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第81話 王都アクワ

「ヒデオ様。見てください。王都ですよ。あの高いところにあるお城が王城ですよね!」

 シルビアが外を見ながら、嬉しそうにはしゃいでいる。

 

 途中人員交代をしながらも、ひたすら走り続けた俺たちはついに王都までやって来た。

 目の前に見える王都の防御壁は三重になっており、今までの街と比べてもかなりの大きさだ。


 三重になっている防御壁は、守りのためと言うよりも、人口が増えて手狭になる度に外に防御壁を造り、街を広げた結果だと言う。そして、その周囲は大きな川に囲まれている。王都アクワが水の都と呼ばれている所以である。


 馬車は、外堀の橋を渡り門へ向かって走っている。外堀と内堀の間には検閲場があるが、俺たちが通るこの門は、王族や貴族専用の門のため特に検閲はしない。特権階級というのはその名の通り、特権を好むんだよな。まぁ、とは言え一々一般の門に並んでいたのでは、様々な業務も滞るだろうから仕方がないと言えばそうなのだが。


 到着はほぼ予定に聞いていた通りだった。既に陽はかなり傾いているが、一般の門にはまだ長い行列ができている。


 防御壁の中に入った馬車は、更に中心部に向かって進む。王城に直接向かうのではなく、一先ず中心部の貴族が住む区域に用意されている屋敷に滞在すると聞いた。


「どんなお屋敷なんでしょうね。また、どなたかのお屋敷なんでしょうか?」

 シルビアがウキウキ顔で尋ねてくる。楽しそうで何よりだ。


「多分貴賓用の屋敷だろう。普段は誰も住んでいないが、国賓級の来賓が来たときには使用される場所だ。」


「国賓級? それは何かの間違いだろう?」


「今回これだけの人員を動員して、大掛かりな移動をしたのもヒデオをそれなりに扱っている証拠だと思うがな。国賓とまでは行かなくてもそれ相応の扱いだと思うぞ。」


「そんなものかなぁ?」


「凄いですね! ヒデオ様! 国賓ですって!」


「シルビア、話をちゃんと聞いてたか?」


「聞いてましたよ。ヒデオ様が国賓として扱われるってお話しでしょ?」


「ちゃんと聞いてないと思うな……。しかし、俺が国賓ならシルビアも国賓だぞ? 姫君♡」


「またそれを言う〜! ヒデオ様の意地悪!」

 シルビアはいつもの脹れっ面でプンスカと拗だした。こうなったら面倒だから最近は放置することにしている。


 そんなとりとめも無い話しをしていると、不意に馬車が停まった。


「どうやら着いたようだな。」

 そう言いながら、サラが席を立つ。

 馬車を降りて建物を見やる。想像していたより随分立派な屋敷だ。

 屋敷の前には、1人の老紳士と2人のメイドが待っていた。


「ヒデオ様、シルビア様お待ちしておりました。遠路お疲れの事でしょう。サラ様もお疲れ様でした。」

 老紳士がそう話しかけてきた。


「私は、この屋敷の管理を任されております。ジョン・ネビルと申します。これは、身の回りのお世話をさせていただきますジェシカとマリーです。どうぞ、よろしくお願いいたします。」

 そう言って、3人が深々と礼をする。


「あ、あぁ、どうも。タダノ(但野) ヒデオ(英雄)です。」

 突然のことに状況を把握しきれないまま、何とも情けない自己紹介をしてしまった。


「シルビアです。よろしくお願いします。」

 シルビアは満面の笑みで挨拶をしていた。


「で、身の回りのお世話というのは?」

 俺は、紳士に尋ねる。


「ヒデオ様たちが、王都にいらっしゃる間はこの屋敷をご自由に使えるようにと陛下から仰せつかっております。私たちは、その間のお世話をさせていただきます。外は寒うございますので、どうぞ中にお入りください。」


 そう言って、老紳士に促されるまま俺たちは屋敷の中に入る。


 屋敷の中に入ると、10名程のスタッフが待っていた。メイド姿の女の子や、料理人らしき人、後、あれは庭師なのかな?


「ヒデオ様、シルビア様。こちらにいる者たちがこの屋敷でお世話をさせていただきます主な使用人でございます。何なりとお申し付けくださいませ。」

 老紳士がそう言うと、スタッフ一同はゆっくりと頭を下げて礼をした。


 戸惑いながらサラを見ると、サラは何故かニヤニヤしながら俺を見ていた。


「どうした? ヒデオ。この対応では不満か?」

 嫌らしい笑みを浮かべながらサラが言う。


「そんな訳ないだろう。十分な対応過ぎるわ。」

 俺は老紳士に向き直り、改めて挨拶をする。


「ジョン・ネビルさんどうぞよろしくお願いします。皆さんもよろしくお願いします。」

 そう言いながら頭を下げて礼をする。


「ヒデオ様。そのようなことは必要ございません。それが私たちの仕事ですから。それから私のことはネビルもしくはジャックとお呼びくださいませ。」


「そうですか。分かりました。ネビルさん。」

 流石に目上の人をいきなり呼び捨てにするのは気が引けるので、敬称を付けて呼ぶことにした。スタッフは紹介されただけではなく他にも数人いるらしい。一体俺たちの世話に何人が雇われているんだ?


「俺たち3人の為だけになんだか申し訳ないな。」


「何を言っているんだ? ここに滞在するのはヒデオとシルビアの2人だぞ?」

 俺がぼつりと呟いた言葉にサラがそう応える。


「え? サラはどうするんだ?」


「私は王都に住んでいるんだ。私にはちゃんと自分の家がある。」


 言われてみればそうだな。自分の住んでる家があるか。なんだかんだと言いながらもここ暫くずっと3人で一緒にいたのに、ここに来てシルビアと2人になるって言うのもなんだか寂しい気がするな。


「なんだ。ヒデオ寂しいのか?」

 サラが真顔でそう言うので、俺は慌てて否定した。


「寂しいわけなんかないじゃ無いか。ま、でもいつでも遊びに来て良いぞ。」


「勿論そのつもりだぞ。」

 

「ところで、ここにはどれくらい滞在していいんだ?」

 誰に聞くとも無しに俺が言うと


「ヒデオ様がいたいと思う間はご自由に使っていただいて構いません。」

 ネビルさんが答える。


「そう言う訳にもいかないだろう?」

 サラを見やるが、不思議そうな顔をして俺を見ている。


「いいのか?」

 確認の意味を込めてサラにも聞く。


「いいんじゃないか? 先のことはさておき、落ち着くまではここを使うと良いと思うぞ。」


 サラにそう言われて、取りあえずは好意に甘えることにした。


 それから、俺とシルビアはそれぞれの部屋に案内された。案内してくれたメイドには食事を用意するので準備ができたら呼びに来ると言われた。俺たちは、食事の準備ができるまでは部屋で少しくつろいで過ごすことにした。


 俺とシルビアは、それぞれ個別の部屋をあてがわれたのだが、1人だと寂しいのか落ち着かないのか暫くすると、シルビアが俺の部屋にやって来た。


「ヒデオ様。ご一緒しても良いですか?」


「ああ、いいぞ。どうした?」


「なんだか独りでいると落ち着かないので……。」


「あぁ、何となく分かるよ。今まで賑やかにやってたからな。急に1人部屋って言うのもなかなか慣れないよな。」


「そうなんですよ。よかった。ヒデオ様も同じで。」


「いや、別に俺は独りが寂しいわけじゃないけどな。」


「あー、何かずるいですよ。」


「ずるいって何だよ。別にずるくはないぞ。」


 そんな他愛もないやりとりをしながら、俺とシルビアは食事に呼ばれるまで部屋で過ごした。サラはというと、王都に戻ったことを報告するとかで、一足先に王城へと向かった。

 まぁ、彼女にしてみれば俺を王都まで連れてくるのが仕事だったのだからな。取りあえず帰還の報告はしとかないといけないんだろうな。


 その後、メイドのジェシカが呼びに来た。どうやらジェシカが俺付きで、マリーがシルビアに付いてくれるようだ。ジェシカとマリーの雰囲気が何となくにているので聞いてみると、2人は姉妹だった。ジェシカが姉でマリーが妹、年の差は5才らしい。


 女性に年齢を聞くのは失礼かと思ったので、年齢は聞いていない。見た感じだとジェシカは俺より少し上、マリーは俺と同い年くらいな気がする。


 案内された食堂は、2人で使うには広すぎる空間だった。これだけ広い空間で2人だけで食事するのはなんだか落ち着かない。しかも、貴族なら当たり前なのかも知れないが、俺たちが食事を取っている間ネビルさんもメイド姉妹も部屋の端で立って待っている。見られているようで落ち着いて食べられないよ……。


 しかし、出された料理はとても素晴らしいものだった。オーモンド公爵のところで食べたものにも負けず劣らずの品ばかりで、とても美味しく頂いた。


 良い鹿肉が手に入ったとのことで、出された料理は鹿肉が中心だった。とは言え、それぞれに工夫がされており、飽きることなく頂くことができた。


 特に、前菜に出された鹿肉の生ハムサラダと冷製キッシュは絶品だった。異世界(こちら)の街での料理と言えば、煮ると焼くしか見たことがなかったのだが、貴族はそれだけではないようだ。鹿肉のシチュー、鹿肉のローストなどまさに、鹿肉のフルコース料理を堪能させて貰った。


 しかし、いつもこんな料理が出るのか? それだとなんだか申し訳ない気がするぞ?


「ネビルさん。」


「はい。ヒデオ様なんでございましょう。」

 そう言って、一歩前に歩み出しネビルさんが俺に近づく。


「とっても美味しかったけど、今日の料理は特別なのかな? こんな凄いコース料理なんてこちらではなかなか食べられないからさ。」


「お気に召していただけたようで何よりです。本日はお二人が来られて初めてのお食事と言うことで、料理人も張り切ってはおりましたが、素材以外は特別と言うことではありません。」


「え? じゃあ毎日こんな感じの料理が出てくるのかな?」


「大体そうでございます。何か問題がおありでしょうか?」


「いや。問題って事じゃないんだけど、いつもこんな料理を出して貰うのはなんだか申し訳なくって。」


「気になされませんように。それが私どもの仕事でございますから。」

 そう言うと、ネビルさんは一歩下がって再び俺たちを見守るような立ち位置に戻った。


「ヒデオ様、シルビア様。お食事が終わりましたら湯浴みをされてはいかがですかな?」

 食後にくつろいでいるとネビルさんがそう声をかけてきた。


「湯浴み? 風呂があるのか?」


「はい。ございますよ。それほど大きくはありませんが……。」


「大きさはさほど問題ないよ。そうか、風呂があるのか。じゃあ、早速入らせて貰おうかな。」

 ここ数日間体を拭いていただけなので少々臭いもするし、何より気持ちが悪かった。正直言って、風呂に入りたくて仕方がなかったのだ。シルビアは、こう言う生活に慣れているせいか、俺ほど風呂には執着してないようだが……。


「ヒデオ様、お先にどうぞ。お風呂に入りたいって言ってましたもんね。」

 本来ならレディーファーストと行くところなのだろうが、ここはお言葉に甘えて先に入らせて貰うことにしよう。


「ありがとう、シルビア。じゃあ先に入らせて貰うね。」

 そう言って俺は席を立つと、ジェシカに風呂場まで案内して貰った。


 案内された風呂場は、狭いどころかかなりの広さがあった。流石にアガルテの大浴場ほどではないが、それでも6畳くらいの空間に、2畳分くらいの大きさの湯船が設置されていた。


「こんな大きな風呂には入れるなんて、最高だな〜。」

 湯船につかりながら、ため息交じりにそう呟く。


 ここまで随分時間も労力もかかったけど、異世界(こっち)に来て取りあえず目指していた王都に付くことができた。その間色々なことがあったけど、いろんな人に出会えたしシルビアやサラとも随分仲良くなれたし、実りある旅だったな。


 俺は、そんなことを考えながら、ゆっくりと風呂を楽しむのであった。

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