第92話 ソフィアの事情
ユースティティアが実はソフィアだった。そんな予想もしていなかったことが分かってから、俺たちは詳しい話を聞くために、部屋の隅にあるテーブルで話しをしている。
「で? どういうことなんだ? 面倒だろうけど、できればここまでの経緯を詳しく教えて貰いたいな。」
テーブルにつくと、支給係が運んできた葡萄酒を一口飲みながら俺はソフィアに尋ねる。
「勿論です主様。」
「ん〜、ちょっとその前にひとついいですか?」
「どうしたんだ? シルビア。」
「根本的な疑問なんですけどぉ。何でお馬さんのソフィアがユースティティアさんになれるんですか?」
シルビアが小首をかしげながら尋ねてくる。
いや。尤もな話だな。そもそも、ソフィアが天界から来た存在だって事は俺しか知らないことだったからな。いきなり私は天界から来た存在です。馬でしたが人間になりました。なんて言っても納得なんてとうていできないよな。
そう考えているとソフィアがシルビアに話しかける。
「シルビア様。黙っていて申し訳ありません。実は、私は女神に天界から使わされた存在なのです。今までは自分の力だけではこちらで顕現することができなかったので馬の身体を借りていたのですが、力が戻ったのでこうして人の姿になることができたのです。」
いやいや、ソフィアいくら何でもそれでは納得できないでしょう!
「ふ〜ん。そうなんですね。分かりました。あ、ヒデオ様すみません。もう良いですよ。」
って、納得すんのか〜い!
「どうしました? 主様。」
「いや……別に……何でも無いよ……。それはそうと、その主様ってのは、この状況ではあまり良くない気がするんだけどな。」
「何故ですか主様。」
「いや、だって……ねぇ。」
「……。」
「まぁ、あれだよ。」
「何でございますか? 主様。」
「……わかった。取りあえず、公衆の面前ではやめてくれないかな。色々誤解を招いても面倒だし……。」
このまま押し問答しててもしょうが無いから、俺なりの着地点を提案する。
「私としては不本意ですが、主様がそう仰るのなら。」
「分かってくれてありがとう。嬉しいよ。」
どことなく気が抜けたような声で俺はそう言った。
「あ! 私お肉貰ってきますね。」
そう言いながらシルビアは席を立っていった。
おいおい……今からの話に興味は無いのか? 料理を取りに駆けていくシルビアを呆然と見送りながらも、我に返り、ソフィアに話を戻す。
「で? 何がどうしたらこうなった?」
「はい。先程もお話しした通り、こちらに来たばかりの頃は自分だけでは顕現できるほどの力がありませんでしたので、別の生命体の身体を借りていました。」
「うん。それは聞いた。それが馬のソフィアだよな。」
「はい。あの馬はとても優れた個体でしたし、主……ヒデオ様のおそばに使えるのに便利だと思いその中で力が戻るのを待つことにしていたのですが……。」
「なんかイマイチ合わないみたいなことを言ってたよな。」
「そうなんです。初めのうちは良かったのですが、だんだんと力が戻ってくると、馬の体の中では収まりきらなくなってきまして。それで、あれこれ試行錯誤しているウチに馬の体にも影響が出るようになってしまったんです。」
「それは何か良くないこと?」
「良くない事というか、私の存在と馬の存在との境界がなくなって行く感じです。」
「そうなるとどうなるの?」
「体が融合してしまうと言うか、区別がなくなっていきます。」
「何か分かるような、分からないような……まぁいいや。続きをお願い。」
「はい。そうなると馬の存在がなくなってしまう可能性もあるので、できるだけ早く自身の力で顕現できるように努力をしていたところ、王都の旅路の中で一度顕現することに成功しました。」
「その顕現する時って、光ったりする?」
「普段はそうでもないのですが、初めのうちはちょっと気合いを入れてやっていたので、そう言ったこともあったと思います。」
「なるほど、だんだんと見えてきたぞ。旅路の途中で兵士が馬が光っていたって証言してたらしいんだけど、その時だな。」
「だと思います。」
「それで?」
「本来なら、私が顕現した後、馬と私が離れてその場に馬が残るはずだったのですが馬は残らず私だけになってしまったんです。」
「それは、境界がなくなってきてたから?」
「だと思います。旅路の途中で馬が消えると騒ぎになると思い。もう一度馬の姿に戻りました。」
「そういったこともできるんだ。」
「まだ馬の情報が残っていましたから。」
「はるほど。で?」
「その後、王都について再度試してみたのですが結果は同じでした。」
「王城の兵士が見た光はその時だな。」
「そうなんですね。それで、結局馬を残しながら私が顕現することが難しいと分かったので、この姿になった後、王城を後にしました。」
「そうか。なるほど。でも、ソフィアが厩から出て行く姿を誰も見てない様子だったけど?」
「流石に、真っ裸でしたし見られない方が良いと思ったので瞬間移動しました。」
「マジか! そんな力があるのか!」
「はぁ、まぁ一応、神が使わした存在ですので。」
「そうか。道理で縮地も使えるはずだ。それって俺もできるようになるかな。」
「神に近い存在になればできるかと……。」
「あ、いいわ。何か悪い予感がするから今のところは遠慮しておこう。」
「そうですか。主様なら可能性があると思うのですが。」
確かに瞬間移動って縮地の延長上にあるような気がするからそのうちできる気がしないでもない。でも、そのために神に近い存在になるのはちょっと遠慮したいな。
「それはそうと、なんで武術大会に出てるの? しかもちゃっかり勝ち抜いちゃってるし。」
「この体を顕現し続けるために、色々動いて慣れていく必要がありましたし、一度主様とお手合わせしたいと思っていましたので一石二鳥かなと。」
「何か怪しいな。別に慣れるのはどうとでもなったんじゃないの? それに俺と試合したければそう言えばいつでもできただろうに。」
「えへへへ……バレました? ただ、主様をちょっと驚かせたかったんです。」
「だと思ったよ。で、ユースティティアって名前は何?」
「アストレア様の別名と言いますかなんと言いますか、そう言った存在の名をお借りしました。」
「そう言や雰囲気がどことなくアストレアに似てるもんな。」
「アストレアって誰ですか?」
何を勘違いしたのか肉を持って戻ってきていたシルビアが、疑いの眼差しで俺を見てくる。さっきまで、こっちの話は全く興味なさそうに肉にかぶりついてたのに、こう言うときだけ話に入ってくるのな。
「シルビアが思っているような関係じゃないよ。アストレアは女神だよ。」
「女神様?」
それでもまだシルビアがジト目で観てくる。
「そう言う意味の女神じゃなくて、本当の女神。神様だよ。」
「そ、そうなんですね。流石ヒデオ様です。女神様にもお知り合いがいらっしゃるなんて……。」
「召喚勇者だからね。俺を召喚した女神だよ。……間違いだけどね。」
最後の方は小声で言ったから、シルビアには聞こえてはいないようだ。
「それは、主様の理想の女性を顕現しているから当然と言えば当然ですね。」
ソフィアがサクッと、シルビアが怒り出しそうなことを投下する。
「そうだったか。……でも、それは今言わなくても良いぞ。」
シルビアを横目で見ながら、後半はこそっとソフィアに耳打ちする。
「これは失礼いたしました。」
「で、これからはどう名乗るの? ソフィア? ユースティティア?」
俺は、素早く話題を変える。
「ソフィアは私本来の名で、ユースティティアは顕現した後の名ということになりますね。」
「なんだか面倒だな。それに、ユースティティアってなんだか言いにくいぞ。」
「そうですか。では、ソフィア・ユースティティアと名乗るのはいかがですか?」
「いいね。ソフィア・ユースティティアか。うん! 何かしっくりくるな。いいんじゃない?」
「ありがとうございます。では、私の名はソフィア・ユースティティアで。主様、シルビア様どうぞよろしくお願いします。」
「うん! よろしくね。」
「よろしく。ソフィアさん。」
それにしても、シルビアの順応能力は大した物だな。何も考えて無いとも言えるけどな。
「ヒデオ様。何か失礼なこと考えていません?」
「い、いや、全然? 全く?」
マジでシルビア以心伝心のスキル持ってんじゃないの?
「ところで、ソフィアは今どこに滞在しているんだ?」
慌てて俺は話題を変える。今日は多いなこれ……。
「滞在? 特にどこにも……。」
「? どこにもって、だってその姿になってからでも数日は経っているだろ? 寝泊まりとかどうしてたんだ?」
「寝るときはその辺で野宿してましたし、今のところ食べる必要もなさそうなので特に困ることはありませんけど。」
「いやいやいや、ダメでしょ! 女の子なんだし。」
「そうですか? 私は気になりませんけど。」
「いや、そう言う訳にはいかないよ。もし良ければ俺たちが使っている迎賓館に来いよ。っていうか、連れて行くぞ。」
「はい。もちろんです。主……ヒデオ様やシルビア様とご一緒できるのならその方が嬉しいですから。」
「たぶん1人くらい増えても問題ないと思うから。」
こうして、ソフィアは俺たちを迎賓館に一緒に帰ることになった。現状はどうあれ、兎に角ソフィアが無事で良かった。
《ソフィア。ところで念話はまだ使えるのか?》
確認のため俺はソフィアに念話で話しかけてみる。
《もちろんです。主様。》
すると、ソフィアから念話が帰ってきた。馬の姿の時は何とも思わなかったけど、人の姿でこれをやるとなんだか内緒話をしているみたいでちょっと背徳感があるな。ま、そのうち慣れるかな。
「お前がタダノ・ヒデオか!」
話が終わって一息つこうとした途端、突然俺の名前を怒鳴る奴がいた。見てみるとそこには1人の騎士然とした男が立っていた。どうやら随分飲んだのか、かなりできあがっている雰囲気だ。そろそろこのパターン終わりにして欲しいな……。
「えぇ、私がタダノ・ヒデオですがあなたは?」
正直いらだっているが、騎士風なので一応礼儀を考えて丁寧に受け答えする。
「俺の名を知らぬのか! この田舎者めが!」
「申し訳ありません。まだ王都に来て間もないものですから。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
なんなんだこいつは? 殴りたくなるな。
「ふん! 貴様に名乗る名など持ち合わせておらぬが今回は特別だから教えてやろう。」
教えたいのか教えたくないのかどっちなんだよ。ハッキリしろよな。
「俺の名は、アーサー・ロバート・クレイニアスだ! いずれ勇者サラ殿をも倒す剣の達人だ! 覚えておけ!」
「これはこれはアーサー様、大層ご立派な名前ですね。知らぬ事とは言え失礼いたしました。」
無礼な態度とサラをちょっと小馬鹿にした感じの発言に腹が立ったので、嫌みっぽく言ってみた。それにしても、何処かで聞いたことがある名前だな。
「ヒデオ様。アーサー何某と言えば例の……国王陛下推薦の……。」
シルビアが小声で俺に耳打ちする。
あ〜、思いだしだぞ。俺の前にアレク陛下から出場の推薦を受けていたという選手だ。確か第7会場で試合してたよな。それで、俺に絡んできたのか。随分狭量な奴だな。
ちょっと嫌みが過ぎたかと思っていたが、どうやらそんなことを思わなくても良い相手のようだ。
「アーサー様! こちらにいらっしゃったのですか。」
そう言いながら、何処か頼りなさそうな騎士風の男が駆けてきた。彼は、マイク。アーサーに付いている見習い騎士だそうだ。
「これはタダノ・ヒデオ様。どうもアーサー様がご無礼をいたしましたようで申し訳ございません。」
そう言いながらぺこぺこと頭を下げるマイク。
「こんな奴に謝る必要など無い! 姑息な手を使って陛下に取り入るなど言語道断だ!」
いや、俺は何もしてないけどな。その辺の噂を信じないで欲しいな。
「わかりました。分かりましたから、一先ず彼方に行きましょう。」
そう言いながら、アーサーはマイクに連れられてテラスの方へ移動していった。その間もマイクは此方を窺いながら終始謝っていた。マイクは常識がある人物のようだ。
「何なんですかね。あれ。感じ悪いですね。」
手に肉を持ってむしゃむしゃと食べながらシルビアが言う。
「塩でもまいとけ!」
「しお?」
「あぁ、それは良いけど、シルビアお行儀が良くないぞ。」
結構いらだってたのだが、シルビアの様子を見ていたらなんだか怒るのが馬鹿らしくなってきた。
「……で? シルビアが食べているその肉は何の肉だ?」
「え? 分からないですけど美味しいですよ!」
分からないのに食べてるのか……。
「主様。それは、ウサギの肉ですね。」
「ウサギか。それなら食べられそうだな。どれ、俺にも1つくれよ。」
そう言うと、シルビアが骨付きのウサギ肉を手渡してくれた。
「うん! 確かに美味い。どことなく鶏肉に似ているな。野性味が少し残るがハーブの香り付けが抜群だ。」
「でしょ? だから言ったじゃないですか。」
別にシルビアが調理したわけでもないのに、どや顔をされても困る。
その後、俺はジェームズやグラハムなどまだ話していたかった知り合いに挨拶をして回った。
そうそう、アレク陛下の傍にいた女性は、陛下の母君と姉君だった。お母さん若過ぎじゃね? 俺全然いけるんだけど? などと思ったことは誰にも言っていない。
他の騎士団の話も聞きたかったところだが、選手たちは明日のこともあるので、早めに帰ることになった。なので騎士団の話は、またの機会にすることにした。パーティーはまだまだ続くようだが……。当事者でなければ、格好の酒の肴なんだろうな。
こうして俺たちは城を後にし、迎賓館へと馬車を走らせた。それにしてもたった1日の出来事とは思えない程いろんな事があったなぁ。溜息交じりに外を眺めながら色々考えていた。
しかし、道中シルビアとソフィアが楽しそうに話しているのを見てなんだか嬉しくなった。ソフィアも無事で良かった。シルビアも同性の話し相手ができて良かったな。って言うか、そもそも神の使いに性別なんてあったのかな?
《元々性別はありませんが、顕現してからは女性で固定されていますよ。》
ソフィアからの念話が帰ってきた。
《何で考えたことが分かったの?》
《強い思念は、受け取れる者には伝わりますので……。》
《そうか。これからは気をつけるよ。》
ソフィアが美少女の姿で戻ってきてくれて嬉しいのだが、内緒の考え事ができなくなりそうなのだけはちょっと困りものだな。横目でソフィアとシルビアを見ながら、そう考えるのであった。




