第88話 武術大会 2日目
「ヒデオ様! 急いで!」
「ちょっと待って、シルビア。」
俺は、露店のクレープ屋に代金を支払いながら叫ぶ。
「もう。ヒデオ様! まだ買い物したりないんですか? そもそも、ヒデオ様が寝坊したせいで出発が遅れているのにぶらぶら買い物ばかりして。今日は、真剣に観戦するんじゃなかったんですか!」
シルビアはプンスカ俺を叱りつけながら走る。
今日は王城からの送迎の馬車を断り、俺とシルビアは2人で街を歩きながら国立武闘技場を目指している。
送迎馬車を断った理由は、街を歩いていくためだが、遅れているのは道に迷ったからではない。だって、俺には地図機能があるからね。基本、道に迷うことはない。
その理由は大きく2つ。1つはやっぱりソフィアのことが心配なので、少しでも情報を得ることができないか街を歩きながら色々と聞き取り調査をしていたのだ。
しかし、結果はあまり芳しくはなかった。馬が街をウロウロしていたら目出ちそうなものだが、そう言った類いの話は全く聞くことができなかった。
そして、もう1つの理由は……、やっぱり折角王都に来たんだからいろいろ見て回りたいじゃない? 今まではあまり見なかったような品物や珍しい物も沢山売られているしさ。何より、武術大会中はまるでお祭りなんだもん。
しかし、早く会場に行って他の選手の戦い振りを見るべきだと主張するシルビアに急かされ、今は急いで武闘技場に向かっているというわけだ。
「それにしてもシルビア! 武闘技場までの道は分かっているのか?」
ふと疑問に感じた俺は、先程買ったクレープをほおばりながらシルビアに尋ねてみる。
「……そういえば私、道が分かりません。」
そう言いながらも、走ることをやめないシルビア。
「やっぱりか。分からないのに良く俺の前を走ってるな。」
「それは、ヒデオ様があまりにものんきだからですよ。で、ヒデオ様は分かっているんですか?」
「何が?」
「武闘技場までの道ですよ!」
イライラした様子でシルビアが言う。なんかこのところ、シルビアのキャラがだんだんサラにかぶってきてる気がするぞ?
「あぁ、勿論分かっているぞ?」
「じゃあ教えてくださいよ。どっちに行けば良いんですか?」
「反対だ。」
「へ?!」
素っ頓狂な声を出しながら立ち止まるシルビア。
「だから、武闘技場の方向は反対だよ。」
「……もう! それならそうと早く言ってくださいよ! ヒデオ様の意地悪!」
そう言うと、シルビアは今度は反対の方向へ駆けだしていった。俺より先に行ってるとまた道に迷うぞ?
クレープを口に放り込むと、俺はシルビアの後を追いかけるように走り出した。
右往左往しながらも、俺たちは国立武闘競技場に到着した。
到着すると、すでに試合の半分は消化されていた。さすがにちょっとゆっくりし過ぎたかな?
試合会場では、各々準決勝が行われていた。今回俺たちはロイヤルボックスではなく、特別に許可を貰って1層目のほぼ最前列で観戦できることになっている。これは、国王推薦枠で出場する選手だからと言うことでの計らいのようだ。
会場に入り、警備している兵士にガストン宰相から貰った推薦状を見せる。すると怪訝な顔をしていた兵士も、直ぐさま直立不動で敬礼をし、俺たちをほぼ最前列の席に案内してくれた。
所謂砂かぶり席のようなこの席は、試合会場より低い半地下のようになっているため、少し下から見上げるような格好になっている。
「目の前で試合が行われるのは流石に迫力があるけど、この席だと遠くまでは見通しにくいな。」
俺が独りブツブツ言っていると、
「もう! 折角アレク陛下が気を利かせてくださったのに贅沢言わないでくださいよ!」
何故か未だイライラしているシルビアに叱られてしまった。
「あ! ヒデオ様。選手が入場してきましたよ。」
シルビアの声で会場に目をやると、試合場に向かって2人の選手が歩いていた。
試合場は、20m四方の正方形のような形で高さが30cm位盛り土が行われている。昨日マーガレットが教えてくれたように、ダメージは魔法で肩代わりしてくれるのだが、この台の上で闘わなければならない。つまり、台から落ちても負けと言うことだ。
入場してきた選手は、1人は巨大な剣を持つ大男、もう1人はとても小柄な……あれは女の子だな。
「ヒデオ様! あの女性の選手は昨日大きい人に勝った人じゃないですか?」
シルビアにそう言われてよく見てみると、確かに昨日シルビアが勝つと予想していた女性選手だ。まぁ、シルビアの予想は分析からと言うよりは、小柄な女性を応援したいって言う身びいきからだけどね。
そうこうしているうちに、審判の合図で試合が開始された。
開始早々、大柄の男はダッシュで間合いを詰めると、その大きな体でも余るほどの大剣を横なぎに払う。
「意外と速いな。」
そんな感想を漏らすほどに、その男は素早い動きを見せていた。
しかし、小柄女性選手はその大剣をいとも簡単によけると大きく上に飛び上がった。男は上を見上げながら大剣を突き立てて構える。このままだと、空中で動きがとれない分狙い撃ちされちゃうな。
そう思っていると、大男は何故か顔を一瞬そらす。その隙を逃すことなく、小柄女性選手は空中で前方に一回転すると、そのまま大男の顔面に蹴りを放つ。着地した小柄な女性選手は、地面に降りた反動を利用して、直ぐさま男の懐に入ると、手にした短剣を両手で突き立てた。
「速いな。」
その一連の動きは、流れるようで全く無駄がない。
胸に剣を受けた大男は、そのまま後ろに倒れ込む。みると、白い円筒が黄色になっていた。
「結構ダメージが大きかったようだな。」
「ヒデオ様。どうしてあの大きな選手は一瞬目をそらしたんですか?」
「お? シルビア。意外とよく見てるじゃないか。」
「もう! 茶化さないでくださいよ。」
「ははは。褒めたつもりなんだけどな。まあいいや。で? シルビアはどうしてだと思う?」
「分からないから聞いてるんじゃないですか!」
「人に聞くことは悪いことじゃないけど、聞く前によく考える必要があると思うぞ。」
俺がそう言うと、シルビアは素直に考え始める。こう言う性格は良いよな。何をやるにしても素直さが一番だ。
「う〜ん。やっぱりよく分からないです。」
「観戦しているこの場所で、観戦している立場で考えてもなかなか分からないと思うぞ。シルビアが、あの大男だとしたらさっきの攻撃で、どうなっていたかな?」
「大男の立場で、ですか?……」
再び顎に手を当て、試合会場を眺めながら考え込むシルビア。
「あ! 太陽!」
「そう。良く気付いたな。そうだ。太陽だ。」
「女性の選手が太陽を背にしていたから、空中でその位置が変わって太陽の光があの大きな選手の目に入ったんですね。」
「そうだと思うよ。でないと、あんな風に目線を切ったりはしないだろうからね。」
「凄いですね!」
「あぁ、そうだな。そこまで考えて位置取りしてから飛び上がったとしたら、かなりの実戦経験者じゃないのかな。」
「そうですね。でも、直ぐにそれに気付くヒデオ様もやっぱり凄いです!」
「そうでもないよ。多分シルビアと見る目線が違うから気付けたんだと思うよ。」
「見る目線?」
「あぁ、一応俺も出場予定者だからね。」
「「オォーーー!!」」
そんな話しをしていると、周りから声が上がった。どうやら、大男が立ち上がったようだ。
立ち上がった大男は胸の辺りに手をやりながら苦しそうにしている。どうやら身体的なダメージは肩代わりしても、痛みまでは肩代わりしてくれないようだ。でも、それってなんだか拷問みたいで嫌だな……。
今度は、小柄な女性選手が大男の方へ駆けだし間合いを詰める。速い。しかし、大男は大剣を構えると、間合いを見計らって上段から剣を打ち下ろす。タイミングとしては完璧だ。流石にこれはやられたか?
そう思って見ていると、一瞬その女性選手の姿がぶれたように見えたかと思うと、右に剣を躱す。次の瞬間飛び上がった彼女は膝を折り曲げ大男の顔面に打ち込んだ。
「ドォーン!」
円筒が赤く染まったと同時に大砲のような音が鳴った。小柄女性選手の勝ちだ!
それにしてもさっきの速さは尋常じゃないな。俺の目で観ても躰がぶれて見えたぞ。
「ヒデオ様! 一体何があったんですか? 大男の選手が剣を振り下ろしたと思ったら、次の瞬間には彼女が膝を入れてましたよ。」
あぁ、一般の観客にはそう見えているのか。それほど彼女の動きが速かったって事だろうな。流石に俺の目にはその動きは見えていたが、それでも最初の動きはぶれて見えたもんな。いずれにしてもかなりの速さだ。要注意選手だな。
「そうだね。凄い動きだったね。シルビア。彼女の名前はなんて言うんだ?」
俺がそう言うと、シルビアは席に座る前に貰った出場選手一覧表を眺める。
異世界では、文字が読めない人の方が多いが、それでも貴族や裕福な商人やその子息は別だ。この席は、1層目と言うこともあって、こうやって出場選手一覧表を配ってたりする。
「あ! ありました。きっとこの選手だと思います!」
「どれどれ? バニラ・クインベリー。なんだか美味しそうな名前だな。」
「なんですか? それ、なんかイヤラシいです。」
そう言って、シルビアが俺を睨んでくる。
「それはそうと、別の会場も見てみたいな。」
「でも、ここからだと他の会場はあまり見えないですね。」
「そうだな。折角気を利かせて良い席取ってくれてたんだろうけど、もうちょっと全体を見渡すことができる席が良いな。」
そう言いながら、俺は立ち上がって周りを見渡す。
すると、後ろの方の席でこちらに向かって手を振る人物がいる。よく見てみると、アガルテでお世話になったジェームズだ。
「シルビア。あそこにジェームズがいるぞ。」
「え? ジェームズさんが?」
そう言ってシルビアも席を立って後ろを見る。
「あの手を振っている人? ここからだとよく分からないです。」
「ちょっと行ってみようか。」
そう言って、俺とシルビアは2層まで上がって行く。
「ジェームズさん、ご無沙汰しています。どうしたんですか?」
「やぁ、ヒデオ殿。奇遇だな。シルビアもこっち来てたんだな。元気か?」
「こんにちはジェームズさん。」
シルビアが丁寧に挨拶する。お父さんのお友達だもんね。
「今日は敵情視察か?」
「ジェームズさん、俺が出場すること知ってるんですか?」
「勿論だ。各都市の推薦枠と国王推薦枠の出場者は既に決まっていることだからな。」
「そうだったんですか。俺なんて何も知らないですよ。で? 今日は観戦ですか?」
「あぁ、こいつが出るんでな。ちょっと会場の雰囲気を感じてみておいた方が良いと思ってな。」
そう言って、ジェームズは隣にいる人物を紹介してくれた。
「うちの騎士団のホープ、グラハムだ。」
「お初にお目にかかります。アルファ騎士団所属のグラハム・グラディウスです。よろしくお願いします。」
そう言って、グラハム青年は最敬礼する。
「タダノ・ヒデオです。どうぞよろしく。」
紹介されたグラハム青年は、年の頃は17,8の好青年と言った感じだ。
「それにしても、随分若いんですね。」
「あぁ、うちで一番の若手だよ。本来は副団長辺りが出るんだが、今回はこいつに頑張って貰おうと思ってな。ヒデオ殿お手柔らかに頼むぞ。」
「いえいえ、こちらこそお手柔らかにお願いしますよ。」
「召喚勇者殿のご活躍は聞き及んでおります。アガルテの会戦にクルゼの危機、ゴブリンロードの討伐もありましたね。正直言って凄すぎます。しかし、戦うことになれば私も負けるわけにはいかない。……その時は御覚悟ください。」
なかなかどうして、ハッキリと物を言う青年だな。
「まぁ、代表同士が1回戦から当たることはないからな。お互い戦うには負けないことだな。ははははは!」
そう言って、ジェームズが豪快に笑う。
『会場の皆様、ご注目ください。第4会場ではついに決勝戦を行います。』
その時、会場内に例の魔法のアナウンスが流れた。
「あ、ヒデオ様どうやらあちらの会場では決勝戦が始まるみたいですよ。」
シルビアの声で会場を見ると、先程とは違う会場に選手が入場してくるのが見えた。
今度は、若い女性選手といかにも冒険者然とした筋肉隆々の男の選手だ。
「そうだ、ジェームズさん隣座っても良いですか?」
ジェームズの隣の席が空いていたので、俺はそう訪ねる。
「あぁ、勿論だとも。ヒデオ殿の解説を交えながらの観戦も楽しそうだしな。」
「えー? そんな解説なんて……。」
「あら、ヒデオ様さっきは私に色々教えてくれたじゃないですか。」
こう言うときは余計なこと言っちゃダメなんだよ。俺はシルビアに目でちょっとだけ威嚇するが、全く通じていないようだ。
さて、今度の戦いはどんな感じになるのかな。グラハム青年の事も気になるけど、今は目の前の戦いに注目するとしよう。それにしても、俺はやっぱりこの大会のことほとんど分かってないな。後で、ジェームズさんに色々聞いてみることにしよう。
審判の合図で試合が始まる様子を眺めながらそう考えるのであった。
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年末年始は、午前10時くらいにアップいたします。
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