第90話 武術大会 宴にて
長くなったので本日2話に分けて投稿します。
「ヒデオ様どうですか?」
目の前にはパーティードレスを着たシルビアがいる。
シルビアが着ているのは、昨日ベントゥーノさんに借りたドレスだ。既製品だがベントゥーノさんが自信を持っていただけあって、なかなかゴージャスな感じのドレスだ。しかし、それでいてシルビアの可憐さを隠すようなことにはなっていない。なかなかいいバランスなんじゃないかな。
「とてもよく似合っているよ。シルビア。」
「本当ですか? 嬉しい!」
そう言うと、シルビアは本当に嬉しそうにくるくる回りながら喜ぶ。
昨日はあんなに見せるのを嫌がってたくせに、今日になると見せたがるなんて女心はよく分からないな。
「ん? 何か言いましたか?」
「いや、別に何も言ってないぞ。」
なんだ? シルビアも以心伝心のスキルを身につけたのか? それとも女の勘って奴かな。
「ヒデオ様、シルビア様、ご準備の程は整いましたでしょうか?」
シルビアがファッションショーばりにポーズを取るのを見ていると、ネビルさんに声をかけられた。
「あぁ、大丈夫だよ。」
「では、表の方へどうぞ。王城より迎えの馬車が来ております。」
そう言われて、俺とシルビアは外に出る。
門の前には、いつものように王城からの馬車が迎えに来ていた。本来なら、俺たち2人以外にも幾人かの従者を連れて行くようなので、ネビルさんたちも誘ってみたのだがやんわりと断られてしまった。ああいった場は苦手なんだそうだ。まぁ、分からないでもないな。別に俺たちにお付きの人が必要なわけでもないしね。
俺たちは、馬車に乗り込むとネビルさんとハミルトン姉妹に見送られながら王城へと出発した。
馬車の窓から見える風景も随分と見慣れてきた。陽が暮れて随分と立つのにまだ街は賑わっている。夜の街も良いもんだな。今度、お酒でも飲みに行きたいな。
「ヒデオ様、流石は王都ですね。夜になってもとっても賑やかですよ。」
「そうだな。今度は夜の街にでも繰り出してみようか。」
「本当ですか? 美味しいもの食べたいです!」
「いいよ。何がいいんだ?」
「う〜ん。やっぱりお肉ですかね。」
「肉ねぇ。こないだオークを殺ってから、なんかオーク肉には食指が動かないんだよな。」
「王都ならもっといろんな種類の肉があるんじゃないですか?」
「そうだな。それなら今日の宴でも色々楽しめるかな?」
「きっとそうですよ。何てったって王城の宴席ですものね。楽しみです!」
そう言ってシルビアは満面の笑みを浮かべる。
暫く走ると、馬車が停まった。
ドアが開かれて降りてみると、周りには様々な馬車が停められていた。きっと沢山の貴族たちが出席しているんだろうな。
俺とシルビアは、城から出てきた案内役に連れられて城内へと入って行く。
案内されたのは『騎士の広間』と呼ばれるとても大きな部屋だ。まず部屋に入って直ぐに目に付いたのが、天井からつり下げられている巨大なシャンデリアだ。銀製と思われるシャンデリアには水晶の様な物が沢山つり下げられており、更に色とりどりの宝石のような物がちりばめられている。灯りは蝋燭ではなく魔法が使われているようだ。
壁には英雄譚や紋章のタペストリー、盾、剣などが飾られており、床には香り付けのためか、これまた色とりどりの花が飾られている。
香を焚いているのだろうか? 部屋には芳ばしくそれでいて落ち着くような香りが漂っていた。
既にかなりの人数がこの『騎士の広間』に集まっている。王都の貴族たちを中心に、王国中の有力な貴族たちが集まってきているのだろう。これほど広範囲から人が集まってパーティーを行う機会もそうそうないのかも知れないな。
今日の宴席はかなりの人数が出席することもあって、立席のスタイルのようだ。3,4人が使えるほどのテーブルが多数並べられている。ただ、部屋の端の方にはちゃんとテーブルと椅子も用意されており、座ってゆっくり食事を取ることもできるよう考慮されている。なかなか、考えられているな。
部屋の奥には、赤い絨毯が敷かれた一段高くなった広い台高座があり、そこには立派な装飾が施された椅子が3脚用意されていた。あそこが、国王陛下が座る場所だろう。それにしても、3つあるけどあと2つには誰が座るのかな。
そんなことを考えていると、声をかけてくる人物がいた。
「ヒデオ。シルビア。久しぶりだな。元気だったか?」
「サラ様! お久しぶりです。」
シルビアは見知った顔を見つけて安堵の表情をしている。やっぱり緊張するよね。
「サラ! 久しぶりだな。どうしてたんだ?」
「どうもこうも、普通に任務についてたが?」
「そうか。サラもちゃんと仕事してるんだな。関心関心。」
「なにか馬鹿にされた気分だぞ。」
「そんなことないよ。」
久しぶりに会ったサラとそんなたわいもない会話をしていたのだが、どうも周りが騒がしい気がする。
「なぁ、サラ。何か周りが騒がしいような気がしないか?」
「そうか? パーティーだからな。こんなもんだろう。」
「いや。そう言った感じではなくてさ……。」
これ以上サラに聞いても埒があかないので、俺は聞き耳を立てて周りの会話を聞いてみる。
『条件を満たした為
スキル『聴覚強化』が Lv.3になりました。』
いつも良いタイミングでありがとう……。
「……おい。あれが例の噂の男か?」
「なんだ、思ったより小さいな。」
「たいして強そうには見えないぞ。」
「しかし、クルセの街を勇者サラ様と2人で救ったって話じゃないか。」
「あぁ、それは俺も耳にしたぞ。何でもゴブリンロードが率いる300もの大群だったそうじゃないか。」
「なに!? それは本当か?」
「どうせ、サラ様おひとりの力だろうよ。」
「隅っこで怯えて隠れてただけじゃないのか?」
「言えてるな。そうに違いない。」
「しかし、アガルテでは1人でゴブリンロードを退治したって言う噂もあるぞ?」
「それもどうだか。見る限りではその噂の真偽も怪しいものだな。」
「なら、どうして国王陛下が御推挙されるのだ?」
「騎士の称号を断ったって言う話じゃないか。」
「何か姑息な手段を遣ったに違いないよ。」
「なんでも召喚勇者だという噂もあるらしいぞ。」
「あれがか? それはないだろう。召喚勇者となれば100年振りのことだぞ。あれが、そんなに強そうに見えるか?」
「見てみろよ。今もサラ様におべっか使って取り入ってんじゃないのか?」
「所詮は小物だよ。小物。」
「明日になれば、化けの皮が剥がれるさ。」
「そうだな。明日が見物だな。」
う〜ん。どうやら俺の噂をしているらしいが、あまりいい話ではなさそうだ。聞かなきゃ良かったかな。
まぁ、その辺の弱小貴族にどう思われるかなんてどうでも良いことだけどな。
「どうしたヒデオ。やはりこういった場所はつまらないか?」
サラが相変わらずの勘違い発言をしてくる。しかし、こうやって俺のことをちゃんと分かってくれている人もいるしな。
「いや、大丈夫だよ。問題ない。」
「シルビアは大丈夫か?」
俺たちの横で突っ立っているだけのシルビアに聞いてみる。
「は、はい。だいじょうびです。」
うん。緊張してるね。
「ちーっす。」
すると、横から全く緊張感のない声がした。この嫌な感じ、おまけにこの軽薄きわまりない挨拶は……
「えっと……だれだっけ?」
「はぁ? 覚えてないんすか〜? ブルーノ! ブルーノ・クロムウェルっすよ。おひさでっす。召喚様。」
「なんだその呼称は。お前、俺のこと馬鹿にしてるな?」
「んなこたぁないっすよ。尊敬バリバリっすよ。」
こいつはどうしてこんなしゃべり方なんだろうな。しかし、こいつがいるって事は……。そう思って彼の後ろを見ると……やはりいた。ちょっと小さいから隠れて見えなかったけどな。
「久しぶりだね。トモエさん。」
「あ〜! トモエのことは覚えているのに〜。召喚様、女の名前は覚える人なんですね〜。」
「うるさいぞお前。で? サラはともかく何でこのうるさいのもいるんだ?」
「あ〜! うるさいって……モガモガ。」
サラに口を塞がれて、ブルーノがモガモガ言っている……。
「このうるさいのはともかく、今日はトモエの為の出席だ。」
「サラ様まで……モゴモゴ……。」
「トモエの?」
五月蠅いブルーノは無視して会話は続く。
「そうだ。今回トモエはアクワの代表として推挙されたからな。明日からの本選に出場するんだ。」
「そうだったのか。そりゃ凄いな。よろしくねトモエさん。」
「はい、よろしくお願いします。」
前回あったときより大人しいな。やっぱ緊張してるのかな?
「これはこれは、勇者殿がお二人そろい踏みとはなかなか貴重な光景ですね。」
「リドフォードさん。……」
声をかけてきたのは宮廷騎士団副団長のリロフォードさんだ。
「サラ、こちらは宮廷騎士団の……。」
「紹介されなくとも知っているぞ。」
あ、そうですよね〜。同じ王都の騎士団ですものね〜。
リドフォードさんも苦笑いしている。
「リドフォードさんは警備ですか?」
そう言って、リドフォードを見るがその格好は警備と言うよりも出席者と言った風体だ。
「あれ? ひょっとしてリドフォードさんも明日……。」
「ええ、明日からの本選に私も出場します。」
「なるほど、そうなんですね。では、お互い頑張りましょう。」
「ありがとうございます。」
そう言うリドフォードは、どこか恐縮した様子だ。
「ところで、その後ソフィアの情報は何か掴めましたか?」
俺は小声でリドフォードに耳打ちをする。
「申し訳ございません。我々もあれから捜索はしているのですが、全くと言って良いほど情報が集まらないのです。」
リドフォードも小声で返してくる。
「そうですか。俺もちょっと捜してみたのですが空振りでした。」
そんな話しをしていると、呼び出しの合図だろうか? ラッパのような楽器の音が鳴り響いた。すると、会場にいた貴族を始め全員が前を向き、傅き始めた。俺も慌てて周りに合わせて傅く。
暫くすると、静まりかえった会場に呼び込みの声が響き渡る。
「アレキサンダー・ヘルムント・トゥル・アルセビアデス国王陛下の御入来〜!」
その呼び込みを合図に、アレク陛下が騎士の広間へと入ってきた。会場の者は皆、頭を垂れる。
暫くすると、ガストン宰相が威厳のある声で言う。
「皆の者! 面を上げよ!」
ガストン宰相の声で会場にいた全員が顔を上げる。
前方を見るとそこには、アレク陛下の他に美しい2人の女性が座っていた。1人は20代後半、もう1人は10代後半にみえる。アレク陛下の姉君たちかな? どちらもとても美しい姫君だ。
「陛下からのお言葉である。」
ガストンが覇気を込めてそう言うと、会場がぴりっとした空気に包まれたように感じた。
「今日は、明日から始まる武術大会本戦の前夜祭である。選手一同は英気を養い、また他の者とも親睦を深めることを望む。」
アレク陛下の言葉が終わると、ガストン宰相が一歩前に出る。
「それでは皆の者、今宵は存分に楽しまれよ!」
そう言って手を挙げると、扉が開き給仕人たちがおごそかに入場してきたかと思うと、続いて山のような料理を使用人たちが運んできた。
「ヒデオ様。美味しそうなご飯がいっぱいやってきましたよ。」
今まで黙って立っていたシルビアがぼそりと言う。ようやくらしくなってきたね。
どこからか音楽が流れてきた。
あ、楽団がいるんだな。そういや異世界に来て初めて音楽を聴いた気がするな。
「条件を満たした為
『BGM機能』がアクティベイトされました。」
おぉ! そういやそんな機能もあったな。スッカリ忘れてたよ。でも、BGMなんて使う時あるのかどうか怪しいけどな……。
こうして異世界どころか前世も合わせて人生初のパーティーは始まったのであった。




