第89話 武術大会 2日目 その2
「始め!」
大勢の観客が見守る中、審判の合図で第4会場の決勝戦が始まる。
しかし、2人とも最初の位置で互いに剣を構えたまま微動だにしない。
「全然動かないですよ。」
つまらなそうにシルビアが言う。
「シルビアにはそう見えるか?」
「そう見えるかって……だって、動いてないじゃないですか。」
「見た目は動いていないがな。既に2人は戦っているよ。」
「流石だなヒデオ殿。グラハムは分かるか?」
「はい。2人とも凄まじい気です。」
「あぁ、そうだな。」
「一体どういうことですか? 全然分からないです。」
拗ねたようにシルビアが呟く。
「2人は既に凄まじい気の攻防戦をやっているんだよ。こういった場合、下手に動いた方が分が悪くなるな。」
ジェームズがシルビアに説明する。
「シルビア。この人たちの名前は?」
俺がそう訪ねると、シルビアは出場選手一覧表を見ながら捜す。
「第4会場だから……、えっと、マクガイル選手とユースティティア選手ですね。男性がマクガイル選手で女性がユースティティア選手です。」
一覧表を見ながらシルビアが教えてくれる。
ユースティティアか。すっげぇ綺麗だな。もろ俺好みなんだが……。しかもあの体つき。軽装鎧でわかりにくいけどかなりスタイルが良いと見た。何より脚が素晴らしい。それに……
「あ! 動きます!」
グラハムがそう言うやいなや、今まで微動だにしなかった2人がほぼ同時に動く。正確にはマクガイルの方が僅かに早く動いた。俺は慌てて意識を戦いに戻す。
マクガイルは一気に間を詰めると、2mはあろうかという大剣を横なぎに振るう。しかし、ユースティティアにはそれを躱す気配がない。
当たる! そう思った瞬間ユースティティアが一瞬消えたように見えたかと思うと、マクガイルの胴に剣を振るっていた。
「ドォーン!」
大砲のような音が鳴って、白い円筒が赤色に染まる。
「あっという間でしたね!」
シルビアが目を丸くしながら興奮気味に言う。
「グラハムには見えたか?」
ジェームズが尋ねる。
「お恥ずかしながら見えませんでした。」
「何も恥ずかしいことじゃないさ。きっとこの会場であれが見えた者など1人もいないだろうからな。」
「凄まじい速さですね。何なんですかあの動きは?」
グラハムが独り言のようにそう呟く。
「縮地だな。」
俺がそう言うと、ジェームズとグラハムが俺を見る。
「縮地?」
「瞬時に間合いを詰めて、敵の目前まで移動することができる体捌きですよ。所謂短距離での瞬間移動みたいなもんだな。」
俺は、ジェームズとグラハムに向かって説明する。
「それは魔法ですか?」
「彼女が魔法を使ったかどうかは分からないが、オルトゥスとの戦いで感じたことで言えば、魔法と言うより通力と言った方が妥当だと思うな。」
「オルトゥス? ヒデオ殿。オルトゥスと戦ったのか?」
ジェームズが驚愕の表情で言う。
「戦ったというか稽古を付けて貰ったというか……。そんな感じです。」
「驚いたな。そんなことがあったのか。で? ヒデオ殿もその縮地を使えるのか?」
「まだ、使えたり使えなかったりですが一応使うことはできますよ。」
「そうか。貴殿の強さは計り知れないようだな。まるでびっくり箱だよ。」
「そんなことないですよ。」
「謙遜する必要は無いさ。これはグラハムもヒデオ殿には当たらないように祈らなければならないな。」
「いえ。なおさら戦ってみたくなりましたよ団長。」
そう言うグラハムの表情は、やる気と気概に満ちていた。なかなか、見どころのありそうな青年だな。とは言え、今は俺も同じくらいの歳か……。
その後、他の会場でもそれぞれ決勝戦が行われ、本選へ出場する選手の全てが決定した。
他の試合も見たかったのだが、結局見ることができたのは2試合だけ。他の情報はほとんど得ることができなかった。
「凄かったですね。ヒデオ様。明日はいよいよヒデオ様も出番ですね。」
「そうだな。思ったより情報が得られなかったのがちょっと残念だけどな。」
「それは、ヒデオ様のせいだと思いますよ。」
シルビアがジト目で俺を見る。ま、確かにそうなんだけどな。
「昨日の第7会場で盛り上がってた選手は勝ち抜いたのかな。」
「今日の結果は、会場に貼り出されてるみたいですから見に行ってみますか?」
「そうだな。そうしようか。」
俺たちはジェームズたちに挨拶を済ませると、会場のロビーに貼り出されている本選出場選手一覧を見に行った。
ロビーに行ってみると人だかりができているところがあった。きっとあそこだな。
近づいてみると、結構大勢の人が掲示されている一覧表に群がっている。と言っても、ここにいるのはそれなりの服装をしている人たちばかりだ。たぶん貴族や裕福な商人なんだろうな。まぁ、文字が読める人間は限られているだろうから仕方がないことなのかも知れないけど。
「ヒデオ様! ありましたよ。」
シルビアが指さす方を見ると、本選出場者の一覧が貼り出されていた。
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ー本選出場選手ー
第1会場 イーサン(M)
第2会場 ミネルバ・ノヴァク(F)
第3会場 ガラハッド・メルバーン(M)
第4試合 ユースティティア(F)
第5会場 バニラ・クインベリー(F)
第6会場 シュヴァイネ・インゲーンス(M)
第7会場 アーサー・ロバート・クレイニアス(M)
第8会場 マーク・クリストファー・ハイスヴァルム(M)
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「ユースティティアさんとバニラさん以外にも女性選手が残っているんですね。」
貼り出された掲示を見ながらシルビアが嬉しそうに言う。
「やっぱり女の人が残っていると嬉しいもんなのか?」
「そうですね。特にこう言う場ではどうしても男の人の方が強そうなので余計に嬉しいですね。」
「第7会場のアーサー・ロバート・クレイニアスも勝ち抜いているな。」
「確か、ヒデオ様の前の国王推薦枠の方ですよね。」
「いやな言い方しないで、シルビア……。」
「ごめんなさい。ヒデオ様、結構そう言うの気にするんですね。」
「俺は繊細なんだよ。」
「これはこれは、ヒデオ様。」
シルビアとそんな遣り取りをしていると、後ろから俺の名を呼ぶ声がしたので振り返ってみる。すると、そこにはベントゥーノさんがいた。
「やあ、ベントゥーノさん。今日は観戦ですか?」
「えぇ。私、実は大の格闘ファンでして、4年に1度のこの大会はとても楽しみにしておりまして……はい。」
「そうだったんですね。」
「それに、街がこれだけ盛り上がっておりますからね。」
そういうとベントゥーノさんはシルビアに向かって挨拶をする。
「シルビア様も相変わらずお美しく……。」
ベントゥーノさんの世辞にシルビアは顔を真っ赤にして俯いている。
「ところで、ヒデオ様も明日の宴席にはご出席なさるのでしょう?」
シルビアの様子は気にも留めることなく会話を続けるベントゥーノさん。
「あぁ、そう言えばそんなのもあったね。」
「このような物言いは失礼かも存じませんが、宴に着ていくお召し物はお持ちでございますかな?」
「お召し物? 特に用意してないな。革のコートで出席しようかと思ってたんだけどダメかな。先日もその格好で登城したんだけど……。」
「そうですか。ヒデオ様は出場選手ですのでそれでも結構だとは思いますが、なにぶん……。」
そう言葉を濁しながらベントゥーノさんがシルビアを横目で見る。
「あぁ、シルビア? そっか。それは考えてなかったな。この間オーダーしたドレスなんてできてないよね。」
「流石にそれは難しゅうございます。超特急でも無理でございますな。」
「だよね。」
そう言いながら俺もシルビアの方を見る。う〜ん。どうしようかな。
「よろしければ私どもで手配いたしましょうか?」
「え? 良いの?」
そう悩んでいるとベントゥーノさんからナイスな提案がされた。
「はい。勿論既製品ではございますが、当店にあるものを1着お貸しいたしますよ。ヒデオ様には今後もご贔屓にしていただきとうございますし、シルビア様のようにお美しい方の服をお見立てするのは服屋と致しましてもやりがいがございますので。」
「そっか。じゃあお言葉に甘えようかな。」
「お安いご用です。それでは、お帰りの際に当店へお寄りくださいませ。シルビア様のサイズは分かっておりますので、素敵なドレスをご用意させていただきますよ。」
「わかった。良かったねシルビア。」
そう言ってシルビアを見てみるが、まだ顔を赤くしてモジモジしていた。社交界にデビューするならこういったお世辞が含まれた挨拶とかにも慣れておかないとね。
「ところで、本選の組合せはいつ発表されるんですか?」
俺は、ベントゥーノさんに尋ねてみた。
「明日の宴席で発表されるはずですよ。どんな組合せになるのか楽しみですな。」
「ええ、そうですね。と言ってもどんな方が出場するのかも良く分かっていないんですけどね。」
「流石はヒデオ様。余裕ですな。」
そう言って、ベントゥーノさんは豪快に笑った。
余裕があるからじゃなくて、情報が無いからなんだけどね。
ベントゥーノさんと別れた後、俺たちは暫く街を歩いて買い物をしたり色々見て回ったりした。
途中、シルビアのお願いでクレープを露店で買った。
「なんだよ。結局シルビアも食べたかったんじゃないか。」
「ヒデオ様と違って、急いでいるときに買ったりはしないんです。私は我慢ができる子なんですから。」
何故かどや顔でシルビアが啖呵を切る。そんなどや顔で言われてもなぁ。
しばらく、俺たちは街を楽しんでからシルビアのドレスを借りるためにベントゥーノさんの店に立ち寄った。
俺たちが店に行った時には、既に数着のドレスを用意してくれていた。シルビアは一応衣装合わせをしたようだが、恥ずかしいからと言って最後まで俺には見せてくれなかった。どうせ明日になったら見ることになるのにな。
そんなこんなで、迎賓館についた時には既に日が沈み始めており、街は夜の帳に包まれようとしていた。
迎賓館に帰ると、いつものようにネビルさんが出迎えてくれる。ここに滞在するようになってまだ数日だが、何となく帰ってきたって感じになるから不思議だな。それだけ居心地が良いって事なんだろうな。
夕食の前に、俺とシルビアはネビルさんが煎れてくれたお茶を飲んでいる。
明日の夜は、王城でのパーティーだ。パーティーには、俺ばかりでなくシルビアも招待されている。これは、俺の友人だからと言うことではなく、アレク陛下がシルビアを気に入っているからのようだが……。
「シルビア。明日はいよいよ社交界デビューだね。」
「えー!? そんなこと言わないでくださいよ。なんだか緊張するじゃないですか〜。」
困り顔でシルビアがそう言う。しかし、そう言いながらもどことなく嬉しそうな表情に見えなくもない。
「ヒデオ様も明日になればいよいよ対戦相手が分かるんですよね。」
「あぁ、そうだな。何となくだが、できれば初戦くらいは知っている人以外の相手と当たりたいな。」
「やっぱりいやですか?」
「嫌って言うよりか、何となくやりにくいかなって思うくらいだけど。」
「でも、ヒデオ様でしたら相手が誰でも大丈夫ですよ。」
「そうでもないと思うぞ、あのバニラ選手とか動きが速かったしな。それになんと言っても、ユースなんちゃらさんなんて縮地の使い手だからな。」
「ユースティティアさんですよ。もう、覚えておいてください。」
「なかなか、長い名前には慣れないんだよな。」
「もう。いい加減なんだから。」
そう言いながら、シルビアは茶菓子を食べながらお茶をすする。
しかし、シルビアの言う通り、明日になればどんな人たちがいて、誰と戦うことになるのかが決まる。
今回期せずして武術大会に出場することになったが、この2日間の試合を見ていて命の遣り取り無しで純粋に戦いができることを俺は少し喜んでいる。異世界に来てからはどうしても殺伐としたことが多かったからな。こう純粋にスポーツを楽しんでいるようで、ちょっとワクワクする。
「うん。俺もなんだかワクワクしてきたよ。」
「それは良かったです。」
そんな会話をしながら、俺たちは長い夜を過ごすのであった。




