第86話 行方不明
宮廷騎士団の副団長であるロベール・リドフォード氏が言うにはこうである。
俺たちが先発した後、後発隊はソフィアとサラの乗っていた馬をつれて王都を目指した。そのことには別段問題はないのだが、途中夜に野営をしているとき、ソフィアが青白く輝いていたのを夜番の兵士が見たというのだ。
月明かりか、何か別の物の見間違いではないかと皆は言ったが、その兵士はかたくなに馬が碧く光っていたと言い張っていたらしい。
その後、馬には特に変化が見られなかったので、そのまま引き続き旅程を重ね、少し前に王城へと到着したらしい。
丁度俺とシルビアが王城を出た直ぐ後のことだという。
もう少し早ければ、俺に引き渡すことができたのにと話していたところ、報償を渡すために迎賓館に行く便があるのでその時に引き渡そうと言うことになった。
出発まで少し時間もあるので、それまで馬を休ませるために厩に2頭の馬を繫いで待機していた。もちろん、勇者2人の馬なので万が一に備えて、警備の兵を2人付けてくれていたと言うことだ。
ところが、迎賓館に来る際に馬を連れて行こうとリドフォードが厩を見たところ、俺の馬つまりソフィアだけがいなくなっていたというのだ。もちろん、警備の兵はずっと厩の前にいた。
彼らが言うには、馬を繫いでからその後、誰もここには訪ねて来ていないし、馬が逃げ出したと言うことももちろんない。
つまり、ソフィアだけが忽然と姿を消したというのだ。その兵士たちが言うには、一度厩が光ったような気がしたので確認したらしいのだが、その際は馬はちゃんと2頭いたそうだ。
警備につけていたのは宮廷騎士団の従士もするような兵士であり、信用はおける者ということだ。嘘や偽りを言うような人物ではないというのが、リドフォードの言い分だ。
俄に信じがたい話だが、ソフィアが忽然と消えたのは事実であるという。
「このようなことになって、誠に申し訳ございません。どのようなお叱りも受ける所存です。」
リドフォードが目の前にあるテーブルに頭がつくほどに屈して詫びを入れる。
「いや。これに関して何か懲罰を与える気はないですよ。勿論その兵士たちにも罰は与えないでください。」
俺がそう言うと、リドフォードは、ハッとした表情をした。そして、「申し訳ございません!」と言いながら深々と頭を下げた。
俺は、そんなやり取りをしながらも、ソフィアに念話を試みていた。
《ソフィア? 近くにいるか? いたら返事してくれ。》
しかし、暫く待っても念話に返事は返ってこない。
次は、検索機能だな。俺はステータスウインドウから地図を開いて『ソフィア』で検索をかけてみる。この機能は文字だけでなく俺のイメージで検索してくれるので、ソフィアで検索するだけで引っかかるはずだ。
しかし、これも空振りに終わった。地図の表示範囲を広げてみたが、俺の持つ地図の範囲にはそれらしきものは見つけられなかった。
う〜ん。只逃げただけなら、念話にも答えるだろうし、検索にも引っかかりそうなものだけどな。そもそも逃げる必要なんてないだろうしな。
どういうことかは分からないが、ソフィアに何かあったことだけは確実のようだな。
「事情は分かりました。こちらでも捜してみますが、何か分かったことがあったら直ぐに教えてください。」
「はい。本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って、何度もリドフォードは頭を下げる。
「よしてくださいリドフォードさん。たぶん、あなたたちのせいではないですよ。」
「と、言いますと?」
「ん〜、詳しいことは言えませんがソフィアは特別な馬なので、きっとそれが何か関係しているんだと思います。あまり、気にしないでください。」
「そう仰っていただけますと少しは救われるのですが……。」
「それよりリドフォードさん。」
「はっ!」
俺の問いかけに、リドフォードは気合いの入った返事で答える。
「もう1頭の馬、サラが乗っていた馬はまだ王城にいるんですよね。」
「はい。こちらはサラ様がお乗りになっていたと言うことですので、まだ王城の厩におりますが。」
「あぁ、あれはソリスの里から連れてきた馬なので、ある意味シルビアの馬なんですよ。なので、お時間があるときで良いのでこちらに連れてきていただけませんか?」
「なるほど。承知いたしました。では、一度王城に戻って今すぐにお連れいたします。」
そう言うやいなや席を立とうとするリドフォードに声をかけて止める。
「いやいや。そんなに急がなくても良いですよ。こちらでも受け入れの準備をしないといけないでしょうし。ネビルさん。準備お願いしても良いかな。」
俺は、戸口に立っているネビルさんに向かってそう言う。
「承知いたしました。早速手配いたします。」
「うん。ありがとう。」
それにしても、どうしたんだろう。気にはなるけど、ソフィアのことだから多分大丈夫だ。何てったって女神が使わした存在だからな。
「さて、それではこれで今日の所は終わりって事で良いですかね?」
俺がそう切り出しながら席を立つと、ウォルコット宮廷財務長官とリドフォード副団長も席を立つ。
「本日は誠にありがとうございました。」
ウォルコット長官が、そう言いながら頭を下げる。リドフォード副団長も同様に頭を下げる。
「いえいえ。こちらこそありがとうございました。」
「ヒデオ様の懐の広さと寛容さには、某感服いたしました。まさに、勇者に相応しいお方ですな。」
ウォルコット長官が感心しきりの表情でそう言う。
「そんなことはないですよ。過分な評価です。」
「ご謙遜を。明日からの武術大会にも出場されると窺っております。ヒデオ様なら優勝間違い無しですな。」
「さぁ、それはどうでしょう。まだまだ異世界にも強い人が沢山いるでしょうからね。」
「ははは。サラ様に勝るとも劣らないと窺っております。大丈夫ですよ。」
こうして、ベルグランデ王国からの使者の2人は、すべきことを終えて王城へと帰っていった。
その後、シルビアの採寸や生地選び、デザインも決定したようで後は出来上がりを待つのみとなったようだ。勿論支払いの件はネビルさんとウォルコット長官がしっかりと話を付けてくれた。
ベントゥーノさんも、突然の宮廷財務長官の登場に面食らった表情をしていたが、そこは商売人。しっかりと交渉をしていたようだ。
それにしても朝から、王城へ出向いて謁見したり、来客が立て込んだりと結構忙しかったな。かなり疲れたぞ。
「ネビルさん。ちょっと疲れたので部屋に行って休んできます。」
俺は、そう言い残して自室へと戻る。
「いやぁ〜疲れた〜。」
そう言いながら、俺はベッドに倒れ込む。
それにしてもソフィアの事はやっぱり心配だな。明日からは武術大会が始まるから俺が探しに行く事もできないしな。大丈夫だと思っていることと心配になることって別なんだな。
こんな時に、いろんな事を任せられる信頼できる仲間がいると良いのにな。
サラは仲間だという意識はあるけど、彼女はあくまで王国の聖騎士だ。シルビアはまだ、そういったことを任せられるだけの経験もスキルも無い。リナは? リナは今一掴み所が無いよな。好きだけど……。
そう考えるとやっぱりそう言った役回りってソフィアだよな。でも、そのソフィアがいないんだから打つ手なしだな。とは言っても、ソフィアは馬だしどっちにしても手詰まりか……。
俺は、考え事をしながら微睡みの中に意識を溶かしていった。
ふと気がつくと霞がかった見覚えのある白い空間にいた。あれだな……。
「こんにちは。」
「やっぱりお前か。今度は何の用だ。」
「あら。何の用とはご挨拶ね。困っていると思って折角逢いに来てあげたのに。」
「どういうことだ?」
「ソフィアちゃんのこと。心配じゃないの?」
「お前ソフィアのこと何か知っているのか?」
「そうね。貴方よりはね。」
「ソフィアはどうなっているんだ? 教えてくれ。」
「あらあら、質問大王さんは、お願い大王さんになったのかしら?」
「そんなことはどうでも良いだろ! 知ってるなら教えろよ!」
「そんな風に言われたら、教えたくなくなっちゃうな〜。」
「くそっ!……知っていることがあれば教えてくれないか?」
「そうそう。初めからそう言えばいいのに。」
クソっ、このドM女め!
「ん? 何か言った?」
「な、何も言ってないぞ。」
「だめよ。言葉に出したつもりがなくても思念が届くんだから、むやみやたらに強い思念を送っちゃダメよ。そもそも、ここはあなたの世界とは違うんだからね。」
「やっぱりこれは現実じゃないのか?」
「貴方のいる世界とは違うって言う意味では、現実世界じゃないわね。それよりも良いの?」
「あ、あぁそうだ! ソフィアの事教えてくれ。」
「いいわよ。ソフィアちゃんはね、こっちの世界に馴染んできて力の制御ができるようになったみたいよ。」
「だから?」
「だから? もう、貴方お馬鹿さん? ソフィアちゃんが最初に言ってなかった?」
「最初? なんか良く覚えてないなぁ。」
「あんたマジ? 結構重要なこと言ってたと思うけどなぁ。」
「そうか? 最初はいきなり念話が聞こえてきたから驚きの方が大きかったからな。」
「仕方がないな。『十分に力を使うことができれば自らの力で顕現することも可能』と言っていなかった?」
「あぁ、そう言えばそんなこと言って様な気もするな。」
「お気楽だわね、召喚勇者様。」
「何か棘のある言い方だな。」
「棘を付けたからよ。で? それから分かることは何?」
「分かること?」
「あんた本気で考えてるの? 思考加速もたいしたことないなぁ。まぁレベル2だから仕方がないのだろうけどさ。」
あきれ顔でアスカがそう言ってきた。
「お前、本当に何でも知ってるんだな。怖いわ。」
「そんなことよりも……。」
「そうか。自分の力で顕現できるようになったから馬の力を借りなくても良くなったって事か。」
「なんだ。分かっているんじゃない。」
「今分かったんだよ。でも、それだと馬ごといなくなったのは何でだ?」
「さぁ、それはソフィアちゃんに直接聞けば良いんじゃないの?」
「いないからお前に聞いてるんだろう?」
「そのうち現れると思うわよ。」
「まあそうなんだろうけど……。」
「あ、そろそろ時間だわ。」
「なんだやっぱり時間制限があるんじゃないか。」
「まぁ、ちょっとまだね。それじゃ、またね。武術大会頑張ってね。」
そう言うと、アスカはふっと消えていなくなった。
すると、俺も通信が切れたように目の前が真っ暗になる。
再び目を開けたときは、そこはもう俺の部屋だった。
それにしても、相変わらず神出鬼没な奴だな。とにかくソフィアがどうなったのか何となく分かったから良いけど……。
武術大会か。そんなことも知ってるんだな。出るのは良いけど、ルールも何も知らされてないよな。そもそも、出ないといけない気がしないし……。優勝賞金とかあるのかな?
「ヒデオ様〜。ご飯ですよ〜。」
パタパタと走る音をさせながらシルビアが叫びながらやって来た。
もうちょっとおしとやかにしたほうが良いと思うぞ?
ま、うだうだ考えても良い結果に繋がるとも限らないしな。目の前にあることを一つ一つこなしていくことに集中していこうか。まずは、晩飯、そして、明日の武術大会だな。
「わかった。今行く。」
そう返事をすると、ベッドから起き上がり部屋を出たのであった。




