第77話 勇者の遺産 その1
「ヒデオ様! いろんな物がありますよ! あ! 見てください。あの小物とても素敵!」
物珍しいのか、シルビアはかなりはしゃぎながら露店に駆け寄っていく。
オーモンド公爵邸で躰を休めた俺たちは、再び出発するまでにアゴラの街を散策してみることにした。折角の初めての街だからね。只素通りするだけって言うのも寂しいよね。
訪れた事があるサラの案内で町中をぶらぶらと歩く。交易都市と言うだけあってこれまでの街とは違ってかなり栄えている印象だ。サラの案内ってところだけが心配ではあるのだが……。
シルビアが駆け寄った出店に俺とサラも近づく。見てみると、それは髪飾りやネックレスなどのアクセサリーを売っている店だった。
その中の髪飾りを興味津々で眺めているシルビア。
「なんだ? 欲しいのか?」
「え? そう言う訳じゃないですけど。綺麗だなぁって思って……。」
少しばつの悪そうな顔をするシルビア。きっと図星だったんだろう。
「欲しいのなら買ってやるぞ。どれかひとつ選びなよ。」
そう俺が言うと、一瞬目を輝かせたが直ぐに俯きながら何やらブツブツと言っている。
「でも……私、お金あんまり持ってないし……、買ってもらうんじゃ、なんだか悪いし……。」
「何ぶつぶつ言ってんだ? いらないなら次行くぞ?」
「あ! いります! 欲しいです! 買ってください!」
「最初っからそう言えば良いのに。で? どれがいいんだ?」
そう言うとシルビアは目を輝かせながら、店の商品を真剣な眼差しで見渡し始めた。
「ん〜、どれにしようかな〜。いっぱいあるから迷うな〜。」
シルビアは、口に人差し指を当てながら、商品を見てブツブツ言っている。
「まずは何が欲しいんだ? 首飾りか? 耳飾りか? それとも髪飾りか?」
シルビアの表情を窺いながら俺が尋ねる。
「特に決めてはないのですが……私は髪飾りを付けるほど髪は長くないし……かと言って耳飾りって感じでもないと思うし、と言って首飾りも……。」
「あ〜もう! ハッキリしろよシルビア。」
「あ〜、すみません! 直ぐ選びます!」
「別にそんなに急がなくても良いけどな。パッと見て気に入ったのはないのか?」
俺があきれ顔でそう言うと、
「あの、碧いのが綺麗だなって思ったんですけど……。」
そう言いながらシルビアは、綺麗な碧色の石? を削って作ったひとつの髪飾りを指さした。
「じゃあ、それにすれば良いんじゃないか?」
「でも、私髪飾りを付けるほど髪が長くないし、高そうだし……。」
自分の髪を触りながらそう言うシルビアは少し寂しそうだ。
「お嬢ちゃん。そんなことはないよ。短い髪にだって髪飾りは似合うさ。試しに付けてみたらどうだい?」
店のおばちゃんにそう言われて、少し笑顔になったシルビアはその碧い石で作られた髪飾りをつけてみる。
「ほら。似合うじゃないか。」
店のおばさんがそう言う。確かにシルビアの銀髪に碧い石がとても映えている。色合いも嫌みが無くてとても自然だ。
「本当だ。よく似合っているよシルビア。」
俺がそう言うと、シルビアは嬉しそうにする。
「本当ですか?」
「うむ。よく似合っているぞ。」
サラも笑顔でそう言う。
「じゃあ、私これにします!」
シルビアが嬉しそうに俺を見る。しかし、その後、俯いたかと思うとまたさみしそうな顔をする。
「でも、私あんまりお金持ってない……。」
「大丈夫だって、俺が買ってやるって言っただろ?」
「でも……。」
「一緒に旅をしてくれているお礼だ。受け取っととけ。」
俺がそう言うとシルビアは嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます!」
「じゃあ、おばちゃんこの髪飾り頂戴。」
「あいよ。大銀貨1枚だよ。」
「え!? 大銀貨1枚? 大銀貨1枚って言うと1万アウルムか。結構するんだな。」
「この碧い石はソーラ川のインスラ島でとれた珍しい石だからね。」
「もうちょっと安くならない?」
「無理だね。と、言いたいところだけど、可愛いお嬢ちゃんがこんなに喜んでくれてるんだ。銀貨9枚でいいよ。」
「本当か? ありがとうおばちゃん!」
そういって、俺は銀貨9枚を支払う。ついでに久しぶりにシルビアがしている髪飾りを鑑定識眼で見てみた。
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【碧き石の髪飾り】
ソーラ・インスラ島付近で採
れる碧き石で作られた髪飾り。
選ばれし者が持つと、古の力
が目覚めると言う所伝がある。
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選ばれし者か。なんだか怪しげな感じがするけど気のせいかな。シルビアに持たせるのが心配になってきた……。
「ヒデオ様! ありがとうございます! 私、大切にします!」
満面の笑みでシルビアが言う。まぁ、シルビアは喜んでるみたいだからいっか。それにしても、銀貨9枚は予想外に高かったな。
それから俺たちは、雑貨を見たり洋服を見たりして買い物を楽しんだ。
「買い物楽しんでるっすか?」
馴れ馴れしい声をかけられ、振り返るとそこにはブルーノとトモエがいた。
「あれ? 君たちは交代したんじゃなかったのか?」
俺がそう尋ねると。
「野営地の片付けをした後、追いかけてこちらに来ました。」
「と言う事っすよ。」
トモエが説明してブルーノが乗っかる。相変わらずのブルーノだ。
「そんなお前たちがどうしてここに?」
サラが、尋ねる。
「サラ様たちをお迎えに参りました。そろそろ、王都へ出発いたします。」
「もうそんな時間か?」
残念な気持ちを隠さず俺がそう言う。
「陛下もお待ちしておりますし、明後日までには必ず到着せねばなりませんので。」
「明後日? 何かあるのか?」
「兎に角急ぐっすよ。みんな待ってるっすから。」
俺の質問には答えず、ブルーノが急かすように言う。
仕方ないので買い物を切り上げて、公爵の屋敷に戻ることにした。
屋敷に戻るとトモエたちが言うように、兵士と屋敷の従者たちが出立の準備をしていた。
ここまで来た御者や護衛の兵の疲労は流石に馬鹿にならないようで、この街で待機していた新たな兵士たちと人員交代をするようだ。当然馬も変えられる。馬車や兵士の馬はそれで良いが、俺たちの馬は変えるというわけにはいかない。
《ソフィアは大丈夫か?》
俺は、念話でソフィアに尋ねてみる。
《はい。私は大丈夫です。と言ってもこの躰は流石に疲れているようですが……》
《そうか。躰は普通の馬だもんな。》
《馬としては優れた個体なのですが、流石に限界が近いようです。》
《頼んで後から来るようにしてみようか?》
《それが良いかもしれません。》
《わかった。そう伝えてみるよ。》
《ご配慮ありがとうございます。》
「サラ。俺たちの馬はどうやら疲れているようだ。このまま一緒に行くのはちょっとかわいそうな気がするな。」
「そうだな。馬たちは後から来るように手配して貰うことにしよう。」
「そうしてくれると助かる。」
「わかった。私からそう伝えておこう。」
そう言うと、サラはトモエに馬を少し休ませてから発つように依頼した。トモエは、その旨を兵士たちに伝える。
☆
俺たちは、屋敷に入ってオーモンド公爵の執務室まで来ている。
色々とお世話になったので、お礼を言いに来たのだ。
「失礼します。」
そう言って、俺たちはオーモンド公爵の執務室に入っていく。
「そろそろ出立するそうだな。」
執務室の机に向かって書き物をしていた公爵が席を立ち、こちらに歩きながらそう言った。
「はい。この度はお世話になりました。」
「いやいや。気にすることはない。私も楽しい時間を過ごさせて貰ったからな。」
「また、お目にかかれることを楽しみにしております。」
俺がそう言いながら軽く会釈をすると、シルビアも続いて同じように会釈した。
「おお、そうだ。此度出会えた記念にこれを差し上げよう。持って行かれるが良い。」
そう言って公爵は机の上にあった箱を俺に手渡した。
手渡された箱そのものも様々な宝石や金銀で装飾されており、これ自体にもかなりの価値がありそうだ。
「公爵様。このような物を頂くわけには参りません。」
「なに。気にするな。今後もヒデオ殿と懇意にしたいという私の意思の表れと思って頂ければ構わんよ。」
それて賄賂って事か? なおさら貰うわけにはいかないなぁ。そんなことを考えていると、
「まぁ、取りあえず中を確認してみたまえ。」
公爵にそう促され、俺は躊躇しながらも箱の蓋を開けてみる。
中には碧い石のイヤリングが入っていた。俺はそれを取り出し手に取ってみる。
「私の髪飾りと同じ石ですか? ヒデオ様。お揃いですね。」
シルビアは脳天気に喜んでいるが、サラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして目をパチクリとしている。
「公爵様これは?」
我に返ったサラが、喰い気味で公爵に尋ねる。
「それは、遥か古の技によって作られたとされる耳飾りだ。」
「やはり……、しかし何故ここに……。」
サラが何やらブツブツと言っている。
「そんな大切な物頂くわけには……。」
俺は、手に持っていたイヤリングを箱に戻しながらそう言う。
「いや。それは貴殿が持ってこそ真価を発揮する物だ。」
「と言いますと?」
「それは、300年前の勇者が所持していたとされる耳飾りですか?」
そう言ってサラが話に割り込んできた。
「うむ。流石に王国の勇者だな。これを知っておるか。」
「そのようなことは些末なこと。何故それがここにあるのです! それは、勇者と共に失われたはずではないのですか!」
サラは急に激しい口調になり、公爵に食って掛かっている。
どうやら、このイヤリングはいわく付きの代物のようだ。サラの剣幕からしてただ事ではないようだが。
「公爵様。この耳飾りを頂くとしても、その前にこれが一体どういう物なのか説明して頂けませんでしょうか?」
今にも飛びかかりそうなサラを右手で牽制しながら、俺は公爵にそう言った。
「うむ。良いだろう。貴殿はそれを聞く資格があるからな。立ち話もなんだ、そこに座り給え。」
そう言って、公爵は俺たちにソファーに座るよう勧めた。未だ興奮冷めやらぬサラをなだめながら、俺たちはソファーに座った。
「さて、どこから話すかの。」
そう言いながら公爵も俺たちの向かいのソファーに腰を下ろす。その顔は、これまで見せていた温厚なモノではなく、厳しく威圧感を伴うモノだった。




