第94話 武術大会 それぞれの戦い
Aブロックではリドフォードさんと第1会場覇者のイーサンが戦っている。リドフォードさんは両手剣にしては小さめの剣を両手で構える。イーサンが持つのは日本刀の様な刀だ。
2人は試合場のほぼ中央で睨み合ったまま動かない。やはり、できる人同士の戦いってこうなっちゃうんだよな。互いの力量が分かるから、容易に踏み込めないんだ。
先に動いたのはイーサンだ。リドフォードさんに、気圧されて動いてしまった感が否めない。
「てりゃー!」
大きな奇声を発しながらイーサンが上段で斬りかかる。これをリドフォードさんは剣を横にしながら受け止める。
ガシッ! と音を出して剣同士がぶつかると、2人はそのまま鍔迫り合いの形になった。一見それから動かないように見えるが、2人の間では力比べと、タイミングを計る駆け引きがなされている。
ここでもイーサンが先に動く。受け止めていた剣を半円状に回しながら流すと、逆袈裟斬りに切り上げる。重心を前に取っていたリドフォードさんはそのまま前のめりになっている。切られる? そう思った瞬間リドフォードさんは地面を蹴り上げ自分からイーサンの間合いに飛び込む。
イーサンの剣はリドフォードさんを捉えるが、逆に間合いが近すぎて致命傷にはならなかったようだ。
リドフォードさんはそのまま前回り受け身のように回転すると、直ぐさま立ち上がる。
「ウォーーーーー!!!」
息が詰まるような攻防に観客も大盛り上がりだ。アクワ代表のリドフォードさんを応援する人が多いな。流石は1番人気。それにしても、このイーサンという男もなかなかやるな。下馬評では決して高い評価ではなかったのに。オッズは127倍の13番人気だったしな。
リドフォードさんの円柱の色は変わらずだ。ダメージ0と言うことはないだろうが、色が変化するまではHPは減っていないと言うことだろう。
「オーーー!!」
観客が大きく響めく。見るとリドフォードさんが構えを解いて、剣をだらりと下げている。
「舐めるな!」
そう言いながら、イーサンが日本刀を大きく振りかぶり袈裟斬りに行く。それをリドフォードさんはすんでの所で躱す。見事な見切りだ。とは言え、あそこまで大ぶりだと流石に剣先も読みやすいか。
イーサンは素早い動きで剣を幾度も繰り出す。しかし、いずれもリドフォードさんに見切られ紙一重で躱される。
「リドフォードさんの勝ちだな。」
俺がそう呟く。
「どうしてですか? イーサン選手も凄いラッシュじゃないですか。リドフォードさんはよけるので精一杯って感じに見えますけど。」
「あそこまで見え見えの剣筋なら簡単に避けられるよ。頭に血が上ったイーサンの負けだな。折角良い試合してたのにな。あんな簡単な挑発に乗るなんて。」
「そうなんですね。」
そうこうしていると、イーサンが突きに転じた。地面を蹴り上げるとリドフォードさんの顔面めがけて刀を突き刺す。それをリドフォードさんは紙一重の見切りで躱したかと思うと、そのまま横なぎに剣を振り抜く。リドフォードさんの剣はもろイーサンの胴に入り、イーサンはそのまま吹っ飛んでいった。
「ドォーン!」
「そこまで!」
大砲のような音がなる。見ると白い円筒が赤く染まっていた。リドフォードさんの勝利だ。
「リドフォードさん勝ちましたね!」
両の手で握り拳を作りながらシルビアが言う。
「やっぱり知り合いが勝つと嬉しいかい?」
「ですね。そんなに知っているわけではないですけど、やっぱり嬉しいです。」
「そういえばマーガレットさんは宮廷騎士団なんですよね。」
「はい!」
どうやら、マーガレットさんもリドフォードさんが勝利して興奮しているようだ。
「リドフォードさんってどんな方なんですか?」
「どんな方って……あの……とても優しくて、強くて、素敵な方です……。」
そう言いながら頬を真っ赤に染めて俯くマーガレットさん。あれ? ひょっとしてこれって……。
「オオォーーーーーー!」
「リディー!!」
「いよぉ! 色男!」
リドフォードさんは、勝ち名乗りを受け応援してくれている観客席に向かって手を振っている。それを見て観客も大盛り上がりだ。
ふと、Bブロックを見ると、まだ試合は続いていた。こちらは4番人気のアガルテ代表 オメガ騎士団副団長のデュラン・ブラン選手と9番人気のバニラ・クインベリーだ。バニラちゃんは……ここはあえてバニラちゃんと呼ばせて貰おう。バニラちゃんは、素早い動きが信条のスピードタイプだ。気になる選手の1人だ。可愛いから気になっているわけじゃないよ。
彼女が気になる理由の1つは、その戦い方だ。2本の短剣を扱うって事もそうだけど、戦い方が実に実戦的なのだ。派手な動きがあるわけでもなく、確実に敵を仕留める動き。アサシンとか日本の忍者とか、そう言ったイメージを受けるんだよな。それがとても気になっている。小柄な彼女がその技量でどこまで大男たちに対抗できるかも見物だと思っている。
現在、見た所バニラちゃんが優勢だ。素早い動きと相手の心理を読む作戦でじわじわと相手を削り、今やデュラン選手の円筒は黄色になっている。つまり、HPが半分を切ったと言うことだ。片やバニラちゃんの方はまだ白い。このまま行けばバニラちゃんの勝利だが、そう簡単にはいかないだろう。相手も黙ってやられてくれるような玉じゃないはずだ。
少し間合いを開けて対峙していた2人だが、バニラちゃんが一気に間合いを詰める。デュラン選手は、剣を横に構えながら迎え撃つタイミングを測る。と、 デュラン選手の2m程手前でバニラちゃんが右斜め前に飛ぶ、 デュラン選手は体を左に90度動かし正面に回る。バニラちゃんが着地した瞬間を狙い、デュラン選手が上段から切り下ろす。それを見てバニラちゃんは再び上に飛ぶ、それを追うようにデュラン選手は振り下ろした剣を反転させて逆袈裟斬りに振るう。
あのタイミングで剣の軌道を反対方向に変えるなんて、かなりの剣技を持っているな。俺はデュラン選手の剣捌きには感心したが、いかんせん戦い方が正直すぎる。
剣を振り上げながら見上げる デュラン選手は、次の瞬間驚愕の表情になる。そこにいるはずのバニラちゃんがいないのだ。
ドン! そんな音が聞こえたかのようなバニラちゃんの体当たりとともに、短剣が2本デュラン選手の胸に刺さる。
「ドォーン!」
大砲のような音がなり白い円筒が赤く染まる。バニラちゃんの勝利だ。
「何が起こったんですか?」
「フェイントだよ。上に飛び上がると見せかけて、懐に飛び込んだんだよ。」
「えー? 絶対飛び上がりましたよ。」
「まぁ、そう言う技だからな。騙されても仕方がないさ。」
やはりバニラちゃんは侮れない相手だな。女の子相手だと思って気を抜いているとやられちゃうかも知れないな。
バニラちゃんは勝ち名乗りを受けると、そそくさと退場していった。手の1つでも振ってあげれば観客も喜ぶのにな。
試合場を整備するため、少しの休息時間が取られることになった。次は第2試合だな。
Aブロックはクルセ代表のクレメンス・ザッハ 冒険者ギルド推薦 VS 第2会場覇者 ミネルバ・ノヴァク
Bブロックはアクワ代表のトモエ・スタンホープ 碧の碧の薔薇騎士団副団長 VS 第6会場覇者 シュヴァイネ・インゲーンスだ。
ここはやはり、トモエちゃんの応援だな。
「なんだか興奮して、喉が渇いてきちゃいました。」
「そういや。こういった会場には飲み物が売ってそうなもんだけど、売り子さんとかいないのかな。」
「外に行けば露店が出ていますけど、中では売ってないみたいですね。」
「エールの売り子販売くらいやればいいのに、絶対儲けると思うけどなぁ。」
そう言いながら、俺は収納倉庫から、例によって冷えた果実水を取り出す。最近の果実水は、迎賓館のシェフ特製の物だ。これがまた美味いんだ。今度話す機会があったら是非レシピを聞いておこう。
「はい。どうぞ。」俺は取り出した果実水を、これまた取り出したコップに入れてシルビアに渡す。
「ありがとうございます! 一家に1人ヒデオ様ですね。」
「おいおい、シルビア。こんなのが一家に1人いたんじゃ世界はたまったもんじゃないぞ。」
様子を見ていた、ジェームズが横から口を挟む。
「ひどいなぁ。はい。ジェームズさんもどうぞ。マーガレットさんもね。」
俺は、ジェームズとマーガレットにも果実水を渡す。
「ソフィアは?」
「では、いただきます。」
「ぷはー! おー! この果実水は実に美味いな。」
ジェームズが一気飲みして言う。
「でしょ? 迎賓館のシェフ特製果実水ですよ。コップ貸してください。」
そう言いながらジェームズのコップにおかわりを注ぐ。
「おぉ。すまないなヒデオ殿。」
「いえいえ。たいしたことないですよ。それにしてもジェームズさん、デュラン・ブラン選手は残念でしたね。」
「お? 全然。アガルテの代表ではあるけどな。オメガ騎士団はさ、アルファ騎士団に対抗意識を持ってるのか、何かと言えば茶々煎れてくるから俺はあんまり好きじゃないんだよな。だから、どうって事無いぞ。」
「えー、団長がそんなこと言って良いんですか?」
「別に大丈夫だろう。」
「ワァーーーー!!」
そんな会話をしていると、声援とともに大きな拍手が湧き上がる。どうやら第2試合が始まるようだ。
Aブロック、Bブロック共にそれぞれ選手が入場してくる。応援はやっぱりトモエちゃんだな。
トモエちゃんの表情を見ると、なんだか緊張しているようにも見える。大丈夫かな?
さぁ、いよいよだぞ。
「始め!」
審判が合図してそれぞれの試合が始まる。
トモエちゃんとシュヴァイネ・インゲーンスもやはり動かない。それにしても体格差が凄いな。シュヴァイネ選手は2mはあろうかというかなりの大男だ。それに比べてトモエちゃんは140cmちょっとの小柄。これはかなり不利になるな。
すると、シュヴァイネが先に動いた。間合いを一気に詰めるとその躰に勝るとも劣らない大剣を、力任せに振り回す。トモエちゃんはそれを後方に飛びながら躱す。
しかし、シュヴァイネはさらに加速し後方に飛んでいるトモエちゃんに追いつく程のスピードで間合いを詰める。
「速い!」
俺は思わず声を出す。躰に似合わずその動きはかなり俊敏だ。パワーだけじゃなくてスピードもあるのかあの選手は……。
トモエちゃんが地面に付くと同時に、シュヴァイネが大剣を横なぎに払う。トモエちゃんはそれを剣を立てて受け流そうとする。が、いかんせんパワーと体格差が違いすぎた。シュヴァイネの剣を受けたトモエちゃんはそのまま吹き飛ばされる。しかも、試合場ギリギリの位置までだ。あと少し飛ばされる距離が長ければ場外負けだったな。
首を振りながらトモエちゃんが立ち上がる。
「オォーーー−!!」
固唾をのんでみていた観客が一斉に声を出し湧き上がる。
「トモエー!」
「トモエ様ー!」
「行けートモエー!」
やはり地元だけあって、トモエちゃんを応援する声が多いな。何てったって3番人気だもんな。
シュヴァイネはそのまま詰めにいかず、中央で仁王立ちして待っている。正々堂々としたその戦い振りは、スポーツとしては良いが実戦だとその余裕が命取りになるぞ?
トモエちゃんの円筒は既に黄色になっている。先程の一撃でHPの半分が持って行かれたと言うことだ。凄まじいパワーだな。
トモエちゃんは、奥歯を噛みしめて気合いを入れた後、一気にその間合いを詰めにかかる。それを待ち受けるようにシュヴァイネが横なぎに剣を払う。その刹那、トモエちゃんは前に飛ぶとシュヴァイネの剣の柄目掛けて蹴りを入れる。
柄を蹴られたシュヴァイネは剣筋が狂い、バランスを崩す。トモエちゃんは柄を足場に更に飛び上がるとそのまま、肩口から斬りかかりシュヴァイネ選手の背中を蹴りつけて着地した。
蹴られた勢いで、シュヴァイネが倒れ込む。しかし、シュヴァイネ選手の円筒は白のままだ。やはり、体格差が効いているな。
すると、未だ倒れているシュヴァイネ選手向けてトモエちゃんが間合いを詰める。あわててシュヴァイネ選手が立ち上がろうとするところを、トモエちゃんはスライディングの要領で滑り込み手でその足首を引っかける。
流石の大男もこれにはバランスを崩して倒れ込む。しかし、トモエちゃんの攻撃はここで終わらない。スライディングしながらもシュヴァイネの足首を持ったままくるりと回転すると、直ぐさま立ち上がり、倒れ込むシュヴァイネの首めがけて剣を突き立てた。
「ドォーン!」
大砲のような音がなり白い円筒が赤く染まった。トモエちゃんが勝ったな。それにしても、勝利への執念を感じる戦いだったな。自分の力を過信して余裕を見せたシュヴァイネと、自らの力のなさを自覚しながらも懸命に戦ったトモエちゃんとのその覚悟の違いがこの試合の結果に繋がったな。再戦したら結果は同じとは限らないと思うけど、これも勝負の綾って奴だな。
「勝者。トモエ・スタンホープ!」
勝ち名乗りを受けるとトモエが満面の笑顔で手を振る。その様子を見て観客も大いに盛り上がった。
「いいぞー!トモエー!」
「碧の薔薇騎士団バンザーイ!」
「トモエ様ー!」
良かったねトモエちゃん。因みにAブロックの戦いは知らない間に終わっていた。結果は、予選から勝ち上がってきたミネルバ・ノヴァク選手が勝ったようだ。クルセは騎士団がないせいか冒険者ギルドの推薦だったんだけど、面目丸つぶれってやつだね。何事もなければ良いんだけどな。ってこれはフラグじゃないからね。




