦はしたが、戦斧の取り回しが勝敗を分けた。鎧の上から攻撃するには抜群の性能を示す戦斧だが、実戦ではないこの試合ではその良さが消されることとなった。特に、攻撃が躱されたときの隙が一番の問題だった。
ガラハッドが振り下ろした戦斧をベルトランが避けると地面に穿たれた戦斧を足で踏みつけ、ガラハッドの攻撃を未然に防いだ後、止めを刺した。ガラハッドもメイスを手に取り応戦しようとしたが、時既に遅く、負けることとなった。
次に、Bブロックではアーサー・ロバート・クレイニアスが勝利した。下馬評を覆る結果となった。この試合でのアーサーは、饒舌にアーロンを挑発し、悠然と戦って見せた。そう、つまり酒を飲んで戦ったのだ。
おかげで、その言葉は下劣で品がなかったため観客からはブーイングが起こったほどだ。
しかし、そんなことはアーサーには関係が無い。これで、あの憎きタダノ・ヒデオと戦う権利を得たのだから。ただし、タダノ・ヒデオが勝ち上がったらの話ではあるが……。
☆
「第4試合の選手は、試合場へ向かってください。」
係員の指示で俺たちは、地上に上がり試合場へと向かった。ゲートをくぐり会場内に入ると割れんばかりの声援が起こった。何でこんなに人気があるのかと思ってよくよく見てみると、どうやらその声援は俺ではなく、Aブロックに向けてのものだった。なるほど、観客はよく知っているわけだ。
Aブロックはアガルテ代表でアルファ騎士団のホープ、グラハム・グラディウス。対するは、ユースティティアこと我らがソフィアだ。2番人気と4番人気の戦いだ。しかも美男子と美少女の戦いだ。当然盛り上がるよな。
片やBブロックはどこの馬の骨とも分からない国王推薦枠の俺、そして対戦相手がやたらと声が大きいマーク・クリストファー・ハイスヴァルム。6番人気と14番人気の戦いだ。推して知るべし、って奴だ。
白い円筒を触って、HPを登録したら試合場へ上がる。
観客席はさらに大きな声援で盛り上がる。もちろん、Aブロックに向けての応援だ。
ここから観客席を見ても、ほとんどの人がAブロックの方を見ている。いっそのことさっさと終わらせて俺もAブロックを観戦しようかな。
「始め!」
考え事をしてたら、始まってしまった。見るとマーク・クリストファー・ハイスヴァルムが剣を抜いて突進してきている。いきなり突っ込んできたら危ないじゃないか。俺はその場から後ろに跳び、間合いをとる。
しかし、マークはそれでも尚、諦めずに突進してくる。俺は再び跳び上がりマークを躱す。
「いつまでも逃げ回る気か?! 正々堂々と戦いたまえ!」
マークが大声で喚き散らす。
正々堂々と言ってもな。ゴブリン相手にそんなこと言ってたらやられちゃうぞ? まぁ俺はゴブリンじゃないけどな。
「では、ご要望通り正々堂々と戦ってあげるよ。」
そう言って、俺は剣を抜き、横なぎに構える。
「感謝!」
そう叫びながらマークが上段から剣を振り下ろす。俺はそれを剣で受け止める。
スパッ!
受け止めるだけのつもりだったのだが、あろう事かマークの剣を真っ二つに切り裂いてしまった。
「あれ?」
見るとマーク・クリストファー・ハイスヴァルムは顔面蒼白になって固まっている。
少し気が引けたが、俺はそのまま横なぎに剣を振るった。
青龍の剣は淡く青白く輝きながら、マークを両断した。と言っても加護のおかげで本人に怪我はないけどね。
ドォーン!
大きな音が鳴り、円筒が赤く染まる。
「あれ?」
マーク・クリストファー・ハイスヴァルムを見ると、まだ立ち上がっていない。どうやら最初の一撃で彼のHPが0になってしまったようだ。
これは剣の性能が違いすぎたな。何も考えないで青龍の剣を使ったんだが、ちょっと考えれば分かる事だよな。明日は、違う剣を使うことにしよう。それにしても、マーク・クリストファー・ハイスヴァルム。これで良く予選を勝ち抜いてこられたな。よほど組合せに恵まれたんじゃないだろうか。
あまりの瞬殺になんか逆に俺が恥ずかしくなってしまい、勝ち名乗りもそこそこに試合場から早々に降りた。
しかし、期せずして早々に試合を終えることができた。これでAブロックの試合を観戦することができるぞ。
俺は、一度控え室に戻って試合後の手続きをしたら、そのまま観客席のシルビアたちがいるところまで戻る。
「ヒデオ様。一体どんな技を使ったんですか?」
「へ? どんなって剣で切っただけだよ。」
「そうなんですか? ここから見てたらハイスヴァルム選手が勝手に倒れただけに見えましたよ?」
「え? そんなことないぞ。」
「あの剣戟を見えた人物がこの会場の中に一体何人いるだろうな。」
したり顔でジェームズが言う。
「いや。そんなに素早く切ってないぞ? 普通に剣を振っただけだと思うがな。」
「謙遜を……。」
「それよりも、ソフィアはどうなった?」
そう言って、Aブロックの会場を見るともうそこには誰もいなかった。次の試合に備えて係員が整備をしている。
「あれ? 試合は?」
「終わっちゃいましたよ。ヒデオ様が会場からいなくなってから直ぐぐらいですかね。」
「え? そうなの? で、どっちが勝ったの?」
「ソフィアさんですよ。」
「そっか!」
そう言った後、しまったと言う顔をしながらジェームズを見る。
「ははは。気にするなヒデオ殿。グラハムには荷が重すぎる相手だ。負けて当然だからな。」
「すみません……。」
「何で貴殿が謝るんだ? しかし、もう少し粘れるかと思っていたが、それこそ瞬殺だったぞ。気持ちいいくらいにな。ははははは!」
そう言ってジェームスは豪快に笑う。
「それよりも、ヒデオ様こんな所にいていいんですか?」
「ん?」
「ん? じゃないですよ。手続きとか色々あるんじゃないですか?」
「いや。それはもうしてきたから大丈夫。たぶん今日はもう帰っていいんじゃないかな。」
「そうなんですか? 随分とあっさりしてるんですね。」
そんな遣り取りをしていると、ソフィアとグラハム君が戻ってきた。
「グラハム。ご苦労だったな。」
ジェームズがグラハムを労う。
「無様な戦いをしてしまいました。申し訳ありません。」
「何故謝る? 謝る必要など無いぞ。お前は良くやった。彼女が強すぎるんだよ。」
「申しわけ……。」
ソフィアが謝ろうと謝罪の言葉を口にしかける。
「貴方に謝られると、私が情けなくなるので謝らないでください。私の実力が足りなかっただけです。……あの! ひとつお願いがあります。」
「なんでしょう?」
「これから訓練を積みます。修業も……ですから、強くなったら、また戦っていただけますか?」
「ええ、もちろん。」
「ありがとうございます!」
そう言いながらグラハム君は頭を下げた、その顔は悔しさよりも晴れ晴れとしたすがすがしい表情に見えた。
「良い青年だな。」
俺はジェームズに向かって呟く。
「あぁ、自慢の団員だよ。」
満足そうな笑みを浮かべながらそうジェームズが言った。
「明日は2回戦と準決勝ですね。今日は帰ってゆっくり休みましょう。」
「シルビアそれはちょっと気が早いんじゃないか? 準決勝は2回戦に勝たないと進めないぞ?」
「ヒデオ様とシルビア様が勝たなくて誰が勝つんですか?」
「全くその通りだな。」
「ジェームスさんまで。あんまりシルビアを調子に乗せないでくださいね。」
「あー! なんか嫌な感じですその言われ方!」
シルビア1人がプンスカしているが、周りのみんなは笑顔だ。ソフィアとグラハム君が直接戦った後だけに、どうなる事かと内心冷や冷やしていたが、グラハム君の爽やかさとシルビアの天然さでどうやら良い雰囲気になったようで一安心だ。よかった。
さて、シルビアが言うように実際問題、明日に備えて早々に帰宅するのが最善手だろうな。
俺たちは、ジェームズさんとグラハム君、そして、マーガレットさんに別れを告げて迎賓館まで帰ることにした。ただ、俺的にはかなり消化不良な感じだったので迎賓館まで歩いて帰ることを提案した。このまま真っ直ぐ迎賓館に帰るには何となく物足りなさを感じていたからだ。
「私は別に良いですよ。ソフィアさんはどうですか? 疲れていませんか?」
「私も良いですよ。なんなら、街を歩いてみたいくらいです。」
2人の了承が得られたので、俺たちは街をぶらぶらしながら歩いて帰ることにした。
☆
「ソフィアさんクレープって食べたことあります? すっごく美味しいんですよ!」
シルビアがどや顔でソフィアに聞いている。別にシルビアが作っているわけじゃないんだから、そんなに偉そうにしなくても良いと思うんだよね。
「いえ。食べたことないでう。そんなに美味しいのなら是非食べてみたいですね。」
シルビアの策略で、俺たちは露店でクレープを買い求めることになった。
このクレープは、勿論地球からの転生者か転移者が伝えた物であるのだが、口伝の影響か材料不足からなのか、クレープとしては決定的な欠点がある。
それは、生クリームが使われていないのだ。異世界のクレープはショー麦と呼ばれる小麦のような穀物の粉末を水に溶かして作ったタネを薄く焼いた物で、果物の蜂蜜シロップ漬けを巻いている。
これはこれで美味いのだが、やはり生クリームがあった方が美味いだろうな。
そんなことを考えながら、クレープをパクつきながら街を歩く。
「どうですか?」
キラキラした目をしながらシルビアがソフィアに尋ねる。
「うん。甘くて美味しい。疲れた躰にはこういうのも良いですね。」
笑顔でソフィアが答える。
「確かにな。運動したときはエネルギー補給が大切だからな。今日は、肉を食べようか!」
「え! お肉ですか? 良いですね! 何の肉にします?」
「どんな肉があるのかな? 何処か精肉店があれば買って帰るんだけど……。」
そう言いながら、俺は地図機能で『精肉店』を検索する。
すると、ざっと10件ほどの店がヒットした。その中でも比較的大きめで近いところにある店にピンを打ち、ルートを表示させる。
「どうやら少し歩いたところに精肉店があるようだ。行ってみるか?」
「はい!」
満面の笑顔でシルビアが返事する。
「♪ お・にく! お・にく! お・に〜く〜をた・べ・よう。おう! お・にく! お・にく! ……。」
何か変な歌を唄いながらシルビアが前を歩いている。ご機嫌なのは良いけど、シルビアは道分からないだろ?
そう思っていたら、やっぱり道を間違えている。それでも、ドンドン先に進むシルビア。
「おい! シルビア! 道間違ってるぞ?」
「へ?」
キョトンとした顔で振り向くシルビア。
「あ、本当ですね。なんだか知らない間に路地に入り込んじゃってますね〜。」
「入り込んじゃってますね〜。じゃないよ。道が分からないのに先に行くからだよ。嬉しいのは分かるけどさ、もうちょっと落ち着こうよ。」
「はーい。」
俯きながら返事しするシルビア。流石にちょっと落ち込んでいるようだな。
俺がシルビアの近くに行こうとしたその時、背中から何かが飛んでくる気配がした。
俺はシルビアを抱きかかえるとその場から跳び退く。
ガッ! 見ると1本の矢が地面に刺さっていた。
矢が飛んできた方向を見ると、建物の上に人影がある。4人……いや5人か。そこには黒ずくめで、フードを深くかぶった奴らがいた。
「タダノ・ヒデオだな。」
そのうちの1人が、俺の名を呼ぶ。名指しと言うことは、どうやら人違いでもなさそうだ。
俺は立ち上がると、シルビアをソフィアにお願いする。
人と戦うのはあまり好きじゃないけど、そうも言っていられないようだな。
何よりシルビアがいる。どういう事情があるにせよ、シルビアがいる時に狙ってきたのは許せない。
「誰だか知らないけど、死ぬ覚悟はできてるんだろうな。」
そう言いながら俺は、収納倉庫から青龍の剣を取り出した。




