第91話 武術大会 宴にて その2
暫く歓談が続いた後、明日の出場者が前方に集められた。
これから出場者の紹介が行われるらしい。名前を呼ばれると一歩前にでて挨拶をするように言われた。
広い台高座の前に俺たちは、指示された順番に横一列に並んでいる。
「只今より、各都市から推挙された選ばれし8名を紹介する。」
ガストンの傍にいた、役人風の男がどうやら司会進行のようだ。
「アクワ代表 宮廷騎士団副団長 ロベール・リドフォード殿」
リドフォードさんが一歩前に出て、手を胸に当てて最敬礼する。
「クルセ代表 冒険者ギルド推薦 クレメンス・ザッハ殿」
冒険者ギルド推薦か。何となく風貌もそれっぽいな。
「リマニ代表 紺碧の騎士団副団長 ベルトラン・コルドバ殿」
「アガルテ代表 アルファ騎士団 グラハム・グラディウス殿」
「アガルテ代表 オメガ騎士団副団長 デュラン・ブラン殿」
アガルテにはアルファ騎士団以外にも騎士団があるんだな。
「アクワ代表 碧の薔薇騎士団副団長 トモエ・スタンホープ殿」
「アゴラ代表 蒼穹の騎士団副団長 アーロン・ウェルブス殿」
「国王陛下ご推薦 タダノ・ヒデオ殿」
名を呼ばれた俺は、一歩前に出て手を胸に当てて敬礼をする。
それにしても8人の代表中6人が騎士団所属か。しかも5人の副団長。まぁ、街が推薦するとなるとどうしてもそうなっちゃうかな。そんな中、クルセ代表のザッハさんは冒険者って事で逆に彼が異色なのかも知れないな。
「引き続き、昨日までの予選を勝ち抜いた強き8名を紹介する。」
「第1会場覇者 イーサン殿」
「第2会場覇者 ミネルバ・ノヴァク殿」
「第3会場覇者 ガラハッド・メルバーン殿」
「第4試合覇者 ユースティティア殿」
「第5会場覇者 バニラ・クインベリー殿」
「第6会場覇者 シュヴァイネ・インゲーンス殿」
「第7会場覇者 アーサー・ロバート・クレイニアス殿」
「第8会場覇者 マーク・クリストファー・ハイスヴァルム殿」
「尚、明日は名を呼ばれた順に代表者と予選勝者が戦うものとする!」
「おぉーーー!」
響めきと歓声が起こり、大きな拍手が沸き起こった。
それにしても、さっき何か気になることを言ってたぞ? なんだか、呼ばれた順に戦うとかどうだとか……。
てことは俺が戦うのは……最後に紹介された人物ってことだから……あの人かな? う〜ん。名前覚えてないや。ちゃんと聞いときゃ良かったな。
「この組合せは、後ほどこの宴の会場にも貼り出すので選手は良く確認しておくこと。以上である!」
あ、貼り出されるのね。良かった……後で、ちゃんと確認しとこ。
紹介が終わった後は再び歓談となった。先程までは、見知った相手とばかり話しをしていた貴族たちも、今は出場者の周りを取り囲むようにしている。とは言え、俺の周りにはシルビア以外誰もいないけどね。
「貴殿がタダノ・ヒデオ殿か!」
やたらとでかい声で呼ばれたので見ると、先程最後に紹介されていた選手がいた。明日の対戦相手だよな。名前なんだっけ……。
「えっと……。」
「私の名はマーク・クリストファー・ハイスヴァルム! 以後お見知りおきを!」
そんなに大きな声出さなくても聞こえるよ……。
「あ、あぁよろしく。」
「明日の試合が楽しみですな!」
「あ、あぁそうですね。」
「正々堂々と戦おうではないか!」
いやホント、一々そんなに大声出さなくても良いと思うんだけど。
「では! 明日!」
そう言って、ハイスヴァルムは何処かへ行ってしまった。一体何だったんだ?
「タダノ・ヒデオ様」
不意に声が聞こえたので見てみると、城の従士の1人が傍に立っていた。
「何でしょうか?」
「陛下がヒデオ様をお呼びにございます。あと、シルビア様も。」
俺とシルビアの顔を交互に見ながらその従士が言う。
前を見ると、アレク陛下が柔やかに手を振っている。
「だって、シルビア。どうする?」
「どうするって……行かないとダメでしょ?」
「まぁ、それもそうだな。」
俺とシルビアはアレク陛下の元へ歩いて行った。
「陛下。本日はシルビアもご招待賜りましてありがとうございます。」
俺はアレク陛下の前に傅き、礼を述べる。
「ヒデオ。堅苦しい挨拶はせずとも良いぞ。」
傍にいるガストン宰相を見るが、にこやかに微笑んでいる。問題ないようだ。
「ご配慮ありがとうございます。陛下。」
「シルビアちゃんも良く来てくれたね。そのドレス凄く似合ってるよ。」
「ありがとうございます。陛下。」
シルビアも丁寧に返している。それにしてもさらっとドレスのことを褒めるなんて、なかなかやるなアレク陛下。
「ところで、ヒデオ。周りの貴族どもが何やらこそこそ言っておるが、気にすることはないぞ。」
どうやら俺をここに呼んだのは、一部の貴族たちが俺のことをよく言っていないことを、気にかけてくれたからのようだ。なかなか、心優しいところもあるじゃないかアレク陛下。これは名君になるんじゃないのか?
「其方を愚弄するは、余を愚弄するも同様。そのような輩は爵位剥奪の上、打ち首にしてくれるわ。ねぇ。ガストン。」
「はは。陛下の御心のままに。」
……。前言撤回。こりゃダメだわ。
「それはそうと、ヒデオ。其方は騎士の称号を辞退したが何故だ?」
「そのような称号、私のような者にはもったいのうございます。」
「なるほど、騎士爵では其方に不釣り合いという事か?」
「ん?」
何か違うぞ?
「なれば、準男爵いや男爵ではどうだ? 適当な場所を与えるから其方の領地とすれば良い。」
あ、やっぱりそっちの方向に行ったか。物足りないんじゃなくて、本当にいらないんだけどなぁ……。
「陛下。お気遣い大変ありがたく存じますが、今の私には爵位はもったいのうございます。爵位に相応しい人物となりますれば、その時は是非賜りとう存じます。」
「そうか。ヒデオは遠慮深いなぁ。わかった。余も無理を言うのは好かん。では、他の物にしよう。何が良い?」
「とおっしゃいますと?」
「先般のクルセを救った褒美だ。」
「それは既に頂いております。」
「何を言う。あれは、騎士の称号と報奨金がセットだ。其方は騎士の称号を断ったのだから、それに変わる物が必要であろう。」
「え……っと……それでしたら、このシルビアのドレスをお願いしましたのでそれで……」
予想外の展開に、流石に開いた口がふさがらない。何を言ったら良いのか考えがまとまらないよ。
「騎士の称号とドレスが釣り合うものか! あれは、ウォルコットのちょんぼじゃ。」
「しかし……。」
「それに、シルビアちゃんのドレスなら余がプレゼントするから気にするな。」
「へ?」
今度はシルビアが、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をする。
「しかし、陛下……。」
シルビアが何か言いかけると、アレク陛下がかぶせて言う。
「もう既に、出入りの業者には通達しているから安心してねシルビアちゃん。」
陛下……。やはり貴方は女ったらしの素質がありますね……。
すったもんだしたが、結局よく考えておいてくれと言うことでこの場は収まった。陛下も俺にかかりっきりって言う訳にもいかなかったので何とか助かった形だ。それにしても、大金貨10枚貰えただけで十分だったんだけどなぁ。
俺とシルビアは、取りあえず玉座から離れた壁際のテーブル席に座って一休みすることにした。
給仕係が運んでいる果実水を貰ってシルビアと2人で飲む。
王城で出される物だから結構期待していたのだが、迎賓館で出される果実水の方がよっぽど美味い。やっぱりあの果実水は絶品なんだなぁと改めて思った。今度シェフにはしっかりとお礼を言っとかなきゃな。
シルビアはデザートを捜すと言って、何処かへ行ってしまった。花より団子……。
「ヒデオ様。お久しぶりです。」
一息ついていると、また声をかけてくる人物がいた。勘弁して欲しいなと思いながらも、挨拶をしようと声がする方を振り返ってみると、そこには例の美少女がいた。
昨日の予選で縮地を使っていた少女だ。名前は……。あれ? でも今「おひさしぶりです」って言わなかったっけ?
「以前どっかで逢いましたっけ?」
記憶をたどりながら、考えるが一向に覚えがない。そもそも、こんなナイスバディーの美少女と出会っていたら決して忘れることはないのだが……。何てったって、かなりのドストライクだからな。
「あら? やはり分かりませんか?」
イタズラっぽい笑みを貯えながら美少女が言う。
「あ! ユースティティアさん。ヒデオ様、手が早いですね。いくらユースティティアさんがお綺麗だからって節操なさ過ぎですよ。」
何を勘違いしたのか、デザートを持って戻ってきたシルビアに叱られてしまった……。
「あら! シルビアちゃんもお久しぶり。」
「へ?」
ユースティティアにお久しぶりと言われて今度はシルビアが惚けた顔をして停止する。
「シルビアちゃんも分からないのね……。」
寂しそうにユースティティアが呟く。
「えっと……何処かでお会いしましたっけ?」
シルビアにもそう言われると、「はぁ。」と再び寂しそうにため息をつくユースティティア。
確かに出会った記憶は無いのだが、ユースティティアから感じる雰囲気は何処かで感じたことがある気がする。何処か懐かしいような安心するような……。どこだっけ?
「シルビアちゃんはともかく、主には気付いて貰えると思っていたのに……。」
「主? あるじ、アルジ……あ! ひょっとして……まさか……ソフィア?」
「流石主です! 気付いていただけましたか?」
満面の笑みでユースティティアが言う。
「「えーーー!?」」
俺とシルビアは顔を見合わせて、思わず大きな声を上げてしまった。しかも、ハモってしまった。
気づいたというか、ほぼ答えを言われたというか……それにしても……
「なんで? どうぢて? どうやって?」
なんだか上手く舌が回ってないような言いぐさになってしまったが、それだけ驚いているって事だ。
シルビアに至っては、口をあんぐりと開けたまま放心状態で固まっている。
「ふふふ……。そんなに慌てなくてもちゃんとお話ししますよ。」
嬉しそうな顔をしながらユースティティア……いや、ソフィアがそう言う。
そう言やアスカが言ってたっけ。自分で顕現できるだけの力が戻ったって……。それにしても武術大会に出なくても良いと思うんだけど……。まぁ、その辺りの話も聞くとしよう。
それにしても、王城でのパーティーと言う物はこうもいろんな出来事が起こる物なのか?
手元にあった果実水を飲み干し、天井にぶら下がっているシャンデリアを溜息交じりに眺めながらそう思うヒデオであった。




