第85話 交渉人
俺たちが、街ブラから帰ると屋敷の前に黒塗りの大型馬車が1台停まっていた。
誰か来客かな? それにしてもこんなに大きな馬車で来るなんて、誰だ?……そう思いながら屋敷の中へと入っていく。
屋敷では珍しくジェシカが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ヒデオ様。」
「ただいま。ネビルさんは?」
「ヒデオ様のお客様がおいでになっていますので、その対応をされています。」
「俺に客? 誰だろう。」
シルビアと顔を見合わせる。
取りあえず、客間にいると言うことなのでそちらを覗いてみた。
「ヒデオ様。お帰りなさいませ。」
ネビルさんが、恭しく迎え入れてくれる。
「これはこれは、ヒデオ様。お帰りなさいませ。早速お伺いさせて頂きました。」
そう言って挨拶してきたのは、先程立ち寄った服屋の主だった。
「あぁ、それはありがとうございますえっと……ベントーヤさん?」
うろ覚えの名前を口にする。
「マルセロ・ベントゥーノでございます。ヒデオ様。」
そうそう、そのベントウヤが早速屋敷まで生地とドレスのデザイン画を持ってきていた。
「まさか本当に迎賓館に御滞在の方とは……いやはや、店では失礼いたしました。」
「あれ? 何? 信用してなかったの?」
「いえいえ、そう言う訳ではありませんが……。あ! そうですヒデオ様。シルビア様の生地をご用意いたしました。お気に召すと良いのですが……。」
そう言って、色とりどりの生地を並べ出す。誤魔化したな……。
「シルビアこっちに来てご覧。」
俺はシルビアに手招きしながら声をかける。
「凄いいっぱいありますね。」
「好きなのを選べば良いよ。」
「こんなに沢山あると逆に悩んじゃいます〜。」
そう言っているが、顔は嬉しそうだ。
「ご確認いたしますが、どのような用途で使用されるのですか?」
「そうだな。王城に行っても大丈夫な感じの普段着。それから舞踏会に着ていく感じの奴。謁見するのに良さそうな物。この3つでお願い。」
「「え? 3つもですか?」」
俺の言葉に反応して、シルビアと服屋の主の声がハモった。
「そうだよ。変?」
「変とかじゃなくて、3つだなんてそんなに沢山買わなくても良いですよ!」
シルビアが大げさな感じで言ってくる。
「でも、それくらい必要だと思うぞ?」
「ネビルさんはどう思いますか?」
「私も1つだけでは心許ないと思います。ヒデオ様が折角仰ってくださっているのですから、3つ作られてはいかがでしょうか?」
少し腰を折りながら、丁寧にネビルさんが答えてくれた。
「ね? ネビルさんもそう言ってるんだから。お金は大丈夫だよ。」
「でも……。」
シルビアはまだ遠慮しているようだ。
「シルビア様。お召し物はいくらあっても困りはしませんよ。貴族のお嬢様方は、流行に乗り遅れないようにほんの少しの違いしかないドレスでも毎年新調されていますから。」
店主がそう言う。でも、俺たち貴族じゃないからな。
「でも……、わたし、貴族のお嬢様じゃないですし……。」
ほらな。いわんこっちゃない。
「そうだよな。シルビアは貴族じゃないもんな。お姫様だからな。」
「あ〜! ヒデオ様またそれを言う! もう!」
そう言って、さっきまでの暗い表情から明るい表情へとシルビアが変わる。拗ねてるけどね。
「もういいです! 分かりました! お任せします。折角色々考えて……。」
結局シルビアが了承したので、普段使い用、謁見用、舞踏会用の3つのドレスを作ることにした。それでも、まだ何かブツブツ言ってたけど、俺はもう知らない。
「それでは、今から採寸を致しますので、申し訳ございませんが殿方は部屋から退出願います。」
そう言うと、服屋の主は「おーい。」と声をかける。
すると、部屋に4人ほどの女の人が入ってきた。どうやら針子さんたちのようだ。それから遅れてもう1人、当に現代で言うところのキャリアウーマン風の女性が入ってきた。彼女はデザイナーらしい。結構大勢できてたんだな。どうりで、大型の馬車が停まってたわけだ。
俺と、ネビルさんは追い立てられるように部屋から追い出された。勿論ベントゥーノもね。
代わりに部屋には、ジェシカとマリーが残って対応している。
さて、これで少し時間が空いてしまったな。さっき買い物したときに買い食いしたから、お腹が空いているわけでもないし、さてどうしようかな。すると、ネビルさんが声をかけてきた。
「ヒデオ様。王城からの遣いの方がおいでになりました。」
「え? もう? 早いな。ん〜、わかった。何処か適当な部屋に通しておいてください。」
俺はネビルさんにそう頼むと、収納倉庫から果実水を取り出し喉を潤す。
王城からの遣いは執務室に通されていた。俺はネビルさんに同席をお願いしてその部屋に向かう。
部屋に入ると、そこには2人の使者がいた。と言っても1人はどう見ても騎士のようだ。
俺が部屋に入るとその2人は、席を立ち、手を胸に当てた敬礼をして頭を垂れる。
「わざわざありがとうございます。どうぞ、おかけください。」
そう、着席を促しながら俺も席に着く。ネビルさんは入り口付近に直立不動で立っている。
「ヒデオ様。私は王城より参りました宮廷財務長官のリチャード・ウォルコットと申します。これは宮廷騎士団のロベール・リドフォードです。」
「宮廷騎士団副団長のロベール・リドフォードです。お目にかかれて光栄です召喚勇者様。」
「タダノ・ヒデオです。よろしくお願いいたします。堅苦しくしなくて良いですよ。」
「お心遣い感謝いたします。では、ヒデオ様。早速ですが陛下より賜りました報奨金をお持ちいたしましたので、ご確認頂きたく存じます。」
「わかりました。」
王国からの報奨金か。一体いくら貰えるんだろうな。確かアガルテでは金貨1枚だったよな。金貨1枚だけ渡されて、使いづらくて困ったっけ。ゴブリン退治の時は、収納袋とソフィアだったよな。馬が金貨3枚程度って事だけど収納袋の値段が見当付かないや。実質はいくらになるんだろう? 結構な金額になりそうな気がするな。
あれ? そういやソフィアはどうなった? 別便で王都に来るって事だったけど、俺たちが到着して1日経つからな。そろそろ付いても良い頃なんじゃないかな。後で聞いてみよう。
そんな考え事をしていたら、ウォルコット長官が小さな宝箱のような物を取り出す。
「こちらでございます。」
そう言いながら、箱を開けて見せた。
中には大きめの金貨が10枚程度入っている。金貨10枚か。流石国王、大盤振る舞いだな。
「こちらが今回の報償として用意させていただいた、大金貨10枚でございます。どうぞ、お納めください。」
「え? 大金貨10枚!?」
俺は、素っ頓狂な声を上げてしまった。だって、大金貨10枚だよ。金貨10枚じゃないんだよ。確か金貨が50万アウルムで、大金貨はその倍の100万アウルムだったような……てことは、1000万アウルム?
マジか! いくら何でもそれは貰いすぎじゃないか?
「やはりですか……私もそのように仰るのではないかと思っていました。1つの街を救ったにしては大金貨10枚などでは少なすぎると……。そこで、ご提案なのですが、私どもはヒデオ様に騎士の称号を……。」
「いやいやいや! ちょっと待って!」
何を勘違いしたのか、財務長官は金額が少なくて俺が驚いているのだと思っているようだ。いや、少なくないだろう。1000万アウルムなんて貰いすぎだよ。
「そんなことないです。大金貨10枚もいただけるなんて光栄です。全く問題ありません。むしろ……。」
「少なすぎますな。」
俺が、話していると後ろからドスの効いた声が聞こえてきた。ネビルさんだ。そんな怖い声も出せたのね。
「失礼いたしました。ヒデオ様。発言よろしいでしょうか?」
「あ、あぁ、もちろんだよ。」
俺は、少しオロオロしながらそう答える。
「ありがとうございます。」
そう一言言うとネビルさんは一歩前に出て話始める。
「誠に遺憾ながら、陛下は街1つ救われたことをどのように受け止められていらっしゃるのでしょうか? いえ、ここは陛下ではなく宰相閣下と申すべきですかな。」
ネビルさんは、そう一気にまくし立てると、一呼吸置いて話し始める。
「よいですか? もしあの場にヒデオ様がいらっしゃらなければ、ゴブリンロード率いる総勢300以上のゴブリンの大群が街を襲っていたのですぞ。もし、そうなっていたら街は半壊、いや壊滅状態だったかも知れないのです。あの街には兵と言っても、強い騎士団が常駐しているわけでもなく、どれだけ抵抗できたか疑わしいところであります。もし、そのようなことになっていたとしたら、その被害金額は1億アウルムいや、それ以上となっていたことでしょう。死者も大勢出ていたはずです。それをヒデオ様は、サラ様とたった2人で退治してみせたのです。そのことを鑑みても、大金貨10枚では安すぎると私は思います。」
おぉ! すごいぞ! ネビルさんの熱弁に思わず拍手しそうになったよ。それにしても、ネビルさん何でそんなに知ってるんだ? 評価してくれているのは嬉しいけどさ。
「全くもって仰るとおり。私も大金貨10枚は安すぎると思っておりました。ですので、ここで提案なのですが、ヒデオ様にはベルグランデ王国騎士の称号を差し上げたく存じます。」
財務長官は、どうやらネビルさん同様、報酬が安いと思ってくれていたらしく、騎士の称号をくれると言うが、ハッキリ言ってそれはいらないな。絶対面倒なことになりそうだもん。
「ウォルコット長官。お申し出はありがたいですが、私に騎士の称号は必要ありません。それは、今回だけでなく、今後もという意味でもそうです。」
「それは困りましたな。では、どのようにさせていただければよろしいでしょうか?」
「この金額で俺は十分ですよ。このままでいいです。」
「そうですか……ヒデオ様がそう仰るのでしたら……」
うん。俺はこれで良い。この方が丸く収まる。そう考えていたら、またネビルさんが口を挟んできた。
「温いですな。ヒデオ様。私からのご提案があるのですが。」
「な、何だい? ネビルさん。」
「今、シルビア様がお作りになられているドレスですが、その代金を肩代わりしていただくというのはいかがでしょうか?」
「え〜? そんなこと言って大丈夫なの?」
俺が驚いていると、ウォルコット長官が尋ねてくる。
「それは一体どういうことでしょうか?」
「あ、あぁそれは……。」
俺が説明しようとすると、ネビルさんが先に言い始めた。
「現在このお屋敷に、ソリスの姫シルビア様のドレスを作るために服屋が参っております。そのドレスの代金を王城の方でお支払いいただけないかと言うご提案です。」
「なるほど! それは名案ですな。そうなると、物納と言うことでこちらも処理できます。報奨金とその副賞という形ですな。うん。それは良い。いや、それが良いですな。」
どうやらネビルさんの提案に、ウォルコット長官も乗り気のようだ。
「そんなことして大丈夫なのですか?」
「何の問題もありません。王城でドレスを調達することなど日常茶飯事ですからな。いまさら、ドレスの1着や2着増えたところでどうって事はありませんよ。」
何故か嬉しそうにウォルコット長官がそう言う。
「ドレスは3着です。」
すかさずネビルさんが言う。
「え? 3着? ……。」
「無理でございますかな?」
ネビルさん、その顔悪い人の顔だよ。
「いやいや、3着であっても大丈夫ですよ。」
ネビルさんの迫力に気圧されたようにウォルコット長官が言う。
「もうひとつよろしいですかな?」
ネビルさんが口を開く。まだあるのか?
「なんでございましょう?」
ウォルコット長官が恐る恐る聞き返す。
「大金貨のままですと、使いづらいので1枚は小さいお金に両替していただきたい。」
「なるほど、それならお安い御用です。後程財務省の者を寄越させましょう。」
「では、これで決まりですな。」
してやったりの表情でネビルさんがそう言った。
結局、今回の報償は大金貨10枚とドレス3着と言うことで落ち着いた。ネビルさんのおかげで両替もしてもらえるみたいだしね。
それにしてもネビルさん、大した交渉能力だな。当に交渉人、ネゴシエーターだよ。できる男って感じで格好いいぞ。しかし、この手際の良さスキル交渉術とかでも持っているんじゃなかろうか?
報償の件はこれで一段落付いたわけだが、もう一つ俺にとって重要な案件が残っている。ソフィアの件だ。
「ウォルコット長官、色々ありがとうございました。あの……報償のこととは関係ないのですが、1つお伺いしたいことがあります。」
「何でございましょう。私どもにお答えできることでしたら何なりと。」
「ありがとうございます。実は、私の馬の件なんですが……。」
俺がそう切り出したら、間髪入れずに宮廷騎士団副団長のリドフォードが口を開く。
「ヒデオ様。そのことに関しては私から説明させていただきます。実は、私がここに来た理由は長官の護衛ともう一つ、ヒデオ様の愛馬のことについてお話ししなければならなかったからです。」
そう口にしたリドフォードの表情は緊張でこわばっていた。




