第80話 遊撃の女王
ここは王都アクワ、王の居城のとある一室である。そこにいるのは、王直属の諜報部司令官。そして、男好きのする躯の女である。
「遠路ご苦労であった。してそちらの塩梅はどうだ?」
「予定通りです。召喚勇者はベルナドッテ公爵の申し出を断り、王都へと向かっています。報告によると、明日には到着するようです。」
「うむ。それも其方の尽力のたまものだな。」
「いえ、私は特になにもしてはおりません。」
「謙遜せんでも良い。報告は受けておる。既に勇者を手中にしたというではないか。」
「まだ、そこまでには至っておりません。しかし、勇者からある程度の信頼は得られたものと考えております。」
「うむ。流石だの。我がベルグランデ王国切っての諜者だな。その美貌と躯に逆らえる男はおらんということかの。『遊撃の女王』の異名も伊達ではないということか。」
「そのようなことは……。」
「それにしても召喚勇者は随分活躍しているようだな。」
「はい。それに関しては私の予想以上の働きかと存じます。」
「うむ。伝えられている先の勇者たちと比べてもその成長の早さには目を見張るものがある。」
「はい。神通力の素質はある人物だとは思っていましたが、まさかここまでとは。私の考えが及ばなかったようです。」
「いや。気にするな。それは仕方がないことだ。それよりも、日本好きのオーモンド公爵も召喚勇者に興味を示しているようだ。そちらの方が問題だな。くれぐれも我々の邪魔をされないように手配だけはしておけ。」
「はい。心得ております。」
女は恭しく礼をする。
「して、そなたの部隊『遊撃隊』の準備は整っておるのか?」
「はい。アガルテからリーダーとなり得る者を数名連れて参りました。王都でもその数を増やすべく準備をしているところです。」
「うむ。あの者たちは誠に恐ろしい女子たちよの。儂など、たちまち籠絡されてしまうだろうな。」
「ご冗談を。ライリー閣下程のお方ともなれば、我が娘たちが手玉にとられることでしょう。」
「閣下はよせ。私は既に一介の軍人に過ぎん。」
「いえ、私にとってはライリー様はいつになっても閣下でございます。私の身を救ってくださったご恩は、何をしてでもお返しさせて頂きます。」
「うむ、嬉しい言葉だが無理は禁物だぞ。」
「はい。お心遣い感謝いたします。」
「して、此度も店を出すのか? 確か、茶葉蔵とか言ったかの。」
「キャバクラでございます閣下。王都にも新たに店を出す予定です。今回はご報告と共にその準備もしようと思って王都まで参りました。」
「そうか。またそこで男どもが、骨抜きにされることになるのだな。」
ライリーは口ひげを触りながらニヤリとする。
「アガルテでは、多くの男たちが情報を与えてくれましたから。」
「うむ。今回も期待しておるぞ。」
「はい。」
「ところで、サラ・クルースは……名はなんと言ったかの、その召喚勇者とは上手くやっているのかの。」
「ヒデオ。召喚勇者の名はヒデオでございます。サラも無事、合流し既に仲間として行動を共にしております。少々危なっかしい所は見られるのですが……。」
「まぁ、それはクルースだから仕方がないだろう。ああ見えてやつは存外食えぬヤツだからな。」
「それは買いかぶりかと思いますが。彼女はただの天然に過ぎません。」
「テンネンか。それは、ニッポンでの言い回しか?」
「そうですね。」
「お前にとっては、同郷の者をだまし討ちにしているようなものだからな。申し訳ないと思っている。」
「滅相もございません。私は、ただ閣下のお役に立てればそれで満足でございます。」
ライリーは、目を細めて女を見やる。
「今後の働きにも期待しているぞ。」
「はい。ご期待に添えますよう尽力いたします。」
女は軽く会釈すると、踵を返し部屋を出て行こうとする。
「リナ。」
ライリーが女を呼び止める。
女は足を止めて、ライリーを振り返る。
「十分に気を付けるのだぞ。お前は人の心を感じすぎるからな。無理はするなよ。」
「はい。心得ています。それでは失礼いたします。」
もう一度軽く会釈をすると、女はライリーの執務室を出て行った。
「今度は辛い仕事になるやも知れぬな。」
女が出て行った扉を眺めながらライリーは独り呟いた。
部屋を出た女は颯爽と廊下を歩く。女の名はカトリーナ・オルドイーニ 。彼女は、アガルテでキャバクラを営みながら、諜報活動も行うベルグランデの王直属の諜報部員である。
異世界に転移してから5年。日本からの転移者であり本名を「加藤 理名」という。しかし、この5年間は彼女にとって決して簡単なものではなかった。
転移してからしばらくは言葉も分からなかった。それでも何とか生きてこられたのは、リナのスキルに寄るところが大きい。
彼女のスキル『以心伝心』は、自分の考えを相手に伝えることができ、相手の気持ちを酌み取ることができたからだ。しかし、その力は幸福よりも災いを招くことの方が多かった。
人の心を読むことができるリナを、スキルに詳しくない市井の者たちは『悪魔の手先』『魔女』『魔人族』と彼女を呼び疎んじたのである。また、伝承にある転移者の特徴でもある黒髪に黒い瞳がそれに拍車をかけることとなった。
そんな中、何とか生を繫いでいる時に出会ったのが、先程の男アルフレッド・ライリーであった。ライリーは、元は大貴族であり、クルセの街の領主であったが、故あって現在は王直属の諜報部司令官を務めている。
とある切っ掛けで、リナの特技を見抜いたライリーは、身寄りの無かったリナを自ら引き取った。そして、その時カトリーナ・オルドイーニの名を与えたのだ。
ライリーは、父親代わりとなり世話をしながら、カトリーナに諜報員としてのノウハウを教え込んだ。このことにカトリーナは多大な恩義を感じており、ライリーの為になるのならと諜報部に籍を置くこととなる。
諜報部に加わったカトリーナは、真綿が水を吸うかの如く教えを吸収し、瞬く間にその頭角を現した。そうして身につけたスキルと元来の美貌、類い希な男好きのする肢体をもって男たちを虜にした。そして、その男たちを使って情報を集めることで今の地位を築き上げてきた。
活動拠点と実益を兼ねてキャバクラを開店したのが2年前。今では多くの部下を持ち、仲間内では『遊撃の女王』の異名で知られるほどとなったのである。
カトリーナは、アガルテでベルナドッテ公爵の動きを監視しながら情報収集をしていた。そんな中、ライリーは、カトリーナにある男を籠絡するよう命令した。カトリーナにとっては、いつも通りの仕事のはずであった。そう、彼に会うまでは。
連絡を貰い。向かった先はアガルテの要塞城。そこにいた男は召喚された日本人であった。その名をヒデオと言う。しかも、召喚勇者である。
しかし、カトリーナにとって相手が日本人であっても、召喚勇者であってもやることは同じである。粛々と求められる仕事をこなしていくだけだ。そう思っていた。
カトリーナはヒデオと共に過ごすうちに、異世界に来てからは感じたことがなかった安らぎを感じていた。ライリーと共にいるときとは違う、無条件の安らぎだ。彼女は戸惑っていた。この仕事を始めてから、初めて感じる感情だったからだ。
「ヒデオ元気にしてるかな。」
廊下を歩く足を止め、外を眺めながらリナが呟く。その表情は寂しそうでもあり憂いを感じる表情でもあった。
そもそも、これは作戦である。必要であるからカトリーナはヒデオと共に過ごしていたはずだ。しかし、作戦とは関係なく、ヒデオに会いたいと想う自分がいる。共に過ごした楽しい時間をまた味わいたいと想う自分がいる。カトリーナはそんな自分の感情に戸惑いを感じていた。
カトリーナは、今回の作戦が難しい仕事になると感じていた。
「もっと、違う形で出会いたかったな。どうしていつもこうなんだろう。」
そう呟くカトリーナの表情には、深い寂寥感が漂っていた。
首を左右に振り、意を決したように前を向いたカトリーナは、再び廊下を颯爽と歩き出した。




