第82話 国王アレキサンダー
風呂から出た俺は、ソファーやテーブルが置かれた部屋、地球で言うところのリビングでシルビアとよく冷えた果実水を飲んでくつろいでいた。
「いやぁ、屋根のある場所でくつろげるなんて快適だな。」
「本当ですね。しかもこんなに立派なお屋敷で。」
「何より、揺れないのが良いよな。」
「本当ですね。しかもこんなに立派なお屋敷で。」
俺とシルビアがたわいもない会話をしていると、ネビルさんが部屋に入って来た。
「ヒデオ様。サラ様がいらっしゃいましたが如何なさいますか?」
「サラが? あぁ、もちろん入ってもらって。」
「畏まりました。」
「あ、ネビルさん。訪問者がいたら、毎回こうやってお伺いをたてるんですか?」
「はい。お約束のない方はそうなります。」
「そっか。約束かぁ……。わかりました。でも、サラは約束がなくても入れて頂いて大丈夫ですよ。」
「承知致しました。これからはそのように致します。では。」
そう言ってネビルさんは一礼した後、部屋から出て行った。
「ヒデオ。寛いでいるところすまないな。」
暫くすると、ネビルさんに案内されてサラが部屋に入ってくる。
「サラ、ようこそ。まあ座れよ。」
俺は、サラに声をかけてソファーを勧める。
「もう用事は済んだのか?」
「あぁ、済んだぞ。」
サラは腰に下げた剣を置きながらそう言った。
「そうか。それじゃあしばらくはゆっくりできるんだな。」
「実はそう言う訳にもいかないんだ。報告は済んだのだがな。まだやることが残っている。」
「そうか。それは残念だな。明日辺り、一緒に王都でも案内して貰おうかと思っていたんだが……。」
「それはちょっと難しいな。」
「そうか。仕事なら仕方がないな。じゃあ、明日は俺とシルビアの2人でウロウロしてみるよ。」
「いや。それも難しいぞ。」
「ん? 何でだ?」
「実は、託けを預かってきた。」
「託け?」
「あぁ、明日王城に登城しろと言うことだ。」
「明日? 城に行くのか?」
「あぁ、ここに迎えをよこすと言っていたぞ?」
「誰が?」
「王だが?」
「国王陛下が?」
「あぁ。そうだ。」
「直接か?」
「報告した時にな。」
「そうか。やっぱお前ってそれなりの立場なんだな。」
「明朝には迎えが来るらしいから、起きて準備しておくんだぞ。」
「そうか。仕方がないな。まあ、とは言え、そもそもそれが王都に来た目的の1つだもんな。で? シルビアは?」
「もちろんシルビアもだ。ソリスの姫だしな。」
「だってさ、姫さま♡」
俺がそう茶化すとシルビアは頬を赤らめて睨んできた。が、シルビアなので、可愛いだけで大して怖くない。
その後、明日はどんな服装にするかとか、礼儀作法はどうだとか3人で喧々諤々と言い合って過ごした。結局、礼儀作法についてはサラの情報だけでは心許なかったので、ネビルさんに聞くことになった。
そんなこんなで、結構いい時間になったので俺たちは部屋に戻って寝ることにした。
サラは色々準備があるとかでさっさと自宅に戻って行った。
こうして王都での夜は更けていった。
☆
翌朝、朝食を摂って暫くくつろいでいると、門前に迎えの馬車が到着したとネビルさんが伝えに来る。
それを聞いた俺たちは屋敷を出て、馬車が待つ門まで歩いて移動する。
結局俺の服装は、以前アガルテで購入した服に革のコートを羽織ることで落ち着いた。シルビアは、持ってきていた服の中で一番それっぽいものを選んだが、シルビアとしては少し不満のようだ。シルビアにも何か服を買ってあげた方が良いかもしれないな。
俺たちが馬車に近づくと、リーダーらしき兵士が近寄って挨拶してくる。
「タダノ・ヒデオ様でございますね。本日護衛を担当させていただきます。親衛隊のフィリップと申します。よろしくお願いいたします。」
フィリップによると、今日は、護衛が4人付くらしい。
いつもなんだか申し訳ないなぁと思いながら、馬車に乗りこむ。
今日の馬車は、王都に来るまで使った馬車よりも、より白く、なにより装飾がかなりゴージャスだ。完全に実用的なことより見栄えを優先しているな。
シルビアは相変わらず窓から外を眺めながら、あれがあったとかこれがあったとかきゃぴきゃぴ騒いでいる。
俺は、今日の謁見で粗相がないようにと、昨日ネビルさんに教えて貰った作法を思い出し復習する。
すると、頭の中に『ベルグランデ王国の礼儀作法』のことが浮かんできた。
『条件を満たした為
スキル『虚空記憶』が Lv.3になりました。』
スキルのレベルアップが伝えられる。
何でこのタイミングなんだ? そう考えた時、
《勇者の耳飾り》
今度は、そう頭の中で声が聞こえた。
ひょっとして、勇者の耳飾りの力で賢者の石の能力を感じ取りやすくなったのか?
《是》
よく分からんけど、それっぽいな。確かに今までは何となく頭にイメージが浮かんでくるだけだったけど、今回はハッキリとしたイメージが映像のように見える。しかも、念話のような声も聞こえてくる。詳しいことは後で調べるとして、何はともあれ便利そうだし良しとしておこう。これなら、謁見でも粗相をしなくて済みそうだ。
☆
俺たちは、王城に到着した後、謁見の間に入る前の控えの間に通された。シルビアはここに来て、結構緊張しているようだ。
「シルビア。大丈夫か?」
「は……い……。でぇじょーびです……。」
緊張しすぎて、言葉がまともに言えていない。さっきまでの元気はどこへ行った? ちょっとヤバくないか?
「大丈夫じゃなさそうだな。心配するな。取って食おうというわけでもないんだからさ。さっき確認したとおりにしておけば大丈夫だって。」
「ヒ、ヒデオ様は、そ、そうかもしれませんが……。」
「名前を呼ばれて顔を上げるように言われるまでは、下向いておけば後は何とかなるよ。後は俺に任しておきな。」
「はい……。わかりました……。」
まだ、緊張は解けきっていないようだが少し会話したせいか、ガチガチ状態だけは脱却したようだ。
実は俺も緊張していないわけではないが、何となく何とかなるんじゃないかという希望的観測を持っていた。いざとなれば、賢者の石があるしね。
暫くすると、もうすぐ謁見の時間だと呼ばれたので俺とシルビアは謁見の間へと移動した。
高さ3mはあろうかという大きな扉の先には、これまた広い謁見の間があった。広さは俺の知る地球の体育館くらいの大きさはある。高さも定かではないが10m位はあるんじゃないだろうか。天上には、宗教的な題材の絵が施されている。淡いブルーを基調とした色彩がとても美しい。
アガルテでは、敵の来襲に備えて壁に窓は一切無かったが、ここには高さ3m位の窓が壁一面に備え付けられている。おかげで、屋内はとても明るく爽やかな感じがする。
大理石のような床材の上の真ん中を横切るようにして、立派な絨毯がしかれている。俺たちは今、その絨毯の上で玉座に対峙して立っていた。
「国王アレキサンダー・ヘルムント・トゥル・アルセビアデス陛下の御入来〜!」
衛兵の掛け声で俺とシルビアは跪いて頭を下げる。扉が開いて、人が入ってくる気配がする。何せ下向いてるからよく見えない。それにしても長い名前だな。
暫くした後に、前方から野太い声が聞こえてきた。
「其方が、召喚勇者タダノ・ヒデオか。遠路ご苦労であった。……面を上げよ。」
「はっ。」
俺は、返事をして顔を上げた。
「……ぇ?」
目の前には、玉座に座る1人の人物。そして、その傍らに立つ恰幅の良い髭を蓄えた男が1人。多分、国王陛下とその側近だろう。しかし、それを見た俺は驚きのあまり思わず声を上げそうになった。
玉座に座っている国王陛下とおぼしき人物。どう見ても10才くらいの子供だ。
これが国王陛下? さっきの野太い声は?
暫く混乱した頭で考えていたのだが、よくよく考えてみれば何らかの理由で子供が王位に就くことぐらい良くある話じゃないか。テレビや小説でも見聞きしたことがある。それで、近くの男が摂政をしている大臣とか何かなんだろう。てことは、さっきの声はこの側近だろうな。
そんなことを考えていると、少年国王陛下が言葉を発した。
「遠路ご苦労であった。其方と相まみえることができ余も嬉しいぞ。」
俺は顔を上げつつも伏し目がちに目線を下げて、国王と直接目を合わせないようにして跪いている。発言を求められるまでは、こちらからは喋らないのが礼儀だそうだ。
「アガルテとクルセでの活躍も聞き及んでおるぞ。大義であった。何か褒美でもやらねばなるまいな。」
国王陛下は真っ直ぐ俺の方を見て、そう言った。子供なのにたいしたもんだなぁ。なんて考えてることがバレたら、懲罰もんかな?
「何か望みの物はあるか?」
「タダノ・ヒデオ 陛下がお訊ねである。望みの物を申し述べよ。」
黙ったまま傅いていると、国王陛下の隣にいた恰幅の良い髭側近が、権威を振りかざすようにぞんざいに言い放つ。
「はっ。お褒めに預かり光栄の至り。しかし、そのようなつもりで行ったわけではございませんので褒美などと……。」
「召喚勇者殿。謙虚も度が過ぎると嫌みとなろうぞ。」
俺の言葉を遮るように、髭側近が言う。
「陛下のお心遣いを無にするつもりか?」
「いえ。そのようなことは……。では、ありがたく頂戴いたします。」
結局俺はそう応えるしかなかった。
「陛下、このものには相応の褒美を遣わせますので、お任せいただけますか?」
髭側近が国王陛下に尋ねる。
「うむ。よい。褒美の件は宰相にまかせよう。」
「御意。」
なるほど、髭側近は宰相なんだな。てことは実質の統治者か……。でも、褒美って何くれるんだろう? どうせならお金が良いな。
「召喚勇者よ。其方の隣におる者は何者だ?」
国王陛下は、シルビアを指して誰かと俺に聞いてきた。あれ? 国王はシルビアのことも知ってるって事じゃなかったっけ? そう思っていると
「タダノ・ヒデオ 陛下がお訊ねである。答えよ。」
髭側近改め、宰相がこれまた偉そうに言ってくる。
「はい。こちらはソリスの里が姫。シルビア・ソリスであります陛下。」
「おぉ、其方がソリスの姫か。聞いておった以上に美しいな。」
少年陛下が頬を赤く染めながらませたことを言っているが、シルビアは俯いたままだ。ま、許可があるまで発言できないからね。
「後ほど余と茶でも交わそうぞ。」
「シルビア・ソリス。」
宰相がシルビアの名を呼ぶが、シルビアはどう答えれば良いのか分からずまごまごしながら俺を見る。
ここは断らない方が無難だろうな。そう思って俺は小さく頷いてみせる。
「有りがたいお言葉。恐悦至極に存じます。」
緊張している割にはしっかりとシルビアがそう応えた。
「うむ。楽にするとよいぞ。」
国王陛下は満足げに頷いている。
「陛下。召喚勇者に例のことを……。」
何やら宰相が国王に耳打ちしている。
「おぉ、そうであったの。召喚勇者よ。余はお主が闘っているところを見たいぞ。」
突然国王陛下が俺にそう言ってきた。なかなかの無茶振りだな。
「陛下のご所望だ。」
返答をしないでいると、宰相が催促するように言ってくる。
「しかし、闘うと言われましても……。」
俺が、どう答えれば良いのか戸惑いながらもそう言うと。
「明日は4年に一度の武術大会の開幕日だ。貴殿もその武術大会に出場せよ。」
少し意地の悪い笑みを貯えながら宰相がそう言う。
はい? 武術大会? 明日? マジで?
「よいな。」
宰相が念を押すように、居丈高に言う。
これも断れないんだろうな。そう考えた俺は仕方なく了承の旨答える。
「承知いたしました。」
「うむ。今日はなかなかに楽しかったぞ。」
満面の笑みを浮かべながら国王がそう言う。
「これでいいか? ガストン。」
「はい。陛下。大変ご立派でしたぞ。」
面倒なことになったなと考えていたら、そんな会話が聞こえてきた。
やっぱりこの少年国王は宰相の傀儡だな。そう確信する俺であった。
それにしても、本当に面倒だな。明日はシルビアと買い物に行こうと思っていたのに……。
シルビアを見ると、彼女も陛下のお茶会に参加しなくてはいけなくなったことに戸惑いを感じている様子だ。
お互い顔を見合わせながら、誰とはなしに小さくため息をつくのであった。




